EP020 謎の美少女
…う…んん…。
どのくらい経ったのか、余市は暗闇の中で目を覚ました。
正確には外の鈍い光が格子状の扉を通って床を照らしてはいたのだが…。
そこが拝殿の中であると分かるのに時間はかからなかった。
上体をゆっくりと起こし、記憶を辿る。
確か…蛇と会話をした…そして…咬まれた!
そうだ!首を咬まれたっ!!!
思い出したぞ!あ、あれは夢だったのか!?
「夢では…ないぞえ」
どこからともなく余市の意識に囁く者がいる…。
念波とはいえ、少女のような声音であることが分かる。
目がまだ慣れていないので、辺りの様子がわからない…と思った瞬間、全てがくっきりと見えていることに気付いた!
暗闇でも見通せるデビルアイ仕様となっていたことを失念していた。
それにしても、陽の沈みに目が順応するといったレベルではなく、真っ暗闇で目覚めても瞬時に周囲を把握できてしまったことに改めて感動を覚えてしまう!
暗視スコープなんていうチャチなもんじゃねぇ!
ひょっとして訓練すれば服の下も透視できるかもぉ!ムホムホ!
オレっちの未来は果てしなくスケスケで明るい!赤外線なんていうチャチなもんでも断じてねえ!
そうと決まれば後で色々と実験して…
「コホンッ!…よいかな?」
ハッ!と我に返った。
そ、そういえば何者かに話しかけられていたんだっけ!
「あっ!はい!」
意識を慌てて宙に投げ返事をした。
そして同時に改めて周囲を観察する。
広くはないので直ぐに全体を見渡すことはできたが、声の主はどこにも見当たらなかった。
左には小さな棚があり、何冊かの書物が立て掛けられている。
書物はどれも紐で綴じられており、古さを感じさせるものだった。巻物も幾つか積まれていた。
そしてその横には煤けた一帖大の屏風が立て掛けられている。
右には古びた太鼓があり、壺や外された額縁など細々としたものが散らかっていた。
正面には銅製と思われる腰ほどの高さの2本の燭台があるが、龍が巻きついている凝った造りのモノだった。…支那産か?
その2本の燭台に挟まれて、本来であればそこに祠のような祭壇があるのが一般的だが、この社では祭壇の代わりに…神輿が置いてあった。
神輿と言っても昨今のような町内を『ワッショイ!ワッショイ!』と担いで廻るような煌びやかなモノではなく、むしろ乗輿といったレベルである。
実際に大名や代官などが乗っかって移動する輿である。つまり『エッサ!ホイサ!』の方だ。
切妻屋根の四方に御簾が垂れた造りから、輦などではないただの四方輿であることが分かる。
土台部分には腰で舁く際の轅も2本通してあり、基本性能は備えているようだが、仮にこの轅が土台部分ではなく屋根部に通してあれば、そのまま駕籠である。
そして神輿の屋根には雲板が施され、そこに注連縄が掛かっていた。注連縄からは、何枚かの紙垂も垂れており、苦しいが辛うじて祭壇や祠を代用している風に見えなくもない…。
その他、拝殿内部は全般的に、建具や壁の隅には蜘蛛の巣とも埃とも分からぬ糸が幾重にも掛かっており、長い間、手入れがされていないことを窺わせた。
「見ての通りのボロい社じゃ…」
心の内を見透かしたかのように声の主は言った。
そのタイミングから、余市がひと通り観察し終えるのを待っていたかのようである。
余市はキョロキョロとその少女と思しき声の主を懸命に探すがどうしても見つからない。
念波の声音は少女風味でも、例によって蛇の可能性もあることから、天井にも目を凝らした…。
「童は此処じゃ…ふふふ」
正面の神輿から急に強い意識が発せられ、漸くその居場所に気が付いた。
視線と意識を正面に集中させる…。
「あっ!!!」
神輿に掛けられた御簾の内側から鋭いふたつの眼光が余市を見据えていた!
それはさっき扉越しに見たものと同じ光だった!
これまで気付かなかったことを思うと、今の今までその目を閉じていたに違いない。
「そうじゃ、先ほどお主に見とれとったのは童じゃ…ほぉっほっほ」
昔のお姫様のような口調だな、と余市は思った。
少女の居場所が判明すると同時に、そこから何やら甘い香りが漂ってきているのにも気付く。
昨日までの自分であれば決して気付くことはなかったであろう、本当に微かな香りである。
これは何の匂いだろう?
…沈丁花のような、そうでないような、とにかく良い香りだ。
と、そんなことよりっ!
「キ、キミはいったい…?」
余市は意識で少女に問いかけた。
しかし、神輿の中の少女はその問いには答えず、マイペースである。
「此の匂いに気付くとは…お主、普通の人間とはちぃと違うようじゃの…」
ゆったりとした口調であるが、鋭い眼光で余市を観察している様子だ。
匂いに気付いたコトなんてひと言も意識として放ってないのに!
この謎の少女にとっては、オレの心など、もはやスケスケランジェリーの如く丸見えなのだろうか!?
いやん!恥ずかしいぃ!そんなにジロジロ見ちゃらめぇーー!
「何やら腰で光っておるな…其れは何じゃ?」
ハッと弾かれたように自分の腰に手をやった。
それはあの珠の入った巾着である。辺りが暗いせいで巾着から光が漏れていた。
「こ、これはその…オレにもよく分からなくて…」
本当のことだった。
色々と能力は授かったが、この珠については全くと言っていいほど情報がなかった。
あの隻眼の老婆の話から、天気を予測したり、水晶越しに光の揺らぎが見えるだとか…あとは四国のどっかの大木の中で見つけたことぐらいしか…あ、その時に聞いたという謎の言葉があったっけ…確か、そなえよ…とか何とか…余市が老婆の話を回想していると、
「ほほう…」
神輿の中の少女がポツリと言った。
どうやらまたも心を読まれて…否!盗まれてしまったらしい。
「…ちと見せてみよ。取ったりはせん」
余市は恐る恐る珠を取り出して、神輿の方に手を伸ばして広げて見せた。
その瞬間、御簾の端が少し揺れたかと思うと同時に、目にも止まらぬ速さで珠は余市の掌から消えてしまった!
やっ!やられたっ!!!
余市のデビルアイをもってしても全く目にも止まらぬ早業であった!
そもそもデビルアイは、視力や暗視能力が劇的に向上していることには疑いの余地は無いが、動体視力までもが長けているのかと問われれば、現時点ではその確証はないのだが…。
ぐぐぐ…ぬっ!ぬかったわ!!!
「ほほほ…安心せい。直ぐに返すわ」
立ち上がろうとした余市を制するように、神輿の中の少女は言った。
上げかけた腰をひとまず戻しながら余市は神輿の御簾を凝視した。
少女は珠を掌に載せ、顔に近付けているようだった。
御簾は元々かなり粗く薄かったが、内部に光る珠が入ったことによって、もはやレースのカーテンのように透けていた。
光に照らされた少女の顔が、朧げではあるが映し出されていた。
とは言っても、常人の眼力ではここまで少女の顔をはっきりと捉えることは叶わないであろう。ここでもデビルアイが大きく貢献していることは言うまでもない。
光に照らされたその顔は…やはり少女である。
蛇などではなく、人間の少女がそこにはいた。
よもやこのような稚児に珠を掠め取られようとは!
しかし、しかし!それだけではない…その玉顔たるや!と!と!とおぉうんでもない美少女のようであるっ!!!
ありえん!ありえんっ!!!
夢か!?幻か!?二次元でもないのに!認めん!こんなのオレは断じて認めんぞおおぉぉぉ!!!
「ほぅ…童は然様に美しいか?…ふふふ…当たり前じゃ」
ジト目風味の流し目をチラリと向け、何の感動もなく美少女は静かに言い捨てた。
当然至極と言わんばかりである。
そして不敵な笑みを口元に宿らせ、視線を再び珠に戻した。
何という自信!憎たらしいが否定できん!!!
オレがこれまでに接して来たありとあらゆる二次三次のときめきメモリアル達を大集合させたとしても、ここまでの圧倒的な小悪魔系ロリ…じゃなかった美少女キャラは思い出せぬぅ!!!
く、悔しいが…認めるしかない…の…か?
…神の造りたもうた最高傑作と!!!
嗚呼!この不詳宮城余市、その見目麗しき御尊顔を拝謁する栄誉を賜ったこと、光栄至極!末代までのオカズ…じゃなかった!語り草と致しましょうぞ!!
複雑な葛藤のさなか、脳内床に何度となく頭を打ちつけていると、
「童は此奴を知っておる。…懐かしいのう。そなえよ…か。なるほど、なるほど、くうっくっく…尤もじゃな」
珠を見つめてそう言った少女は、余市の方に鋭い視線を一瞬向けたが、直ぐに元の表情へと戻った。
「い、今なんと?知っておる…だと」
脳より先に口が反応してしまった。念より先に声に発してしまっていた。
「お主、其の様な声をしておったのじゃな」
何と、今度は少女も声で応えた。
脳内イメージよりも更に幼い声音だった。勿論、口調はそのまま上から見下す感じのままだ。
だが…それがイイッ!!!
そのちっこい足でオラの顔さ…ふ、踏んずけてケロオオォォ!!!
「ときに、未だ名を聞いておらんかったの…ほぉ…余市と申すか。今時には珍しくなかなかに良い名じゃ。名付け親に感謝するが良いぞ」
勝手に意識を盗んで勝手に納得している様子だ。古臭い名前で悪かったな!
「童のことは…そうじゃのー…朧とでも呼ぶが良い。オンボロの社の輿に乗った朧げな美少女じゃからな!如何じゃ?覚え易かろう。ふふふふ」
って!今決めたのかよ!?
「ついでに、お主に接吻した彼奴は青大将らしいから青で決まりじゃな」
本人の同意なしかよ!?
てか、今まで名前なくて何て呼んでたんだよっ!?
それに接吻なんていう甘酸っぱいもんじゃあ断じてねぇ!もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ!
「まあ、そう照れるな。彼奴はな…此処だけの話じゃが、少々阿呆でな、200文字程度が関の山の憂い奴じゃ!青と阿呆で覚え易いではないか?ほぉーほっほっ」
すると頭上でシュウゥゥ~と音がした。
「蛇や、否、青や、降りて姿見せえな」
どこがここだけの話だよ!思いっきり当事者に聞かせてるし…。
てか、200文字が関の山って…?
余市が言葉の意味を理解できずに考え始めようとしたところで、神輿の上にぬうぅーっと青が垂れ下がって来た。先ほど天井を見た時には居なかったが、上手く隠れていたということか?
って!その姿を見るや否や、余市は思考を止め途端に緊張し、咬まれた首あたりを無意識に押さえて後ずさってしまった!
「自惚れるな、もう接吻はせぬ、1度きりだ。シャーッ」
そんな余市の方に首をもたげて青は念を放った。
相変わらず舌をチロチロとさせている。
あ、青まで接吻て…。
べ…別に自惚れてなんかないんだからねっ!
たじろぎながらも弱々しく脳内で否定してみる余市だった。