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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第一章 現世から異世界へ(仮)
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EP026 朧月夜の誓い

人にとって、夜の山は闇である。

樹木に囲まれ、環境光のようなものは無いに等しい。

この境内だけは頭上が開けている分、そこまで真っ暗闇というワケではなかったが、それども常人の目からすれば十分に暗い筈だ。影になった所は物の輪郭が全く掴めないであろう。


夜行性動物と違い、人の目には感度の高い桿体(かんたい)細胞が少なく、輝板(タペタム)すら存在しない。

輝板を持つ動物は、暗闇では目が反射して光るので直ぐに分かる。


宝珠によりデビルアイ能力を授かった余市の目が、果たして桿体細胞を大幅に増やしたのかどうかは分からないが、少なくとも輝板が新たに生成された形跡は無さそうだった。

目が光っていないからである。


既存の細胞生物学や医学などからのアプローチでは説明のつかない、何か全く別の得体の知れない特殊な仕組みが、宝珠によって齎されたのかもしれない。



「朧月夜に似るものぞなき…」


今、賽銭箱に座り夜空を見上げていた朧が、聞きとれないほどの小さな声で呟いた。


その言葉で、深みに嵌りつつあった種の聖域の思考から呼び戻された余市は、釣られて空を見上げた。

そこには(もや)に霞んだ月が出ていた。まさに春の夜空に浮かぶ朧月である。


そして朧の顔を改めて見つめる。

懐かしそうに月を見つめる朧の瞳は、何故か余市には月ではない遥か遠くの別の景色を映しているかのように思えた…。

浮世を嘆きつつも、一方では飛花落葉を愛おしく見守るような、哀しくも優しい瞳だった。


この時の月明かりに照らされた朧の横顔を、余市は後になって何度も思い出すことになる…。



朧は自分を見つめる視線に少し遅れて気が付くと、やや不機嫌そうな顔をした。

常に先回りされて監視を許していた余市だったが、今回は逆に余市の方が先に無防備とも言える朧を捉えたのである。

これまで隙らしい隙を全く見せていなかった朧だったので、何だか不思議な気がした。


「くく…其の表情、童の隙でも突いたと思って得意気になっておるようじゃの」

「そ、そんなことは…」


ちっ!すかさず思考を読みやがったな。


「いい加減、待ち草臥れたわ。お主の疑問にも懇切丁寧に答えてやったのじゃ。漸く本題に入れそうかのう?」


そうだった!

進化論や種の聖域について考え過ぎた余り、修羅道やら種の祭壇とやらに行く羽目になったという最悪な展開について暫し失念していた。


朧を見つめ、ゴクリと一回唾を飲み込み視線を向ける。


「宝珠に魅入られてしもうた以上、先にも言うたようにお主を種の祭壇のある異世界へと転送せねばならん…」

「そうだ!もう一点…この珠についての疑問に答えて貰っていないけど!あと、その種の祭壇とかいうのも…」

「急かすでないわ!此れから話すところだったのじゃ!」


朧の髪が術を使う時のように一瞬ふわりと揺らめいたのを見て、余市は途端に緊張した。


「は、はい!すみません…デス」


朧は氣の昂ぶりを鎮めると、話を再開した。



「コホン。まず此の宝珠についてじゃが…異世界に於いて、完全なる真性異言能力を覚醒させるためのモノじゃ。ついでに異世界へと渡る通行手形の役割も担うておる。他にも能力は幾つかあるが、其れは後のお楽しみじゃな。童も昔、似たような宝珠を持っておったわ」


それだけ言って朧は黙ってしまった。


「…」


暫し見つめ合うふたり…。


えっ?お仕舞い?宝珠の説明、もうお仕舞い?ウッソーーん!


「あの…よく分からないんだけど…」


「なぬ?知恵の足らんやつじゃのう!

つまり、お主が異世界で会話するための能力と言うことじゃ。

此の現世では片端の宝珠のままじゃが、異世界では宝珠本来の能力が目覚めよる。其処で解放すれば、保持者は他種族とでも対話が可能となる。ある程度の言語能力を持ち合わせた相手に限るがの…此れで分かったか?」


俄かには信じられないが説明の理解はできた。

ゼノグロッシアみたいなものか?初めて耳にした言語を勉強したこともないのに自然と理解して話せてしまうというアレか?おいおい…。


「分かりやすく纏めるとじゃのう…【異世界】とは【種の聖域】へと通ずる【種の祭壇】の顕現されし、此の世とは対を成すもうひとつの世界よ。

本来、聖域というものは祭壇を通して全ての生物の個々の精神と繋がっておるが、祭壇は具体的な場所としての聖域とも通ずると言われておる。祭壇は通信の電波塔としての役割の他に、聖域へと通ずる門としての存在でもあるのじゃ。そして、其の祭壇のある唯一の世界が異世界なのじゃ。理解できたか?」


ようは、祭壇は個体と聖域を繋ぐ電波塔としての役割の他に、聖域へと物理的にアクセスできる唯一の場所でもあると…そして祭壇は異世界にはあるが、この世界にはない…って感じか?


「まあ、そんな感じじゃな。

人間という奴は、進化の過程で知能が他の種に比べて飛躍的に発達したが故、同時に自我を強く持つ生き物となってしもうた。他の生物ほど聖域との繋がりに頼らずとも、己が脳で処理し、生きる術を身に付けてしもうたのじゃ…。

結果として、種としての本来見えていた共通の意思、つまり種の聖域と共有すべき思想をほぼ完全に見失ってしもうたというコトじゃ。


科学や技術、政治や宗教、あらゆる分野が発達しつつも、同時に多くの問題も産んでおる。

全ての生物にとって大切な空気や水の汚染、樹木の過度な伐採や大規模な自然破壊など、数えればきりがないほどじゃ。長い目で見れば、自らの首を絞めておるということに気付いておっても人の寿命は短い。其の場の欲には勝てんのじゃ。人類というひとつの大きな命の安寧よりも、其の時に生きる個々の己自身が最優先なのじゃな…。

じゃが近年になり、数こそ少ないが斯様な問題に真剣に向き合い始めた者も居る。童はもう少しだけ人を信じたいと思うておる…」


つまり、人間は他の生物に比べると個々の能力が発達し過ぎたため、聖域との繋がりが細くなってきていて、その結果、人類という種へのマクロな視点での危惧が希薄になってきているが、最近では真剣に向き合う動きも徐々に出てきたように見える…と。


「此度、問題となっておるのは、他でもないそんな人間の種としての存亡よ。

幾ら人類が聖域に頼らなくなったとは言うても、其れはあくまでも表面上のことじゃ。全ての種はそれぞれの種の聖域によって維持され管理されておる。人とて例外ではない」


個々の脳では意識できていなくても、種を存続させるための目に見えない最低限の繋がりはあるということか?


「聖域と其の門に該当する祭壇は種族毎に基本ひとつじゃ。新たに発生する聖域もあれば消滅する聖域もある。聖域が消滅するということは、同時に其の種が絶滅したことをも意味する。逆もまた然りじゃ。

其れどころか、一定期間、聖域との繋がりが絶たれただけでも、最終的には聖域も現世に生存するその種も消滅してしまう。此れはもう決定的じゃ。童は過去に同様の事例で滅んだ種を幾度となく見てきておる。

即ち、聖域が消滅せずとも、個々の生物と聖域との経由機関でもある祭壇が破壊されれば結果は同じというワケじゃ…」


種の聖域がなくなっても現世のその種は滅亡するし、聖域とのアクセスが完全に途切れても、同様に滅亡してしまう。祭壇は聖域とのアクセスにも絡んでいるから、祭壇が壊されたらマズイということか?


「現在、異世界では、人などという種は滅びてしまえば良いと考える輩が勢力を増幅させてきておる。奴らは他の種でも何でもない、おそらくは同じ人類よ…童はそう睨んでおる。人類には民族や生息域毎にそれぞれ聖域と祭壇が設けられておる。

余市は、其奴らから種の祭壇、とりわけ大和民族の祭壇を死守し、願わくば奴らの首領である何者かを始末して欲しいのじゃ!」


異世界で祭壇の破壊を企む悪党がいて、それはおそらく同じ人類であると?

聖域や祭壇は基本的に種毎にひとつだが、人間の場合は地域や人種によって分けられているというのか?

同じクマでもツキノワグマとホッキョクグマとでは異なるという感じだろうか?

して、オレが守るべきは大和民族の祭壇であると…。


てか!そんな得体の知れない連中とオレは戦わなければならないのか!?


「…そんなところじゃ。前にも言うたが、斯様な分類自体、人間が便宜上、勝手に決めたものじゃがな。童も聖域がどのような基準で分かれて存在しておるのかまでは知らん。

奴らと闘って勝利できんまでも、最低でもお主の手で祭壇に宝珠は供えてこなければならぬ!」


祭壇に、オレの手で…『そなえる』だと!!!


その言葉は、確か隻眼の老婆が、四国山中の大木で大昔に聞いた言葉ではなかったか!?

そなえよ…その正しい意味は『備えよ』ではなく『供えよ』であったことが、今、明らかとなったのだった!


「宝珠を供えれば、少なくとも其の祭壇は向こう数百年は安泰だと言われておる。

童も詳しくは知らぬが、言い伝えによれば、無敵の守護神が現れて祭壇を守ってくれるということじゃ。おそらく其奴の寿命やら活動周期が数百年なのではないかと思うが、はっきりとしたことは分からぬ。他にも条件があるやも知れぬ…。

どちらにせよ、只でさえ弱まってしもうた聖域との繋がりが、祭壇まで破壊されるような事態ともなれば、もはや致命的じゃ。お主に課せられた使命は、海よりも深く山よりも重い!」


何だ!そのファンタジーとも神話とも解釈できてしまう言い伝えは!?

それにしても、な!何でそんな大役を北与野在住のこのオレがっ!?


「ふふふ…何故そんな役回りを自分が?というような顔をしておるな」


ギクッ!


「お主のように宝珠によって覚醒されし人間であらば、童の術で異世界への門を開き転送させることが可能だからじゃ。厳密に言えば、宝珠を持たぬ者でも転送できんワケでもないんじゃが、そんな者を異世界に送っても、直ぐに死んでしまうでな。お主の話に出てきた隻眼の老婆のように、宝珠を手に入れても覚醒されん者も居る。宝珠は人を選ぶのじゃ。余市よ、お主はまんまと宝珠に選ばれたのじゃ!

そもそも童としても宝珠を持たぬ者を転送するワケにはゆかぬキマリでな…先にも言うた通り、宝珠は異世界へと渡る通行手形なのじゃからのう。くうっくっく…」


何故!何故!?オレはあの時、怪しい老婆のいるフリーマーケットに足を運んでしまったのだ!!!

ホームセンターを出て散髪した後、真っ直ぐに帰宅しておけばこんな展開にはならなかった筈!!!


これが世に言うバタフライ効果ってやつなのか?


一匹の蝶の羽ばたきが、ゆくゆくはトルネードを引き起こすかもしれないという可能性を否定できないという…どんなに些細なコトでも後々大きな結果に繋がってしまうかもしれないという、あのトンデモない理論!

いや待て…それは厳密に言えば違うのではないか?今回の場合は、小さな動作が大きな現象へと同質の成長を遂げているワケではない。


フリマに寄ったらどういうワケか結果的に異世界で戦う羽目になってしまったという、まるで因果関係を見出せない展開なのだから…寧ろアレか?

風が吹けば桶屋が儲かる…とかいう日本の愉快な諺。間違いない!こっちが正解だな!


てか宝珠ってば、某銀河鉄道のパスポート風味だな!旅を共にしてくれる美女はいないみたいだけどなっ!


「良いか?異世界には、此の現世と同様に多種多様な生物が住んでおる。

それぞれの生物の種の祭壇が存在しており、人類を滅ぼそうと謀る輩の他にも、種同士での争いも頻繁に起きておる、まさに修羅道の如き世界よ…」


ぐぬぬぬぬ…これ以上、オレを脅えさせてどうする気だ!?


それにしても朧の言い回しは相変わらずくどくどしく婉曲し、かつ重々しい。もう少しシンプルに説明できないものなのだろうか?

持ち得るリテラシー能力をフル回転させて強引に纏めるなら、要は『お前は異世界で大和民族の祭壇を脅かす輩を討伐して来い!最低でも祭壇に宝珠は供えて来いよ!祭壇を荒らされて聖域へのアクセスが途絶えたらこの現世の大和民族も遅かれ早かれ絶滅しちまうよ!』と言うことだろう。


「平たく言えばそう言うことじゃ。ふふふ。此処までの説明は大方理解できておるようじゃな」


余市の飲み込みが思ったよりも早いことが嬉しいのか、朧は満足気だ。

それから朧は、余市から奪ったままの宝珠を顔の前に翳して睨み始めた…が、少しして、


「くっ!一途なやつめ。童には応えぬか…無視しおって!」


宝珠を握った手をブルブルと震わせながら、忌々しそうな表情で言った。そして、


「…余市よ、次の朧月がいつ出るのか、宝珠に問うてみよ」


そう言うと、余市に向かってキャッチボールでもするかのように、下手投げで宝珠を放ってきた。

焦った余市は宝珠を落としそうになったが、辛うじて捕球した。危なく電光掲示板にエラーが点灯するところであった。


「ど、どうやって?」

「今のお主であれば、童や青に思念を飛ばす要領で問題ない筈じゃ」


余市は宝珠を顔に近付けて思念で訊いてみる…。


「あのさ、朧月ってさ、次いつ頃出るのん?」


すると、驚くべきことに、余市に念波が返って来たのだ!


「…明後日。真上に差し掛かるのは亥の刻過ぎだよ」


不思議な声だった。

初期のボーカロイドのような…あまり人間ぽくない声音。とは言っても思念だからな…。


「あ、ありがとう」


と、宝珠に一応礼を言っておく。

そして返答内容を朧に伝えた。


「即答しおったようじゃの。お主は思いのほか気に入られておるようじゃ…」


ややイライラ感を滲ませながら朧は言った。そして続ける、


「此れより更に北西にひと山越えると、川を挟んで聳える山がある。(ブナ)をはじめ、(モミジ)などの(カエデ)類や七竈(ナナカマド)らの落葉樹の群生しとる山じゃ。秋ともなれば朱に染まる美しき山ぞ。

其の山頂に一際目立つ椈の巨樹がある。明後日の亥の刻、童は其処で待っておる。

命を共にする同伴者を募って登って来るが良い。…まあ、お主のことじゃ、どうせひとりであろうがのう。くぅっくっく…」


宝珠に無視された鬱憤を晴らすかの如く、厭らしく笑う朧だった。


同伴者っつったって…悔しいが朧の言う通りである。

ましてやこんな山奥に知り合いなんぞいるはずもない。見ず知らずのゲイの木こりでもナンパして急激に親睦を深めて連れて来いってか!?ケツを差し出して来いってか!!?

と、とにかく、明後日の夜、亥の刻ってことは十時か…ってか時計持ってないじゃんオレ!…早めに到着しとくしかないな。


はぁ…大きく溜息を吐く。


「では余市、今宵は此れまでじゃな。約束忘れるでないぞ!万が一、遅れるようなコトあらば…分かっておろうな!くぅっくっく…」


そう言うと朧は妖しくも恐ろしい視線を余市に向けた。

妖艶な美少女の視線にドキリとしたのも束の間…余市は気を失ったのである。



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