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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第一章 現世から異世界へ(仮)
19/98

EP019 不気味な社の青大将

余市は昨夜一睡もしておらず、早朝からギコと共にずっと走り続けていたのだから、疲労困憊で体力は既に限界に達していた。禁断のダンシングもそうだが、極めつけは、不本意かつ不条理な射精までしてしまっていることだ。


ここまで持ったのは奇跡である。

それとも、やはり青い珠が体力や精神面にも何か影響しているのだろうか?


だが、どちらにせよ流石にこれ以上、山道を進む気にはなれない。瀕死のカラスも居る。

今夜はここで野宿するしかないかな、と浜縁に腰を下ろしした。


カラスの手当で気を張っていたせいか、今のところ睡魔だけは襲ってきていない。

視線を落とし、雄カラスの様子を見る。相変わらず小さく震えている。


鳥目とはよく言うが、このカラスも鳥だからやはり鳥目なのだろうな…。

そんな物思いに耽っていると、ふと何者かの視線を感じた。


初めは誰か人が来たのかと思って、鳥居のある石段の方を注視したが誰も居なかった。そうそうこんな秘境に人など訪れる筈もない。

それとも、地元のツキノワグマやニホンザルが、どこぞの木陰からこちらを窺っているのかしらん?

てか、そもそも動物の視線なんて感じるものなのか?人間ですら怪しいのに…。


続いて辺り全体、生い茂る木々の隙間から高く聳える木の上の方まで視線を泳がせる。しかし、それらしいものは発見できなかった…。

やはり気の所為か…と少し落ち着き、何の気なしに直ぐ後ろの拝殿の方を振り返った。


「あっ!!!」


背筋に緊張が走った!戦慄を覚えたと言っても過言ではない!

全身を駆け巡る血の温度が急激に下がる感覚。

それは瞬時に消えてしまったが、悪魔的に向上した余市のデビルアイのお陰か、辛うじて捕らえることができたのである!



それは何者かの紫電の如く光る視線だった!!!


賽銭箱の裏にある拝殿の扉は、古い観音開きの木製扉である。

扉の下半分は単純な羽目板構造だが、上半分の内の3分の2ほどは碁盤の目のような格子状の木枠を形成していた。その格子はそれぞれが約5センチほどで、硝子や金網の類は嵌まっていなかった。既に外も暗く、拝殿内部は完全に真っ暗闇だ。


たった今、その漆黒の闇から何者かが余市を覗き見ていたのだ!!!


格子の端の方で光っていたその視線は、サッと格子から横に外れて流れるように消えてしまったが、もう一度、現れるのではないかと思い、息をするのも忘れて視線を逸らせずにいる…。


緊張の続く中でも、あらゆる可能性を探る。


この社を定期的に巡回して管理している人か?…それともオレみたいに野宿している人か?

でも、あんな風に人間の目が光を宿すことなんてあるのだろうか?


急に不吉なことを思い出す。


誰かが言っていたが、人生には3つの坂が或るという。

上り坂と下り坂、そして『まさか』である。

ここで言うところのまさかとは、普段、頻繁に使っているレベルのまさかではない。

一生に一度あるかないかのまさかである!


今回がその…まさか!だと言うのか?

こんな状況下にあって、何故か不思議とニヤけてしまう…。


よくよく考えてみたら、確かにこんな寂れた神社なら、出ても全く不思議ではない!雰囲気MAXである!


あは…あはは…まさか…な、ゆ…ゆゆゆ!幽霊ぃ!?ギャアァァーッ!!!


脳内絶叫である!

嘘だろ!?ここ心霊スポットだったのかよぉぉーーーっ!!!?


カップルで来ていたらオレっち抱きつかれてるシチュエーションだなコレ!てかオレの場合、せいぜい抱き枕が関の山か?ナナ…ナ、ナハ!ナハ!ナハッ!!


…結局動揺しまくり、拝殿から数歩後ずさる。


…こ…これが恐怖…なのか?初めての感覚だ…このオレが恐怖しただと!?

パニクッた心を鎮めるべく脳内で戯言を並べてみるものの恐怖は消えてくれない。

そして自ずと声も裏返る…。


「す、すみません、あ、あのー誰かいるんですか?」


シーンと静寂が続く…。

暫く待ってみたが返事はなかった。


そして気付いたことがある。

拝殿の扉は観音扉で、外側に開くタイプのようだということである。扉の端の蝶番(ちょうつがい)が上下ともそれぞれ外側に見えるように設置されているので間違いない。

しかし、その割には手前に置かれている賽銭箱の位置が扉に近過ぎるのだ。あれでは開いたとしても大人どころか子供ですら出入りは不可能だろう。

仔猫程度なら通れるかもしれないが、扉の開閉はできまい…。


この拝殿を一周見て廻ったワケではないが、周囲は傾斜の厳しい山である。建物の規模的に考えても出入口はここ以外にはありそうにない。


つまり、拝殿に入るには賽銭箱を一旦、扉の前から移動しなければならないだろう…。

前方にはすぐ段差があるし、ひとりの力で持ち上げられそうなサイズでもないが、幸い横にはスペースがあるから、いちいち横に押してずらせば入れないこともなさそうだ。

どうしてこんな造りになっているのかは分からないが、元々は賽銭箱が設置されていなかったか、もう少し小型なものだった可能性もある…。


そして賽銭箱の前面には掠れた字で『納奉』と書かれているのだが、この場合、右から奉納と読むべきだろう。

元々戦前は、縦書き文章が右から左の行へと読まれるのと同じ理由で、横書き文章も単純に右から左と読まれていたが、戦後は欧米の影響で、左から右へ読む現代と同じ方式へと徐々にシフトしていったらしいということを、どこかで読んだのを思い出した。

そう考えると、この賽銭箱はかなり年代物のようにも思える。

勿論、新しい賽銭箱でもそのように表記するケースもあるとは思うが、字の掠れ具合や変色、賽銭口を中心に残された数々の細かい打痕も併せて判断すると、古いものである可能性が高い。


更に、この賽銭箱は何だかやけに大きく見える。

…しかし、直ぐにそれは目の錯覚だということに余市は気が付いた。

この拝殿の間口に対して大きいというだけで、賽銭箱自体をよくよく見れば、余市基準では平凡サイズだった。

小規模な社であっても賽銭箱はある程度の大きさや重量が求められるモノなのかもしれない。金庫と同じ理由である。そのまま箱ごと持ち去られないようにするためだ。


…またどうでもいいことを考えてしまっていたと気付き、頭を大きく振る。


今はそれどころではないだろ!


問題は、中に人がいる可能性は低いということだ。

ではさっき見た光は何だったのか!?見間違いか?いやいや、確かに中に誰かが居たのだ!


考えていたところで埒が明かない!ここは怖いが確認せざるを得まい!

どの道、こんな不安な気持ちを抱えたままでは、ここで野宿などできる筈もないのだ!

かと言って、これから再び下の道まで戻って、別の野宿スポットを探すのは心身共にキツ過ぎる。


確認すれば良いだけの話だ!

余市は漸く決心した。



確認するとは決心したものの、怖いコトや嫌なコトはできるだけ後回しにしたいという余市的本能には抗えない…。

いきなり拝殿内部を覗くのは怖いので、一旦、拝殿の側面と背面を調べてみることにした。

可能性は薄いが、前面以外に出入口が絶対にないとは言い切れない。


石灯篭が無い左の方から、1周ぐるっと廻ってみることにする。


拝殿の左から背部にかけては、他とは異なり竹林となっていた。

周囲の針葉樹と比べても遜色ないほどの、背丈の高い太くて立派な竹が無数に伸びている。その大きさと竹の節目の筋が1本であるところを見ると、孟宗竹(もうそうちく)で間違いないだろう。


その竹の根が拝殿を縁取る山斜面から無作為に突き出している。

しかも一旦地中から突き出した根が、再度地中に潜ったりと波の体をなしており、侵入する者の足首を意図的に捉えようとしているかのようで不気味である。


境内とは違い、草の丈も相対的に高くなっているので、躓かないように気を配らなければならない。

左手で草を掻き分けて足下に注意を払いながら、右手では拝殿の架木(ほこぎ)に掴まり体勢を維持しつつ慎重に進む。架木に体重を掛け過ぎるとミシミシと音がする。上手く加減をしないと折れてしまいそうだ。


側面の壁は奥の角まで凹凸も無く、出入口らしき箇所が無いことは直ぐに分かったが、拝殿の背面と反対側も確認しなければならないため、どの道1周する必要がある。


何とか奥まで到達はしたものの、拝殿の裏側は急斜面の竹林が側面以上に建物の直ぐ傍まで迫っており、架木も背面までは設置されておらず、他に掴まれそうな物もない。

通り抜けは断念せざるを得なかった。


仕方がないのでそこから首をぬーっと伸ばして背面を確認する。

のっぺりと変色した板が、やはり凹凸もなく向こう側の角まで並んでいる。裏側にも出入口らしき箇所は無かった…。

どこかに支流でもあるのか、微かにせせらぎのような音が聞こえる。


この分では石灯篭のある右側面も同様だろうとは思うが、念のため一応、確認しておく。

境内まで引き返し、石灯篭の脇を抜けて右側面へと廻り込む。

背面はもう確認し終えているので奥まで進む必要もない。当然の如く右側面にも出入口は無かった。


こうなるといよいよ不気味である…というか怖い!


つまり、拝殿は前面の扉以外には、どこにも人が出入りできる場所はなく、その前面の扉ですら賽銭箱が邪魔をしていて入れないのである!

仮に、賽銭箱を一旦横に退かして内部に入ったとしても、入った後で賽銭箱を元の位置に戻すことは、長い棒のようなモノを駆使したとしても、重過ぎてまず不可能。

勿論、協力者がもうひとり居て、外から賽銭箱を元の位置に戻したのであれば、何も不思議ではないのだが、このような奥まったひと気のない場所で、わざわざそんなことをする意味も分からないし、それならそれで、寧ろ別の意味で非常に不気味かつ危険である。

幽霊ではなく、事件の可能性も浮上してくる。


何にせよ、そんな状況の拝殿の内部から、何者かが余市をじっと見つめていたのだ!


勇気を奮い立たせ、賽銭箱の前に立つ。


「あ、あのー開けますよ…」


勇気を振り絞り、再度、声をかけるが、やはりシーンと静まり返ったままだ…。

賽銭箱はそのままに、まずは扉を少しだけ開いて中の様子を窺おうと決意する。

施錠されていないことを確認し、扉に手を掛け、ゆっくりと力を加えていく…。

心臓がここ最近経験したこともないくらいバクバクしているのが分かった。


ギギ…ギィ…


数センチ引いたところで、凍りついたようにピタリと動作を止めた。


何者かが頭上から話しかけてきたからだ!!!


実際には声がしたのではなく、念話のように脳に直接訴えかけられた意識である!

しかし、間違いなく直ぐ真上に誰かが居るのだ!!!まさか!忍者の生き残りか!?

非常に近く、そしてハッキリとした意思が余市を凍らせ微塵も動けなくさせていた。


それはまるで、鋭い針を胸部に突き刺され固定された標本昆虫のような心境である。しかし動けずとも余市虫にはまだ息がある。


「人間よ、聞こえるか?」


…余市は扉に手を掛け固まったままである。


「何用で此処に参った?」


う…上に誰かが居るのは確かだ。

オレのことを人間と呼ぶということは相手は人ではないというのか!?


声の主にどう答えたら良いものか悩む。

緊張のあまり瞬時にして喉が渇いていくのが分かった。唾が飲み込めそうにない。


「声に出さずとも良い…正直に答えるのだ。…100文字以内で…な」


余市は自分が考えていることが相手に筒抜けなような気がして怖くて堪らなかった。

視線を頭上に向ける勇気もなく、意識だけを相手の方に集中して、正直にできる限り簡潔に伝えることにした。


「ひとり旅…とな。…ふふふ、嘘ではなさそうだな。…ところで23文字もオーバーしてしまうとは面倒な奴だ!」


と、とりあえず信じては貰えたようだ。

が、正確に数えていたのか、文字数について少し怒っているようである。

『…文字数指定なんて小学生みたいな思考だな』と一瞬頭に過ぎって、直ぐに『しまった!』と思ったが遅かった。


「悪かったな!事情があるのだ。シュゥ~ッ」


お、怒られてっしまった!

事情とは一体どんな事情なのだろう?それに最後のシューッて音は…脳ではなく耳にはっきりと聞こえたのだがっ!!!


「お主が気にすることではないわ!…して、何故其のカラスを助けた?…77文字以内で答えるがいい」


次の質問にも正直に答える。

理由にはなっていないかもしれないが、ただただ可哀想に思ったこと、まだ命があるならば助けたいと思ったことだけを伝えた。


「そうか…。我は此の社に住まうしがない蛇だ。さる御方より此の能力(ちから)を授かってな、念波を以って意思の送受ができるのだ。…面を上げて我を見るが良い」


余市は恐る恐る頭を上げた…。


そして見た!その禍々(まがまが)しく恐ろしい存在の正体を!!!



軒下には朽ちた太い梁が横に渡してあるのだが、その梁に巻きついて余市を見下ろしていたのは、褐色の大きな蛇だった!


びっくりして賽銭箱の上に尻餅をついてしまった。


二股に割れた鞭のような長い舌をチロチロと出し入れさせながら、余市を頭上から覗き込んでいる!

舌の動きとは対照的に、微塵も動かないその長い肢体と漆黒の瞳がスキの無さを感じさせた。


梁に巻きついているので正確には判らないが、恐らく2メートルは優にあるだろう…。下手をしたら3メートル近くあるかもしれない!


離島を除いて日本本土でこれほどまでの大きさに成長し得る蛇が果たして居るだろうか!?

可能性は著しく低いが…居るとすればアオダイショウ以外には考えられまい。

それも間違いなく雌だろう…。

青大将は特に大きな個体に限っては圧倒的に雌が多いことで知られているからだ。


「ふふふ…お主、蛇に詳しいな。我は此の通り女だ。社に住まう蛇なのに白蛇ではないのがやや箔に欠け残念ではあるが…」


こ、この通り女だ!と言われましてもっ!!


…と余市はツッコミを入れようか一瞬迷ったが、その時ゆっくりと蛇は動き出し、余市の顔のまん前までその長い(こうべ)を垂らしてきた!蛇に睨まれた蛙の気持ちが痛いほどよく分かる!!!

余市が特大の武者震いに襲われた刹那!


「さてと…毒は無いから安心しろ」


言葉の意味を理解するよりも早く、余市の首筋に痛みが走った!


くぅッ!


そして視界がぼやけ、意識が遠のいていった……。



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