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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第一章 現世から異世界へ(仮)
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EP032 釣りキチ角瓶?

ギギ…ギイィィー…


ドアの軋む音で余市は目を覚ました。


まだ寒い時期ということもあり、寝袋のジッパーを顎ぴったりにまで閉めていたので、このままでは首を捻ってドアの方を確認することができない。どこかでシンナーのような臭いがするが…気のせいか?

ジッパーを下げて袋を脱ぎ、サナギから蝶へと完全変態(メタモルフォーシス)する気分を味わいながら、身体を外へと出していく。


昨夜は、飲み慣れていないアルコールをかなり摂取した筈だが、幸いにも二日酔い(ハング・オーヴァー)風味ではないようだ。オレは意外とアルコール耐性のある体質なのかもな…。


振り返ると、響がデッキに立っていた。


首には双眼鏡を掛け、肩からは水筒(サーモス)と皮革製と思しき鞄を提げているが、そのコンパクトな形状から、仏語で言うところのポシェットってやつだろう。


服装はカーキ色のショートパンツに黒のレギンスを合わせ、デニムシャツの上には、細かいポケットの沢山付いたモスグリーンのベストを着用していた。ネイビー系のトレッキングシューズに合わせた厚手のソックスもキュートで、瀟洒な山ガールといった出で立ちである。


更に、サンバイザーをテニスプレイヤーのように目深に掛けているのだが、そこから伸びる黒髪と相まって快活な印象だ。カーブしたプリム部分にはスポーツメーカーのロゴがアクセントとして小さく刺繍されており、シンプルながら洗練された落ち着きを魅せていた。

薄く化粧を済ませているところを見ると、既に洗顔などは終えてきているようだ。


余市の熱視線には当然気付いているのだろうが、響は視線を向けてこなかった。


オハヨウのひと言ぐらいあっても良いのではないか?


そんな余市の甘い期待を裏切るかのように、響はカツカツとデッキから降りると、川の方に向かって歩いて行ってしまった。


くぅ~!お高くとまりやがって!オレは昨夜、貴様の秘密の匂いをだなぁ…(以下略


寝袋を片しながら直ぐ上の窓を見る。内側にはカーテンが掛かったままだった。

他の3人はまだ寝ているのかもな…。


ギコに積んだままの鞄からペットボトルのお茶を取り出し、ゆっくりと喉に流していく。天気は悪くない。

とりあえず、チープな歯ブラシを持って川の方へと向かう。

渓流の水はキレイだし、口を漱ぐくらい問題ないだろう。


水は思った以上に冷たかった。

終戦を知らずに、戦後、何十年も異国の地で生活していた日本人が居たっけなぁ…そんな記憶がわけもなく思い出された。彼らもこんな感じで歯を磨いていたのだろうか…?歯ブラシの代用として木の枝や草を使っていたのかもな…オレはまだ恵まれている方だな。


ガラガラガラ…ペッペッ!


嗽を済ませ、ふと川上の方に目を向けると、驚いたことに釣り人を発見した。が、更によく見てみると、何とその釣り人は角瓶なのであった!

昼過ぎまで寝ているつもりだから起こすな!とか何とか昨夜、言っていなかったか?

竿を持参しているということは、角瓶は釣り目的(モク)で参加していたのだろうか?


この時期、渓流で釣れる魚といえば…ヤマメやイワナ、マスの類かな?

どちらにしても、何か釣れているのか気になる。

昨夜、共に酒を飲みバーベキューをし花火もした仲だが、何故か今は照れ臭い気分である。しかし、同じ異世界へと旅立つ仲間として、ここは勇気を持って親睦を深めておかなければ!


余市の接近にも角瓶は気付いていない様子だ。道糸(ミチイト)を垂らした川面に集中している。

そんな角瓶の横顔は、悔しいが少し凛々しかった。


竿をほとんど動かしていないことから、毛鉤(けばり)などではなく餌釣りをしているようである。

釣った魚を入れておくための魚籠(びく)も、通常であれば網状のものを水中に垂らしておくものだが、角瓶の魚籠は所謂、腰魚籠と言われる竹製で玄人臭が滲み出ていた。竿も市販されているような光沢のあるモノではなく、自作のようなシンプルこの上ないただの竹竿である。

これで麦藁帽子でも被っていれば、伝説的な釣りキチ漫画の主人公さながらである!


餌は何を使っているのかと、背後から近づくと、


「何だ余市かよ!脅かすなよ、やっと起きたのか?」


角瓶が振り返って言った。


「あ、うん…角瓶こそ今日はゆっくりしてるとか言ってなかった?」


うっかり、初めて角瓶を呼び捨てにしてしまったっ!

しかし、角瓶は気にすることもなく、


「なんか酒飲んだ日ってよ、集中睡眠できるんだわ…って!キタッ!」


魚が掛かったようだ!


「この魚信(ぎょしん)…小物クセー!」


魚信というのは、魚がヒットした時に釣竿から手や腕に伝わるブルブルッとしたアタリの感覚のことである。余市的には魚震と書いた方が意味合いとしてはしっくりくるのだが、語源までは分からない。


角瓶は魚を掬う攩網(たもあみ)を持っていないようだったが、渓流でそこまでの大物はヒットしないと踏んで初めから持参してこなかったのだろう。

竿の角度を徐々に立てながら、馴れた竿捌きで魚を手繰り寄せていく。相当の使い手とみた!

そして釣りあげたのは、20センチほどの比較的大きなヤマメのようだ。

ヤマメは山女と書くだけあって、近くで見ると非常に美しい。


まだ3月なので、下手をしたら禁漁期間に指定されている時期かもしれないが、地域によって期間はまちまちだし、もともとアウトローな角瓶にとってはそんなことお構いなしであろう。


しかし次の瞬間、余市は目を疑った!


「なんだ、やっぱりヤマメか!」


そう言うと、角瓶は釣りあげたばかりのその美しいヤマメから釣り針を外すと、優しく川に戻したのだ!

所謂、キャッチ・アンド・リリースってやつだ!紳士過ぎるぞ!どうしたんだいったい!?

不思議そうに見つめる余市に、


「あ?…まあコイツは今は産卵期だから可哀想だろ!」


当然のように言って退けたのである!


「昼飯はマスの塩焼きだな」


そう言いながら、腰魚籠を余市の方に見せた。

覗き込むと、なんと!魚籠の中にはニジマスらしき30センチクラスの大物が数匹、頭から突っ込んであった!


こ、この男…この細くて貧弱な竹竿で攩網も持たずに、これら重量級の猛者共を次々と釣り上げたというのか!?


渓流ということもあって浮子(ウキ)を使わないのは理解できるが、ミャク釣り特有の毛糸や鳥の羽などの目印すら道糸には見られなかった。

ひと言で片付ければ原始的で単純な仕掛け…だが裏を返せば、それ故に相当のテクを持ち合わせていなければ、これらの猛者共を釣り上げることは決して叶わぬであろうことを余市は見抜いた!


「スゲーッ!」


思わず発していた。

そんな余市の感嘆を察してか、


「なーに、この餌を使えばチョロいもんだぜ。鮮度には自信がある」


得意げに餌箱を見せる。

木箱の中には、気持ちの悪い幼虫が蠢いていた。それはブドウ虫…蛾の幼虫であり、渓流釣りの餌としてはポピュラーな部類である。

こんな餌を持参しているということを考えると、もう疑う余地はない。この男、間違いなく釣り目的でキャンプに参加したのだ!


それにしても意外な趣味である…。


部活では金属バットを強振していた球児が、プライベートでは竹竿を静かに振っていたというのか!?

まさか!そのギャップに女どもはコロッと…!?

あの山女(ヤマメ)のように美しい女子マネも釣り上げてキャッチ・アンド・リリースってか!?

昼は部室でバットをシコシコ磨かせ、夜は夜釣りと称して肉竿を握らせて個人レッスンしてたってのか!?


いや!間違いない!絶対そうだ!!そうなんだろっ!!?


くっくっく…正直に吐いちまえよ!楽になるぜ!

真顔で『オレの巨チンから魚信を感じろ!』とか何とか上手いコト言ってたんだろ!?アあん!!!


この鬼畜球児めが!!!


オレだって…オレだってなー!夜の竿捌きならちょっぴり魚信ならぬ自信があるんだぜ!…勿論、魚信風味な感触だってちゃーーーんと知ってるしな…ふふ…対等さ!キサマとオレは全くもって対等なのさ!分かったか!?ふはっ!ふはははははっ!!!


はっ!いかんいかん!

ブルッブルッブルッブルッ…


強引な精神勝利によって自分が醜く崩壊し始めていることに気付き、慌てて頭を左右に大きく振る。

そして何とか正気を取り戻すことに成功。



ところで先ほど角瓶は、余市に対して餌であるブドウ虫の鮮度が良ければ誰でも釣れるような口振りだったが、それは己のテクを謙遜しての発言だったのかもしれない。

だが失礼な話だが、やはり角瓶が釣り上手なことに違和感を覚えずにはいられない…。乱暴なイメージの角瓶が、辛抱強く長時間、精神を鎮めて釣りなんぞを嗜むことが解せない!

マグロの一本釣りや、スポーティなルアーフィッシングなどなら分からなくもないが…。

そんなモヤモヤとした疑問を払拭すべく、もう一歩踏み込んでみる。


「いや相当なテクだよ!、餌の鮮度に拘る辺りからして素人っぽくないよ」


少しの間、角瓶は黙っていたが、ふぅっと息を吐くと静かに答えた。


「…釣具メーカーの息子が釣りができないとか恥だろ?」


んな!なにぃーーーっ!?


角瓶の親父ってば釣具屋を営んでいたのかよ!

釣具屋って…ん?待てよ、確か今メーカーって…釣具メーカーって言ってなかったか?

コ…コイツも隠れボンボンだったのかよ!!類は友を呼ぶ!略して類友(るいトモ)ってやつですかー!?


「角瓶のお父さん、釣具の会社経営してるんだ…なるほど」


棒読みのように呟いていた。

竹鶴と響に続いて角瓶までもが金持ち、となれば、おそらくマリカも…。

って!ブルジョアだったら素直に私立高校に進学しとけよ!


「おーい!釣れたかぁー!?」


川上の方から手を振りながらこっちに向かって歩いて来るのは竹鶴だ。

どうやら、竹鶴も既に起きていたらしい。


角瓶と竹鶴、このふたりが先に起床していたにもかかわらず、余市をからかって起こしたりしなかったのが奇跡のように思えた。

だが直ぐに、流石に小中学生じゃあるまいし、その辺の最低限のマナーや気遣いは供えているのだな、と少し安堵もしたのだった。



「ぶははははは!博士も漸くお目覚めか?」


余市の顔を見るなり竹鶴は笑いだした。正直、意味が分からない…。異世界に旅立つ日だからハイテンションなのだろうか?


「マスが数匹ってとこだな」

「おお!相変わらずやるじゃん!」

「そういえば、そっちに響さん、歩いて行かなかったか?」

「うん、来たよ。でもそのまま上流の方に行っちゃったけどなー」


ふたりが会話をしている。


「ところで博士、響さんにあと1時間くらいしたら昼飯だから戻って来るようにって伝えてきてくれないか?」

「うん、分かった」


竹鶴に答える。

別に呼んでくるのなんて大した労力じゃないし…それに大袈裟かもしれないが、仕事を与えて貰うことで、このブルジョア階級のグループに於ける庶民の存在意義が高まるような気もしていた。


実際に響がどの程度まで上流に向かったのか分からないが、往復を考えたら1時間なんて直ぐだろうし…こっちも早めに向かっておくに越したことはないだろう。

時計は持っていないが、1時間くらいなら体内時計の感覚で然程大きくずれることもなさそうだ。


竹鶴たちと他愛もない会話を少しした後、余市は上流に向かって歩き出した。



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