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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第一章 現世から異世界へ(仮)
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EP027 菊と笹とグリコーゲン

鳥たちの囀りが耳を(くすぐ)り何だか心地よい。

フフフ…オレはこうして時間を浪費しているフリをして、来るべき特異点に備え、密かに寿命を温存して…。


ドスッ!


何だ?昼飯の合図か?


薄眼を開けると、どうもいつもとは勝手が違う様子である。

まどろみの中で寝返りをうった際に、どこかから落ちて全身を地面に打ったようだ。

つまり、妹にドアを蹴られた音ではなく、己が落ちた衝撃音だったのだ。


首を擡げて周囲を見回して、たった今まで自分が拝殿の浜縁に寝ていたのだということを知った。

昨日、傷付いたカラス、否、黒を手当した場所である。


そうか…オレは己を見つめ返すための孤独な旅をしていたのだったな。

時刻は分からないが辺りはかなり明るい。3月下旬ということを考えると、既に昼をまわっていてもおかしくはないだろう。


昨夜だか今朝だかよく分からないが、寝る直前の出来事を思い出そうと努める…。


朧…そうだ!朧と話していた。

そして急に気を失ったのだ。

ってことは、浜縁に寝かせてくれたのは…朧なのか?


賽銭箱の方に目をやる。

当然、そこにもう朧の姿はなかった。青も黒も姿は見えなかった…。


ゆっくりと立ち上がり、半身に付いた土を払うと、急激に腹の減りを覚えた。

リュックの中から全ての食料を取り出して浜縁に並べてみる。

お茶と缶詰、オニギリで全てだ。

オニギリは5つ買っていたが、鮭と高菜は昨日食べたので、今はツナマヨと焼きたらこ、そして梅干しが残っている…。


そう…梅干し。


狭山市の公園でサンドウィッチを口にした時に、梅干しを思い浮かべて大量の唾液を分泌しながら蒼褪めたというのに、何故、敢えてこのラスボス級の梅干しオニギリをチョイスしてしまったのかと訊かれれば、その答えは芋虫くん炭酸飲料を買った感覚とほぼ同じである。

怖いもの見たさ風味の興味本位と、この進化した鋭敏な舌に早い段階で強烈な味を経験させておくことで、後々の数ある強敵たちと対峙した際、比較的平常心を保って対応できるのではないか、という期待値からである。


ペットボトルの蓋を開け、お茶をゆっくりと口に含んで嗽をした。

茶葉の風味も強いが苦みもかなりのものである。それと同時に昨日、自分の身体に起こった数々の異変は紛れもない事実であったということを改めて実感する。


缶詰は賞味期限を気にする必要がないので、先にオニギリから退治する方が良さそうだ。

朝食とはいえ昼時なのだし、ここは無難にふたつ食べておくことにする。

問題は何の具のオニギリを食べるかだが…数秒悩んで、焼きたらこオニギリをリュックに戻した。


そしてツナマヨから食べることを決定。

昨日食べたサンドウィッチもツナマヨだったため、抵抗感は少ない筈だ。


モグモグ…モグ…


予想通りびっくりするような違和感もなく、まずまずの味として食べられた。

一旦、お茶を流し込み、いよいよ梅干しである。


モグ…


一口かじったところで、梅干しが染みた米の一部も口に侵入してきてしまった。

しかし、それほど大きなダメージもなく『こ…これは!イケるかも…』そんな期待が湧き起こる。酸っぱいイメージのせいで、例によって唾液がかなり込み上げてきてはいたが、勇気を出して梅干し本体を噛む!


モグモグ…モ…グ…


「ぐうへええええぇぇ!!!!ギャホッ!ギャホッ!ゴホゴホ…」


甘かった!味ではなく考えが甘かった!

梅干しは劇物に他ならない!!!この時、余市は身をもって学習したのだった。

それでも吐き捨てるようなことはせず、急いで飲み込む!そして大量のお茶で口内に残っている強烈な残味を薄めていく!

ゴクッゴクッ…何てことだ!もう一生、梅干しは食えん!!!

そう考えたら、何だか妙に寂しい気分になってきた。日本人なのに梅干し食えないなんて…。


とりあえず腹は満たした。


続いて歯磨き粉を歯ブラシに塗りにかかるるが、極少量にしておいた。

梅干しの強烈な経験が早速、生きたのかは分からないが、それほど辛さを感じない。


シャカシャカ…ゴシゴシ…


出発する前に、軽く地図を見ておくことにする。

秩父のページを開いて現在地の把握にかかるが、やはり自分が今どこに居るのか皆目分からなかった。

もともと余市は読図に長けている方ではないのだ。

まあ…朧の言っていた山は、この山を抜けて川を挟んだ先にあるということだし…多分、迷わずに辿り着けるであろう。


朧かぁ…。


歯ブラシを終えて、昨日のことを少し整理したい気持ちから、境内をひと回りしてみることにする。

すぐ目の前には古びた石灯篭がある。その脇に雌カラスの墓…昨日と変わったことはなかった。すくっと立ち上がり振り返る。朧が座っていた賽銭箱があった。ぬくもりを確認するかのように座っていたあたりを手で擦ってみる。そして屈み込み鼻先を(おもむろ)に近付けていく…そして我に返る!


「はっ!な、何をしておるんじゃ!オレは!!!?」


確かにオレは変態だが、このように露骨過ぎる展開は美学に反する!

ましてやここは曲がりなりにも神社の境内!

急に嫌な予感がして頭上を見上げるも、そこに青の姿は無かった。ホッと胸を撫で下ろし、拝殿の中を覗き込んで見る。中は真っ暗だがデビルアイは健在だった。

拝殿内部は、朧の幻術で作られた昨夜の光景と全く一緒だった。勿論、誰も居なかった。

ただ唯一、何故か神輿だけは消えていたが…。


次に、ギコを止めてある鳥居の方へと歩き出す。


と、そこで突然、急激な腹痛による便意を催してしまった!!!


ギュルルルルルゥゥーーー!!!

う…梅干しの呪いか!?


流石に厠などという都合の良いものがあるワケでもなく焦る!かと言って境内のど真ん中で捻り出せば本当に祟られるやも知れぬ!


くどいようだがここは神社なのだから!!!


賽銭箱の朧の残り香を嗅ごうとした罰なのか…?

そのツケをケツで払え…とでも言うのか?

否!今は原因などどうでもいい!この喫緊に差し迫った問題に策を講じねばならぬ!


ギュル…ギュルルル…

ぬおおぉぉ!!!


しかし、腹を抱えながら境内をウロウロしたものの、押し寄せるSBWは着実に余市を追い込んで行く!

余市の最後の関所(ゲート)とでもいうべき括約筋も、フル活躍して抗い続けてはいるが、そろそろ通行手形を発行せねばならぬ頃合いだ!


因みにSBWとは、便意の大波(シッティング・ビッグ・ウェーブ)の玄人的な略称である。

幾度となく押しては引く腸内サーフィンも限界を迎え、ついに特大のSBWが余市の尊厳を脅かすっ!!


ぐおっ!!!


フロイトの主張する肛門期(アナル・ステージ)を幼少期にクリアしてきているとはいえ、このSBWは強大過ぎた!


なし崩し的に余市は拝殿の左奥の竹藪へと侵入していた。もはや形振りなど構っていられない!

尻をペロンと出して腰を下げる。


世に言う野糞である。ワ…ワイルドだぜぇ!?

ってか!ワイルドの真骨頂だぜぇ!!


そして固く閉ざしていた恥じらいのゲートを緩め、物理的なカタルシスに身を震わせながら熱いマグマを捻り出す刹那、カッと目を大きく見開き脳内で叫ぶ!


「グ…グリコーゲンンンッ!!!」


あっ!うっかり本当に叫んでしまっていた!

世間の窮屈な束縛から解放されしこの大自然の舞台が、想像以上に余市を解脱せしめていたようだ。


余談だが、余市は脱糞時によく脳内で叫ぶ台詞がある。

今回は『グリコーゲン』であったが、他にも『ブリュッセル』や『ハンニバル』『ガラパゴス』『ヘヴィーメタル』『インカ帝国』『大四喜(ダイスーシー)』など幾つかのバリエーションが存在する。

変わったところでは『野口五郎』とか『ハルク・ホーガン』『ノ・ムヒョン』『曙』『ゲイリームーア』『カツオ』『長渕』などの人名、他にも使用頻度こそ少ないものの『アンモナイト』『地中貫通爆弾(バンカーバスター)』『メコンデルタ』『テコンV』『木人拳!』など数多く存在する。


勿論、深い意味などはない。その時その瞬間の気分の赴くままである。


ただ傾向として、下痢の時にはブリュッセルやゲイリームーアがやや頻度が多めであり、固い時には高確率でハンニバルとヘヴィーメタルが人気を二分する。因みにヘヴィーメタルの時はかなりネイティブに近い脳内発音である。

いつもより臭い時は野口五郎かなぁ…。


って!そんなことはさて置き、またまた痛恨のミスを犯してしまったことに気付く。


(アヌス)を拭く紙を持っていなかったのだ!

内ポケットにあるはずのティッシュは、昨日、他ならぬゴルバチョフ君の糞を拭うのに使い切ってしまっていたのだ!最後の1枚だけはギョニソーを拭ったが…。


ゴ…ゴルバチョフゥゥ…


次回からの脱糞時には、脳内台詞レパートリーに『ゴルバチョフ』も追加せねばならぬようだな…。


って!それどころではない!


こうなった以上、中腰よろしく境内までいったん戻って、昨日、黒を治療した包帯の余りかタオルか何かで尻を拭かねばならないが、今回の便状を鑑みるに…。


少なくともこの場で一度は拭いておく必要アリ。


という冷静かつ紳士的(ジェントル)なケツ論を導き出す。

尻を突き出したまま周囲を見渡し、幅が広めの笹を探す。そして、


「君に決めた!」


リーチの範囲内で一番大きな笹の葉を毟り取る。そしてマジシャンがトランプを扱う時のような慣れた手つきでサッと菊座を拭いてみせた、が!


「痛っ!」


ピリッとした痛みが余市の菊に走る。


…切ったか?

それとも宝珠の不思議な能力で、我が菊座の感度までもが増したとでも言うのかい!?

視覚、聴覚、嗅覚、味覚に続いて、ついに触覚までもが目覚めたのかい?

菊座だけ限定で触覚が目覚めたとかいうオチだけは感便もとい勘弁して欲しい…。


しかし痛嘆していても何も快穴(カイケツ)しない。

類人猿の如く中腰のまま境内へと戻ると、鞄のジッパーを乱暴に開けにかかる。


が!ここで思い出す!


そういえば、鞄のサイドポケットに、数年前にどこぞの駅前でゲットしたポケットティッシュがあったような気が!!!


久しく空けていなかったサイドポケットに手を滑り込ませると、シャカシャカとしたビニールの感触が!!

間違いない!ポケットティッシュである!!


何故、昨日の時点で思い出さなかったのかっ!スペ丸を拭ったあの時に!


という苛立ちの気持ちが芽生えたが、その気持ちは直ぐに収まった。

何故なら、ポケットティッシュは既にほとんど使われ、残り2枚ほどしか入っていないであろうことが、その薄さから分かったからである。

仮に昨日このポケットティッシュを発見していたなら、間違いなく使い切っていたであろう。そうなれば、今、菊座を拭う紙は無かったのだ。


そのポケットティッシュの裏面には、テレクラの宣伝広告も挟まれていた。

清純そうなサクラの女の子が、何故か水着姿で受話器を耳に当てて笑っていた…。



だが!今はそんなものを悠長に眺めている局面ではない!


傷ついた菊を早急かつ清潔に拭わねばならぬ!

ティッシュを摘まみ出すと、賽銭箱に片肘を付いた体勢で穢れた菊を優しく拭った。

最初は竹藪に戻ってから拭くつもりだったが計画変更である。拝殿の真ん前で目立つ場所とはいえ、こんな秘境の如き山奥である。県道沿いでもないのだし、ひと目を気にするのも馬鹿げているというものだ。

ティッシュはやはり2枚しか残っていなかった…器用に節約しながら正真正銘ラストの1枚を慎重に使い切った。



罪悪感に苛まれながらも、拭いたティッシュは拝殿の脇の目立たぬ場所に…捨てた。

朧をはじめ青や黒、そしてこの山に住まう数多の生物たちよ!申し訳ない!!!


だが、捨てる紙あれば拾う紙あり…とはよく言ったもの!


こんなに穢れた臭い紙でも、ひょっとしたら昨日の雑種犬のように食べてくれる動物や昆虫が居ないとも限らない!

居なかったとしても、長い年月を経て分解され、紙はいずれは土へと還って行く筈だ。

オニギリのビニールなどはしっかりと持ち返るのでどうか許して欲しい…。



誰かが『常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションである』と言っていたが、オレにとって野糞が18歳最後に身に付けたコレクションのひとつにならぬことを祈る…。


拝殿に向かって手を合わせ、瞼を固く閉じて神妙な表情で祈ったが、それがどれだけ非常識で厚かましい行為であるのかを余市は気付いていない。

神社で野糞しておいて、その犯行現場である神社の神に向かって野糞の悪癖が身に付かぬよう祈っているのだから!

お詫びをするならいざ知らず願いを乞うなどは、逆に(バチ)として、目には目を!菊には菊を!で重篤なイボ痔などを患っても文句ひとつ言えぬ立場なのだ。



荷物を纏め、ギコと共に足早に鳥居を潜る。

自分のした野糞現場からは一刻も早く立ち去りたい。そんな気持ちである。

これも人の本能なのだろうか?それともオレだけ?

よく『犯人は現場に再び戻る』というようなことを聞くが、少なくとも今回に限って言えば、全くもって理解の及ばぬ心理である。


昨日は妹に自慰を目撃されて家を出奔したが、今日は今日とて野糞して社を出奔する羽目になろうとわ!

立つ鳥跡を濁さずの精神はどこにいってしまったのか?


逃げるように石段を降りて行くのだった…。



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