EP024 QとA
異世界という名のマジノ線を渡る決意を固めた余市。
だが、そもそも朧に出会ってしまった以上、初めから余市には選択権や拒否権などという贅沢な権利はなかったのである。
余市の願いを聞き入れて黒の命を救ってくれたことなど、朧にとってはやはり余興に過ぎなかったのだろう…。
そして選択する権利がない以上、貸しがどうのなどというのも単なる言葉遊び程度のものでしかなかったのだ。
最初から仕組まれていた感は否めない。
この小さな朧、その朧の小さな掌の上で、自分が今まで転がされていただけだったということに、余市は薄々気付き始めていた。
「修羅道へと堕とす前に、お主には何故其処に行き、其処で何をせねばならぬのかを理解させておく必要がある。
じゃが、其れについて話すより先に、既にお主の頭は疑問だらけで整理整頓が追い付いていないと見える…。急がば回れとはよう言うたものよ。まずは現時点でのお主の疑問にひと通り答えてやるのが良さそうじゃ。
幾らドS小悪魔鬼?とやらの童とて、赤子同然のお主をワケの分らぬまま【種の祭壇】へと向かわせるような無茶はせん。
其れにお主とは信頼関係を築いておく方が、何かと都合が良いのも事実…。
こうなることは初めから決まっておったにせよ、黒を生かしたり貸しを作ったのも、曲がりなりにもお主とは理路整然とコトを進めたかったが故の計らいじゃと知れ。
さあ余市よ、童に何でも訊くが良いぞ」
心は相変わらず読まれていたようだ。
だが、今の朧の返答は筋が通っていたようにも思えた。それに気のせいかもしれないが、優しさや気遣いのようなモノも僅かに感じられた。
朧がその気にさえなれば、その能力でもって強引にオレを恐怖だけで支配することなど造作もないことであっただろう。
敢えて面倒な段取りを踏んだのは、少しでも筋を通したやり方で弱者であるオレの気持ちに配慮したとしか考えられない…。
まあ、腑に落ちない部分がないと言えば嘘になるが…。
てか、種の祭壇って何?そこをオレが目指すような口振りだったけど…それが異世界の修羅道にあるってことか?
とにかく、今オレが疑問に思っていることは途轍もなく多い筈なんだが、急に訊けと言われるとなあ…。
片端の宝珠とかいう青い珠について朧は知っているみたいだったが、まずそれが何なのかが疑問だ。
そして、その珠のせいだと思われる、新たに授かった素晴らしい感覚能力の数々についても…。
能力と言えば、ハトの鳴き声が理解できてしまったことも凄い!
それに、あの時は気のせいだと思ったが、ゴルバチョフの鳴き声の意味も通じてたってコトだよな?
てか、青や黒に至っては、会話できちゃうしな!
特に青とは言葉を介さずに念波だっけ?そんなんで意思の疎通ができてしまったし…青大将が100年以上、捕食もしないで生きてるとか有り得ないだろ!
まあ流石の青も、こっちから念を飛ばすように意識しなければ、オレの考えていることは読めないみたいだけど…って!朧なんか意図せず勝手にオレの思考を盗むしな!!!それもリアルタイムで!
出会ったが最後…って感じだよな!
それに、臨終間際の黒のHPをMAXまで復活させたり、幻の拝殿を創り出したり…あと…幻術がかかる前の密室同然の拝殿の中に居たことも不思議だ。そういえば、敵が多いとも言っていたような…。
何より、二次元を超越するその有り得ない麗しき玉顔たるや!朧っていったい何者!?
そして最も肝心なのが、オレはこれからどうなるのかってコトだ!!!
まあ、異世界に行くのは決断もしたしヨシとしよう。だが、堕ちる…とか言ってたよな!不吉過ぎるだろ!オレは北与野出身の堕天使、記念すべき第一号なのか!?ほぼ死が約束された修羅道とも言っていたよな!!!
その種の祭壇とやらに何をしに行く!?何故よりによって善良市民であるこのオレが!?
「なるほど、なるほど…結構多いな。まあ良い。約束通り答えてやろう」
朧は例によって余市の疑問を併行して読んでしまっていた。
「ときに、種の祭壇と宝珠に関してじゃが、此れらは本題に関わる肝じゃ。即ち、お主が何故、異世界へと堕ちねばならぬかと密接に関わっておる。故に後回しにして、それ以外の問いから答えてやる。
此れも童の優しさに依る頭の悪いお主への配慮じゃ。くっくっく」
そう前置きした後、余市の数々の疑問の解について、朧は語り出したのだった。
「ではまず、蛇やカラス風情が人と会話するほどの能力を何故有しておるのか?じゃが…。
大雑把に言うとのう、人に限らず此の世の全ての種は、種各々が各々の進化や維持、記憶を司る領域を別の場に有しておる」
いきなり理解できんジャマイカ!
が、とにかく続きを聞くことにしよう…。
「…種を存続させるための知識の集合体とでも言うべきかのう。童は【種の聖域】と呼んでおるがの。
其処から個々が知識や感情などを無意識に引き出したり、半ば強引に流し込まれたりしながら生を営んでおるに過ぎん。
余市よ、お主とて何十兆もの生きた細胞の集合体じゃ。
たまたま其れ等が集まり人の形を成しておるに過ぎん。そしてまた、お主のような個々の人も、同様に人類という種を維持し、存続させるためのイチ分子に過ぎんのじゃ。
語弊はあるが、種ごとにひとつの生を成しておるようなものよ。極論で言うなら此の自然界がひとつの生命みたいなもんじゃ」
後半はそのままガイア理論じゃねーか!
つまり何か。
種の聖域ってのが、様々な生物の種毎に存在していて、そこはデータベースのようなモノであり、オレたちは無意識のうちに個別にそこにアクセスしながら生きていると?
確かにオレも、そんなコトを中二病の一環として妄想した時期があったが…種の聖域…か。
「青や黒には童が脳の回路を少し弄って、本来では受信できん人の種聖域との経路を設けてやっただけのことじゃ。ラジオの周波数で受信局を増やしてやった感覚に近いかのう…。
つまり鳥や蛇は本来、それぞれの局か、頑張っても近縁種などの周波数の近い局しか受信できんところを、童の能力で人の局も受信可能としたのじゃ」
本来、蛇は蛇の聖域、鳥は鳥の聖域にしかアクセスできないのを、青と黒に関しては特別に人間の聖域も受信できるよう朧がアンテナを弄って魔改造を施したっていうのか!?
だから人間の基本的な情報を知っていると?ひとつひとつのコトバに宿る概念を知り得たから会話が成立可能になったというのか!?
「余談じゃが、ひと言で人の種聖域と言うても、実はそれぞれの人種や地域、民族毎に領域も細分化されておる傾向じゃ。此れは人に限らず、鳥類でも爬虫類でも魚類でも植物でも昆虫でも全てに言えることじゃ。
只、全く別の種であるにも関わらず住環境が共通しておる場合や、互いの種同士で利用し合っておるような輔車相依の間柄の場合に於いては、互いの局を受信し得るという例外も往々にして有り得るがの…。
そもそも此のような種分別の概念自体、人が便宜的に決めただけのことじゃしな。同じ種でも近い遠いがある故、聖域が異なる場合があっても不思議ではないわ」
よ…余談みたいだしどうでもいいか。
でも生物分野は興味がないワケではないし、確かに不思議な生物は多いよな…。
分類に関しても、人間が知り得る範囲の知識で勝手に組み分けしたというのも理解している。
「話が脱線してしもうたが、つまり厳密に言うなら青と黒には人でいう大和民族の電波が入るようアンテナを弄ってやったというワケじゃ。
只、青は爬虫類の特性上、脳の情報処理領域が多少窮屈での、あまり多くのことを一度には捌けんのじゃが…まあせいぜい200文字前後といったところじゃな。彼奴にもそう伝えておる」
あの文字数制限は、青の子供染みた言葉遊びなどではなかった…ということか。
「次に、瀕死の黒の生を繋いだ術じゃが、自然治癒力を急激に増進させるために、細胞の活性化をカラスの種聖域より働きかけさせたのじゃ。只、童はカラスではない故、此の近隣に生息しておる同種のカラスの力を少々借りる必要はあったがのう。
其の際に、ついでに黒の脳の回路も青のように弄っておいたのじゃが、知能も幾分か増したようじゃの。本来カラスは蛇に比べ脳にそこそこの情報処理領域を有しておるしの、時と共にどんどんと賢くなる筈じゃ…」
き…きっとそういうモノなのだろう。
オレには全く理解できんが、朧の術についてまで深く知りたいとは思わん。てか残念ながらこれ以上、余計な知識は吸収できそうにない!
まあ、確かにカラスは青大将よりは知能は優れているのだろう。それだけはオレでも分かる。
「異なる種同士の会話じゃが、お主の場合はその宝珠の能力に依るところじゃ。
青の念波に関しては、童との意思疎通が必要だったということと、童は喋るのが億劫というのもあるが、此の山を統べる上でも必要と判断して授けたのじゃ。
相手の脳に此方の思念を強引に割り込ませる反則技みたいなものよ。
後に黒にも授けてみるつもりじゃが…向き不向きというか、種によって相性があってのう。
爬虫類である青は、情報の処理領域にこそ難はあるものの、念の波動力には長けておる。此れは相手を威嚇する能力や、相手の氣を呑む力が強い種ほど適性があるような気がするのじゃが、果たしてカラスに体得できるのかはやってみるまでは分からん。
じゃが、昔、同じ鳥類の梟に施したことはある。…彼奴は非常に優秀じゃった。おそらくカラスも問題ないじゃろう」
オレが他の種の言語を理解できるのは、やはり青い珠のお陰だったということだな。
そして能力にも適性があって、鳥も蛇も一長一短といったところか…。
ところで、昔に念波の術を施したというフクロウは今はどうしているのだろう?…まあいいか。
「既にお主も察していると思うが、童の場合は念波によって相手に思念を割り込ませるのは勿論、相手の伝達意思とは関係なく、大抵の相手であれば勝手に思念を読み盗ることも可能じゃ。人であるお主などが相手であれは造作もないことじゃ。くぅっくっく。
最近では青もほぼ同等の能力に覚醒し始めておる。童としても計算外じゃったが、本来の種としての洞察力が長けておる上に、個体としては長年の経験もあるが故、対面しておる相手程度であれば思念を読めるまでにはなっておるようじゃな…」
恐ろしい…。
朧や青の前では、変なコトを絶対に考えないようにせねばならん!
「其れと、青の寿命や食生活じゃが…此れに関してはちと複雑でな…。
まず食生活じゃが、彼奴の言うとるように捕食はもう何十年もしておらん筈。
いちいち確認はしておらぬが…最初に会うた際に童の課した桎梏を健気に守っておるようじゃ。
つまり、此の山一帯での殺生の禁止じゃな。人で言うところの昔の坊さんのような禁欲生活を営んでおる。
只、当たり前じゃが何も口にせんままでは死んでしまう。其処で童が丁子をたまに与えておる。乾燥させておるので正確には丁香じゃがな。本来、彼奴は肉食の爬虫類ではあるが、何しろ童の特製の丁子じゃからのぅ。ふっふっふ」
青は朧に絶対服従ってワケか。まあ、それは態度を見ていれば痛い程に分かるが…。
丁子って確か香辛料だよな…クローブとか何とかいうやつ。
朧の特製って言われちゃえば理解するしかないだろう。きっと、タンパク質なども補える信じ難い品種改良が施されているに違いない。反則級の健康食品サプリメントなのだろう…。
「続いて青の寿命じゃが…厳密に言えば、此の200年近くの間で何度か生を失のうたこともあったのう。
ところで童は魂という言葉が嫌いでな、単に其れは種の中の個の記憶だと思っておるのじゃが、便宜上、仕方なく使っておるに過ぎんと先に言うておく。
青の場合…肉体つまり其の魂の入れ物は此れまでに数回朽ちておるが、其の都度、童が同じ魂を別の入れ物に移してやっておるのじゃ。
本来、入れ物を失のうた、つまり死した肉体の魂は、其の種の聖域へと還って行き、種にとって有益な記憶のみが蓄積されて残りはほぼ消滅するのじゃが、中には其の記憶の一部が同じ種の別の個体へと其のまま流れてしまうこともあるのじゃ…。
其れは種の聖域からすれば、取り零しであって決して好ましいことではないのじゃが、現状、必要悪程度の誤差として黙認されておる。故に其の魂の流れ先の個体をいちいち把握したり、追いかけて回収まではしておらん。
童は其の隙に乗じておるのじゃ。
つまり、青の魂が種の聖域に還るのを阻止し、且つ何処か遠くの別の個体へとも流れぬよう、確実に此の山の蛇へと魂が宿るようにしておるのじゃ。
というワケで魂は間違いなく100年以上継続しておるのじゃから、青の言うことは決して嘘ではないぞえ。
童が居る限り、彼奴はほぼほぼ不死身というわけじゃな」
難し過ぎる!そして有り得ん!
オレの常識を超えた内容だから、素直に別の星の物語として聞いておくのが良さそうだ。
これまでの人生で得た知識を下手に混ぜようとすれば、頭がクラッシュすることは目に見えている。
青が生まれた時に持っていたオリジナルの肉体は既に朽ちてこの世にはないが、新しい肉体を得ることで、その魂は消え失せずに継続しており…そういった裏技を朧は操れる、という話なのだろうが…。
黒の復活の時にも感じたが、ネクロマンサー風味の術であるようだ。
「後は何じゃったか…そうそう童が美しいのはのう、神の造りたもうた最高傑作じゃからじゃ!ほぉっほっほ…まあ、神などと言うものも人の創った概念に過ぎんのじゃがな。
冗談はさて置き…童に関しては己で好きに考えるが良い。幻覚化する前の社の中に何故、童が入れておったのかも同様じゃ。全てお主の想像に任せるぞえ。…くっくっく」
自分自身のことについては、ペラペラ喋らないといったところか。
何だかムカツクが、思考を読まれているだろうし、今はあまり深く考えないでおこう…。
朧の長い話は、この後、いよいよ青い珠…片端の宝珠や種の祭壇へと移るのだが、既にここまでの話だけでも余市の頭はパンク寸前だった。というか実質パンクしていた。
言葉は何とか理解できても、その語られた内容が余りにも突飛で、非現実的過ぎたためである。
真偽の裏をとるような知識を持ち合わせていない余市にとっては、朧がそう言うのだから多分そうなんだろう、と納得するしかない状況なのだ。
その時代に生きていない現代人が、歴史教科書の前半部分を読んで、へぇーそうなんだ、そんなコトがあったんだねーと知る感覚に近いのかもしれない。
特に、黒の回復や青の魂の継続、脳の回路うんぬんの件に関しては、朧の得体の知れぬチートの如き反則的能力に由来したものだし、朧自身の有する読心術のようなものも企業秘密に近い類のものなのだろう。
仮に詳しく説明を受けたとしても理解できる自信は全くなかった。
しかしながら、種にまつわる部分の話には、余市自身も思い当たる節がないでもなく、生物分野ということもあり、興味を覚えたのは事実だ。




