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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第一章 現世から異世界へ(仮)
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EP004 ガード下のコスプレ老婆

駐輪場にママチャリを停めて、ホームセンターの自動ドアを潜ると、サバイバルナイフが置いて有りそうな売り場をきょろきょろと探しながら奥へ奥へと進んで行く。


そして約1時間後。


駐輪場に戻ってきた余市の手には、大きめな袋がぶら提がっていた。

中には、空気入れその他、細々としたモノが入っていた。


空気入れは、自転車に取り付け可能な携帯タイプだが、何気に品薄で黄色い派手なモノしか選べなかった。

そもそも携帯用の空気入れのバルブは仏式や米式が多く、ママチャリに準拠した英式(ウッズ)規格の品は少ないのだ。

自転車本体に取り付け可能とはいえ、ママチャリへ取り付けようなどとは端から考えておらず、リュックに入れて持って行くつもりである。とにかくコンパクトでありさえすれば良かったのだ。


そして残念なことに、メインディッシュとも言うべきサバイバルナイフの購入は諦めざるを得なかった。

あまり予算を割けない立場で言うのもなんだが、握りの把手(はしゅ)部分が明らかに安っぽい造りのモノは避けたかったし、それでいてカッコ良いモデルは経済的に手が届かなかったのだ。


反省しなければならぬ点としては、サバイバルナイフの代わりに、フィギュア制作用にアートナイフを購入してしまったことである…。ナイフはナイフでも、旅のお供にはならないナイフである。

更に知らぬ間にプラモ用のエナメル塗料を数種類と、切らし掛けていたリモネンセメントも購入してしまっていた…。


想定外の出費である!


本来の目的とは関係のないこれらの品々を購入してしまった今、もはや旅立つ前にサバイバルナイフを手に入れる予算は完全に消え失せてしまっていた!


某隣国で言うところの無駄遣いの神、チルムシンとやらが、何を血迷ったのか緯度と経度を間違えて埼玉県民のこの身に降臨してしまったとしか思えぬ、迷惑千万の忌々しき事態である。

…それとも単にオレが準禁治産者なだけなのだろうか?…ぐぬぬぅ。



んーまあ、サバイバルナイフはともかく、あらかた旅の持参品は揃ったワケだし無駄足ではなかった筈。

気を取り直してベーシック方式でサドルに跨り、ふと思う。


折角外出したんだし、旅立つ前に千円カットでもして、この鬱陶しい髪もスッキリしておくか…。


中途半端なサバイバルナイフは買わないと決めたのだし、今更、千円出費したところで旅の大勢に影響することもないであろう。


意を決して、来た道とは違う方角にハンドルを切る。


散髪は5分待って10分で終わった。計15分である。

千円カットなので、シャンプーや顔剃りなどは一切なく、券売機で精算をしてからカットのみで終了である。

一般的な理髪店などとは違い、色々と話し掛けられないところも気に入っている。

切って欲しい長さを言うだけで会話が終わるのだ。


5センチほど切って貰い店を出た。

鬱陶しさは全くなくなり、すっきりした。



爽やかな気分でペダリングしていると、北与野らしからぬ人だかりが視界に飛び込んできた。

あそこは確か『時の道』…だったよな、何かやっているのか?


時の道は、北与野駅の線路沿い、西側にある道で、歩道が異様に広い場所でもある。正確に測ったことはないが、その幅は20メートル近くあるかもしれない。

今そこで100メートルほどの長さに亘って盛大にフリーマーケットが催されていた。

歩道の片側だけでなく両側で出店しているので、立錐の余地もないほどに賑わっている。


珍しいので少し見て廻ることにした。



後になって思い返せば、まさにこの時、この軽はずみな選択こそが、後の余市の運命を完膚無きまでに狂わせたと言っても決して過言ではないだろう…。


隣接された駐輪場にママチャリを停めて、端から順番に散歩気分で見ていく。


素人っぽい主婦から学生、外国人など様々な人が地面にシートを広げ各々の持ち寄った品を売っていた。

子供服や革ジャンなどの衣類やカバン、シルバーアクセサリーや年代物と思しきライターなど、カオスな様相である。


中には古いゲームカセットや昭和のアイドル雑誌などを売っている、同種族と思われる者も約1名いた。相手も余市のことを同じ種族だと素早く見抜いたのか、やたらと目が合う。少し気まずい…。


確かフリーマーケットは元々、自由な市場という意味ではなく『flea market』つまりノミの市場という意味だったとどこかで読んだ記憶がある。勿論、ノミなどという忌み嫌われる虫が売っているワケではなく、ノミはガラクタ程度に解釈するのが自然なようだ…。


そんなトリビアを思い出しながら歩いていると…歩道の奥、ほとんど線路のガード下に魔法使いのようなコスプレをしている妖しい老婆がいるではないか!

あんな奥まった場所で出店許可が降りたのだろうか?


売りモノは…もう少し近づかないと詳しくは分からないが、どうやら水晶などの鉱石類のようである。

なるほどなるほど、それで魔女風味なコスプレをしているというワケか…御苦労なことだ。

非常に胡散臭いが、不思議と足がそちらに向いたので冷やかし半分で覘いてみることにした。


ひと坪半ほどの狭いブースには、左右に簡易的な棚が設けられ、様々な色形の鉱石が陳列されていた。

原石のようにゴツゴツとした物から、ペンダントのように加工された物、よく見るとアンモナイトや三葉虫の化石、虫入りの琥珀などもある。


「何かお探しかな?」


しわがれた低い声音で老婆が訊いてきた。


「あ、いやちょっと珍しいものが売ってるなって思って…」


買うつもりなどは端からない。少し気まずそうに老婆の顔を見た。

老婆はマントと一体化したフードを目深に被っているため、その顔はよく見えない。腰も曲がり背も低いため、余市の目線からでは尚更だった。

それでも鷲のように曲がった皺くちゃな鼻と口元だけは確認できた。入れ歯を外しているのか、頬はこけ、シワシワとしていた。


「そうかい…」


言いながら老婆が余市の顔を逆に覗き込んできた。


今度は顔がはっきりと見えた!


落ち窪んだ影のある瞼の奥にはギョロッとした目玉が嵌っていた。そしてそう感じた刹那、その目玉の内のひとつがグリッと動いて余市の瞳を見据えた。興味のある獲物でも発見したかのような眼光を宿していた。

もう一方の目玉は動かなかった。…隻眼のようである。


余市は少なからず動揺し、一瞬動けなくなってしまった。

同時に、興味本位で立ち寄ったのはとにかく失敗だったなと後悔した。


老婆は黙ってこちらをじいっと見つめている。完全にロックオンされてしまっていた。

かなり居心地が悪い。


刺すような視線に耐えかねて視線を泳がせていると、老婆の背後の棚に高価そうな石が並んでいるのに気付いた。


小規模な雛段のような階段状の造りの棚で、そこに並んでいる石は、それぞれが小さな座布団のようなものに載せられており『この棚にある石は高いぜよ!』と主張しているかのようである。


そしてその中でも何故か目を惹いたひとつの石、というかまん丸の珠があった。

並んでいる中では小型の部類だが、青くて半透明の美しい珠である。


「その青いのはどんな…?」


と、つい尋ねてしまっていた。

すると老婆は、ん?とゆっくり首をその方に捻ると少し黙っていたが、


「…それは…ただのガラス玉ではないぞね…賢い卵じゃ」


そう言ってニヤリと笑うと更に低い声音で続けた。


「こやつが気になるとは…面白い子じゃのう」


正直言って、嫌な間を断ち切るためについ尋ねてしまったというだけに過ぎない。

勿論、その青い珠が少し気になったというのもあるにはあるが…。


それにしても、賢い卵とはどういうことだ?


どう見てもガラス玉もしくは水晶か何かにしか見えない。

そもそも半透明な卵なんて存在するのか?

魚とか両生類の卵なら半透明なのが普通だろうが、ここは水中ではない。

卵の化石だとしても、半透明なものなど見た記憶がない…。

冗談で言っているとしか思えなかった。

しかも賢いって…生きているとでも言うのか?


やれやれ。


つうかオレもどうかしている。真面目に考えてしまうなんて。

どうせ若輩者のオレに興味を抱かせようと、適当に脚色しただけに決まっているジャマイカ。


しかしその後も老婆は一向に見つめ返してくるだけなので、とりあえず惰性で会話を続ける。


「とても卵には見えないけど、因みに何の卵っすか?」


すると先ほどよりも顔中の皺を緩めて、さらにギョロッとした目玉を半円形にすると、


「…さあてね…然しものわしにも判らん」


老婆は悪びれずに答えた。

一瞬、懐かしむような遠い目をしたようにも感じた。


しかし今時、一人称が『わし』だなんて、見た目も手伝ってますますファンタジーである。

老人でコスプレもどうかと思うが、台詞までとは…。


ここはRPGの魔法屋か何かか?

喧騒としたフリーマーケット会場にあって、この場だけが異世界だとでも言うのか?

どちらにしても冗談話に付き合っている暇などないと、踵を返そうとすると、


「…卵とは言うたがのう、意思を持った石と言った方がしっくりくるやもしれぬ。ダジャレではないぞね、ふぉふぉふぉ」


追い打ちを掛けるように老婆は言った。

が、同時に笑ったために老婆の顔は大きく変化した。

これまで見て来た数多のリアル笑顔の中でも断トツでおぞましい笑顔だった!


余市の笑みも相当におぞましいが、余市の場合はキモさを重視した変質的なおぞましさである。

対してこの老婆のそれは、人と蜥蜴(トカゲ)を一緒に鍋で煮て食べるような、化け物のそれである!


や、やっぱりからかっていたんジャマイカ!


恐ろしさと同時に馬鹿にされた気もして、そそくさと無言でその場を立ち去ろうとする。


「すまん、すまん。じゃがわしは嘘は言うておらんで…」


余市が背中を向けたので、逃げられるとでも思ったのか、慌てたように声をかけてきた。

それだけではなく、先の曲がった杖のようなモノを、あろうことか余市の肩に背後から引っ掛けてきたのだ!

そして、


「まあ、少し話を聞いていきなされ…」


と言うなり、杖に力を込めてグイッと手繰り寄せるように引っぱったのである!

いくら身体が老いて不自由だからといって、背後から人の肩に棒なんぞを引っ掛けるなど言語道断である!

怒りと同時に、不覚にも変な対抗心と闘争心がミックスされたようなパトスが芽生えてしまった。


この怪し過ぎる魔法使いコスプレ老婆に(なか)ば挑みかかるかのように、


嘘じゃない…だと!?では説明して貰おうか!あぁん!!!


肩の杖を払い除け向き直る!…そんな気持ちを堪えて…。


「じゃ、少しなら…」


と、卑屈な笑みを浮かべながらも謙虚に応じる余市だった。


決して怖気づいたんじゃない!

常識的な大人としての慇懃な対応をしたまでだ!

老人は労らねばならぬでなっ!


脳内ですかさず自己弁護を繰り返すことも忘れない。精神衛生上、安定を図る上でも必要な工程である。


老婆の話は思いのほか長かった。



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