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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第一章 現世から異世界へ(仮)
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EP035 竹鶴の野望

皆の残りカス…。


所謂、残飯のような昼食ではあるが、実質、無料参加の余市は贅沢を言える立場ではない。

それに残りカスとはいえ、このニジマスのムニエルときたら、舌鼓を打つなどといったありきたりの表現では追いつかぬほどに美味なのだ!

昨夜の松阪牛と比べても遜色のない逸品であると言える。

黄金の舌を持つ今の余市にとっては、某伝説的な料理マンガ風味で喩えるならば、


うっ!美味い!!!ウーーーマーーーーイーーーーぞーーーーーっ!!!


っと涙しながら口から何本もの太い光線を放つようなレベルである!


聞いたところによると、シェフは角瓶らしい。

鮮度の高いブドウ虫だけでなく、レモンや小麦粉、バターにニンニク、パセリにエリンギなどなど、人が食べる食材にも余念がない!

釣りもプロ級!料理もプロ級!ピカソ風味の芸術センスも有り…野球ではプロにはなれなさそうだが…凄い才能である!

確かに、芸能人など見ても、釣りのできる男は得てして料理もスゴ腕であることが多い…。


余市は残り汁まで舐めとる勢いで、ピカピカに平らげたのだった!

それを横目で見ていた角瓶も、呆れ顔ではあったが嬉しそうだった。


「そんなに美味かったか?」

「世界が滅びる前夜にもう一度食べたい物リストに加えさせて貰う!」

「大袈裟なヤツ…」


料理長の角瓶は笑った。


「おいおい!まだ寝ぼけてるのか博士!?今日がその世界とオサラバする当日だぜ!」


両手を広げて外人のようなジェスチャーで竹鶴が割り込んできた。

確かに…確かに竹鶴の言う通りである。

今宵、オレたちは異世界へと旅立つ予定なのだ。当日になっても未だに実感が湧かないが、紛れもない事実なのだ。


世界が滅びる前夜ではないが、個人的立場ではほぼ同義である!


朧の話を真に受けるなら、生きて再び戻れる可能性は激しく薄く、このニジマスのムニエルが本当に最後に口にするまともな食事となっても不思議ではない!


「いつ頃出発するんだ?」

「…早めに出ようと思う」


角瓶の問いに、いつになく神妙に竹鶴は返した。


コイツ!ひょっとしてオレよりも真剣なんじゃないか?

そんな風に感じさせる真面目な表情だった。普段、軽くて緩んでいる分、急にそんな顔をされるとこっちまで妙に身が引き締まる思いが生じてくる。気後れするといった方が適切か。


「その…竹鶴はさ、パワースポットとか結構頻繁に探したりしてるの?」


そんな疑問を思わず口にしてしまった。すると、


「はーかーせー!オレを誰だと思っている?パワスポ探索歴3年超のパワスポ研究家だぜ!」


なんだとぉ!3年も前からこんなオカルト風味な趣味に足を突っ込んでいたのかよ!

ん!?待てよ…3年前…3年前…あっ!!!オレがマジノ線を越えたあの年ジャマイカ!?

ぬううぅぅ…二次元電脳世界に耽溺していたオレも似たようなものなのか。色こそ違えど無暗に嘲弄できたものでもないな…。


それから暫く、自称パワスポ研究家である竹鶴の話を聞く羽目となったのだった。



竹鶴が、テレ玉から得たパワースポット情報は、所謂、神社である。

伊弉諾尊(いざなぎのみこと)伊弉册尊(いざなみのみこと)を祀った由緒ある神社らしい。

ただ、神社は日本のパワースポットとしては有りがちであり、特段の驚きもない。しかもそこは駐車場完備でほとんど歩かずに到着できる場所であるということだ。


しかし、自称パワスポ研究家である竹鶴レベルともなると、他の一般人とは違ってメディアの報道をそのまま鵜呑みにして踊らされるようなことはなかったようだ。良くも悪くも…。


彼が言うには、まず、パワースポットとして騒がれている場所を中心として、その半径数キロの環境を風水視点で考察し、方角のアタリを付けるということだった。


更に彼は、自前の携帯用ガウスメーターを駆使して、歩きながら地磁気(ちじき)を慎重に計測し、地磁気が打ち消し合い『ゼロ磁場』が発生しているような場所を慎重に探っていく。

地球は北極がS極、南極がN極の巨大な磁石であり、地表近くでプラスとマイナスの力がぶつかり合っていることは余市でも知っている。

しかし、そのぶつかり合っている力が均衡し、互いに相殺しているようなエリアが稀に存在するのだそうだ。それがゼロ磁場であり、彼はその限りなくゼロに近い磁場を『ボルテックス』と呼び、真のパワースポットであると主張している。

そして、この究極のボルテックスを探し当てるという彼の野望は、年を重ねる毎に太くなる木の年輪のように着実に成長してきているのである!



竹鶴が今回、ボルテックスの存在を予見し、アタリを付けたエリアが、まさに余市が目指している目の前に聳えしブナの巨樹のある山であり、テレ玉で紹介された神社のある山は、このキャンプ場を挟んで背中側、つまり余市が既に越えて来た方角に近かった。


ギコとの道中、それらしき神社の存在に気付かなかったということは、少しルートがずれていたのかもしれないが、どっかの標識で神社の名称を目撃した記憶もあるような、ないような…。

まあ、今となってはどうでもいいのだが。


そして彼が言うには、このブナの山自体が既に、そこそこレベルのパワースポットで間違いないらしい。

実際にボルテックスが存在するかどうかは、計測しながら渉猟してみなければ分からないが、あるとすれば山頂付近だろうとアタリを付けていた。


恐ろしいほどに余市の目的地とドンピシャである!


竹鶴との不気味な因果というか運命の繋がりを感じずにはいられぬ、奇跡的な一致である!

この男、否、ここに居る4人はオレのパーティに加わる宿命にあったようだな!

そう考えると、何だか途端に喩えようもない悪寒が湧き起こってくる…。



目の前のブナの山に臨むにあたっては幾つかの問題もあるようだ。


まずひとつ目の問題は、川を渡る手段がないということだった。

これは後述する問題のために、人の侵入を防ぐ意図なのかもしれないが、とにかく事前の調査では近場に橋などは見当たらなかったらしい。

ただ、上流ということもあって、川幅は然程広くはないし基本的に浅瀬でもある。


実際に竹鶴たちは昨日、ここより更に少し上流に行ったところに、無理をすればどうにか渡れそうなポイントを発見したそうだ。

浅瀬であり、都合よく水面から突き出た大きな飛び石を足場にすることで、上手くすれば渡れるであろうとのことである。


しかし幾ら浅瀬とはいえ渓流である。

水も冷たければ流れも速く、女性陣が渡るには危険かつ困難であるのも事実。

『マリカ絶対にムリ!ムリムリムリ!!!』と約1名、猛反対していた者も居たらしいし…。


ただ竹鶴が言うには、男性陣が裸足となって女性陣をお姫様抱っこをして浅瀬を渡るという最終手段が残されているため、それほど大きな問題とは考えてないようだ。

先ほど響と歩いた範囲ではそのような場所は見当たらなかったようだが…まあ、その辺の事情を事前に聞いていなかったし、注意を払っていたワケでもないしな…。


そしてもうひとつの問題は、テレ玉で紹介された神社のある山とは違い、目の前のブナの山には、ここ最近、人がほとんど介入していないため公道が通っていないということであった。

付随情報としては、ブナの山はかつて鉱山として採掘がおこなわれていたが、だいぶ前に採掘は終了し、現在は廃坑となっているらしい。

そのため、使用されなくなった旧坑道や採掘跡地があちこちに当時のまま放置されており、いつ崩れてもおかしくないような危険な場所もあることから、ブナの山全体の立ち入りが禁止されているのだという。

川に架かる橋が近場にない理由も、立ち入りを防ぐためだろうと竹鶴は言った。


つまり、ブナの山へ侵入する交通手段はないに等しく、それどころか侵入も禁止されているのだ。しかも、そんな状況だから、仮に川を無事に渡れたとしても山頂へと続くような道も期待できないだろうということである。


今回、竹鶴がこのキャンプ場を選んだ理由として、川を挟んで近かったということもあるが、反対側からではブナの山近付にまで延びるルートが閉鎖され、車では近寄れないという事情が大きい。やや離れた地点に車を駐車してそこから歩いたとしても、危険な採掘跡が放置されているブナの山の周囲には、高確率で侵入禁止の柵も設置されていることだろう。

その点、こちら側からであれば、川さえクリアできれば、そこは既にブナの山なのだ。



立ち入り禁止区域であり、まともな道があるかも分からないという事実を知った時、流石の竹鶴もこの場所でのパワースポット探索は極めて困難と判断し、一度は諦めかけたという。


しかし、竹鶴の野望は結果として潰えなかった!


寧ろこのような場所にこそ、隠されし偉大なボルテックスが存在するのではないか!?という予感が頭を擡げたからだった。

禁止区域だと知りながら、まさにアウトロー思考である。


それまでは地図アプリだけに頼っていたが、今回は図書館にまで足を運んで公図並みに詳細な地図を広げて調査を開始した。現在の地図だけでなく、炭鉱が盛んだった数十年前の地図や地形図をも引っ張り出して丸一日を費やした。

その苦労の結果、山の中腹に極めて小規模ながら採掘施設跡を発見したという。更に、秩父の郷土史関連書籍からは、その場所と思しき幾つかの白黒写真も入手できたらしい。


つまりそれは、少なくとも中腹までは何らかの道が当時、存在していたであろう根拠の裏付けであり、荒れ果ててはいるだろうが、現在も残っている可能性が高いということを意味していた。

中腹から山頂までの道の保証はまるでないが、この事実によって俄然チャレンジするだけの価値はあるという結論に至ったようだ。



これまでの話をひと通り聞いた余市は、竹鶴の並々ならぬ覚悟を思い知ったのだった。

法に背いてまで己の野望を完遂せしめる行動力…ベクトルが少しずれれば、この種の人間がストーカー犯罪などを犯してしまうのやもしれないという飛躍した思考までもが頭を過る。


見つかったら大事である…。


女子の体操服を盗んだ時のように、また金で解決できると考えているのか?竹鶴!


…しかしそんな危険な思想を持つ彼に対して、余市はブレーキをかけるどころか容喙できる立場ですらなかった。

寧ろ余市とて竹鶴同様に前進あるのみである!

破ることの決して許されぬ約束の地が山頂にあるのだ!

朧にポアされる背水の陣にあっては法も糞もない!!


「だがな!今のオレはボルテックスなどではなく、更に大きな異世界という名の新たな野望を得たのだ!だはははは!!!」


最後に竹鶴は余市の身体を強引に引き寄せ叫んだのだった。


熱い想いを語り終えた彼は、皆をバンガローに集結させた。

そして備え付けの木製テーブルの上の物を片し、地図を大きく広げた。

まるで海賊の幹部による財宝発見のための会議のようである。


彼の計画を要約すると…、


1.川をどうにか渡り、

2.その後、中腹の炭鉱施設に通じる道を探し、

3.炭鉱施設まで登り、

4.そこから山頂までは臨機応変に判断する。


という捻りもへったくれもない想定内のものだった。


竹鶴以外の3人は、ふーん…といった感じで適当に聞いていた。

そんな周囲の温度や態度には竹鶴も馴れているのか、特に消沈した様子も見せない。


昼食後の小休止は、こうして竹鶴によって消化されたのだった。



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