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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第一章 現世から異世界へ(仮)
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EP016 褒美の後の死闘

竹鶴の車が駐車場から確実に出て行ったのを見守ってから、扉を押して店内に入る。


「いらっしゃいませー」


若い女性店員が元気な挨拶をして余市を迎えた。


搬入直後なのか食品棚は充実していた。店員の挨拶の声も申し分ない。

しかもオニギリ全品100円セールまで開催しているジャマイカ!


こ…このコンビニ自体に罪はない。

幾つかの選択の誤りと、恐ろしいタイミングが重なっただけだ。


己に言い聞かせた。



夜の分も考慮し、奮発してオニギリを5個も買ってしまった。100円という響きが背中を押したのは言うまでもない。

他に缶詰類も幾つか買っておいた。何より腐らないのがいい。

ドリンクはペットボトルのお茶を数本購入したが、味覚テストも兼ねて炭酸飲料も1本チョイスしてみた。

何だかんだで結構な重さである。


念のためコンビニを発つ前に、携帯空気入れでママチャリに空気(エア)を注入しておく。

小型な上に手動式なため、かなりの根気を要したが、前輪後輪ともに何とか終了。

コンビニ駐車場で必死こいているところを何人かに見られて変な顔をされたが、あいつらに出会ったことを思えば何でもなかった。


背筋を伸ばして軽く腰を左右に捻りほぐしていると、コンビニからひとりの女性が出てきた。

店内で見掛けなかったことから、トイレでも使っていたに違いない。女の化粧室は長いのだ。


がっ!そんなコトはどうでもいい!!!


その姿たるや、否が応でも目を惹きつけるエロスーツもとい!エアロスーツってヤツである!!!

黒を基調とした光沢のあるその布が、彼女の肉体にピッチリと貼り付き包み込んでいた!膝上までというのがこれまたセクシーであるっ!


深みのあるミルクベージュのロングヘアが、秩父らしからぬ洗練されたイメージを醸し出し、地元民でないことは確実だ。

そして、不敵なスマイルを小匙一杯ブレンドした姐御フェイスは透明感のあるデラ別嬪(べっぴん)級で、余市のオカズ偏差値を否応なしに押し上げる。

全体に痩せ型ではあるものの、日々トレーニングを積んでいるのか、腰回りから太腿部、脹脛(ふくらはぎ)にかけては筋肉質でムチムチとしていた!足首とウエストも締まっており、申し分ない!


合格である!!!


余市はすぐさま機転を利かせ、(おもむろ)にその場に腰を落とすと、眉間に深い皺を寄せながらタイヤのエアをチェックしに掛かる。

勿論エアはたった今、注入したばかりであり満タンなのは百も承知だ。


つまり、この行為はエアギターならぬエアエアである!


ムチムチのボディを横目にエロエロ気分でエアエアするものの、その表情だけはアヘアヘせずに厳しさをキープしているところは流石と見るべきか…。幾らムラムラしているとはいえ、当然この場でのシコシコは御法度である。


エアロスーツギャル略してエロギャルは、余市をチラリと一瞥して横を通り過ぎると、買ったばかりのスポーツ飲料を、ロードバイクのフレームに付属したドリンクホルダーに差し込んだ。

そんな仕草すらもエロく感じてしまう!

続いてサドル下のシートポストのサドルバッグから、リップクリームを取り出して唇に塗り始めたようだが、余市のアングルからは確認できない。


余市は眉間の皺を保ちながら、その雌尻に一点集中していた!その距離39センチ!


エロスーツに窮屈そうに包まれたエロギャルの尻は深い谷間(クレヴァス)を形成し、動くたびにキュッキュッという素材の擦れる音が聴こえてきそうなほどである!…全くもってけしからん尻をしていやがる!

気になるのは、ショーツのラインが確認できないことである。まさか履いていないのか!?

尻に続いて左右の内腿の筋肉も発達していた。顔や魚肉を挟んだらさぞや気持ちが良いことだろう!


トイレで制汗スプレーでも使用したのか、表面上それほど体臭は感じないようだが…オレを見縊(みくび)るなかれ!

一般人ではまるで感知できず気付かれないであろうが、このオレ様の進化した嗅覚を極限まで研ぎ澄ませし時、隠されし全てが丸裸となるのだ!!


フフフ…今からひん剥いてやる!覚悟するが良い…。


目を静かに閉じ、鼻尖の方角を定め、ゆっくりと吸い込み始める…。


その険しい表情だけをズームインして見てみれば、強敵と対峙した拳法家が覚悟を決め、彼の幼き弟子たちが祈るように見守るなかで、生死を賭けた最終奥義を繰り出す刹那のような張り詰めた威厳すら感じさせるものだが、被写体を少しズームアウトしてみれば、それはもう破廉恥極まりない出歯亀の所業に過ぎないのである。


凛の時と同様に、あらゆるエロギャル由来成分が鼻孔を潜り、続々と肺を満たしてくる…。

汗だけではなく、アレコレと刺激的過ぎて言葉にするのも憚れる、そんな余りにも秘匿性の高い罪深き匂いたち…。

外からですらこのレベルであれば、恐らくエロスーツ内部には想像を絶する強烈なパヒュームが封印、否!密封されているに違いない!間違いないっ!!!


…な、舐めたい。



家から出て、遥々と秩父くんだりまで出張って来た甲斐があるってものである。

出張って来た出歯亀の苦労が報われし瞬間なのだ!


こんな場所で竹鶴たちに遭遇したのは、無防備の後頭部を鈍器で殴られたような痛恨の事件ではあったが、甘美なるご褒美もしっかりと用意されていたのである。

既に眉間の深い皺は解かれ、解脱者のような晴れやかな表情となっていた。

気付けばその距離16センチ!!!もはや犯罪の領域である!


「旅も一概に悪いものでもない…」


雌尻を至近距離で嗅ぎながら、ふと悦に入って文学的な感想を脳内で呟いたつもりが、うっかり口に出してしまっていた!


その台詞にエロギャルはサッと振り向いた!


己の恥ずかしい尻の匂いを至近距離で嗅いでいたヘンタイ坊主の存在に気付くや否や、そのヘンタイ解脱者の皺の解かれた眉間に向けて、刃物の如き鋭い軽蔑の視線を突き刺した!


卑劣なる女の敵を成敗するための正義のホーリーアイズである!


それをまともに喰らった余市はひとたまりもなく、卑屈な表情でそのまま後ろに尻餅を付いてしまった!

そんな無様な余市を、エロギャルは数秒ほど鬼畜な家畜でも見るかのように睥睨していたが、構う価値もない小者と判断したのか、早々にロードバイクを道の方へと転がして行ってしまった。


ぬおおおぉぉ!!!


壮大な計画が音を立てて崩れ落ちていく。

この後、さりげなく彼女の背後に張り付いて山道を登り、その割れた素晴らしいデザインのサドルから漏れ出る悩ましい香りを思う存分に堪能する手筈だったのである!

尻を突き出した前傾姿勢でサドルに跨り、全身の筋肉でもって坂道をペダリングしている状況であれば、そのパヒュームたるや今の比ではなかった筈だ!

更に、馬の鼻先にぶら提げた人参のように、雌尻をモチベーションとして必死に喰らい付いて行くことで、険しい山すらも軽やかに制覇するという一石二鳥の希代の妙案だったのである!


しかし、それはもう叶わぬ。たった今、望みは露と消えたのだ。



き…気分を仕切り直さねばなるまい!


コンビニの時計を確認したところ、時刻は10時50分。

家を出てから途中での買い物や休憩、幾つかのアクシデントに見舞われたこと、ママチャリであることなどを加味すれば、秩父の山の麓まで約7時間で辿りつけたのは上出来であると言えよう。

このボロいママチャリも、なかなかどうして捨てたものではない。


そろそろ認めてやらねばならぬやも知れぬな…。


正直どうでも良いことではあるのだが、気分を切り替える意味でも暇潰しにチャリの名前を考えてみる。


そして1秒後、難なく命名する。


こいつは『ギコ』だ。


勿論、某巨大掲示板のAAキャラ猫に(あやか)って付けたのではない!

単純にギコギコとウルセーからだ!お前はギコだ!決定!

即決したため、結果として暇潰しにもならなかった。


ついでに、ベルの調子を確かめてみる。


ジジジジジィ…ジジ…ジ…ジ


お、お前はジジイかっ!?臨終の蝉か!?

本気でギコからジジイに早速改名してやろうかと思ったが、捻りが乏しいし、ジジイに跨って旅をしているというのも萎えるので勘弁してやる。

ベルの内部が明らかに錆びきっていやがる。親指で押し込んだベルのツマミが定位置まで戻ってくるのが遅すぎる。


ジジ…ジジジィ…ジ…ジ


おまけに中から少量の臭い水まで垂らしやがる。

不覚にも荒川の手前でスペ丸を垂らしていた自分と何だか被ってしまう…お前はオレか!?


ママチャリの命名儀式も済ませたし、腹が空くまでは休まずペダルを踏んで行こうと決意した。


既にロードバイクのあのエアロスーツのお姉ちゃんを追おうなどとは考えていない。

今、全てがニュートラルである。



ギコ…ギコ…ギギ…コ…ギコ…ギィ…ギコ…


コンビニを後にして暫くは勾配も思ったよりも大したことはなかったが、1時間半も走った辺りから相当きつくなり始めた。


さっきの二瀬(ふたせ)ダム、別名、秩父湖がターニングポイントだった。


標識に書かれた何とかトンネルという文字に嫌な予感を覚え、二股に分かれた国道を左折したまでは良かったが、それから暫くして目の前に現れた二瀬ダムの大きさにビビるも、何故かその堰堤上の細い道を制覇してみたくなり国道140号を離脱して県道278号に自然と侵入してしまっていたのである。


そして余市は己の成長した勇姿をダムを囲う山々に見せつけながら、見事に堰堤を渡りきったのである。


それから暫くは二瀬ダム沿いを走っていたが、気の向くままにインスピレーションで道を選択して進んでいたせいか、気付けばいつからか道の中央線は消え失せ完全に1車線となっていた。

陽の翳った道の両サイドには残雪ももはや当たり前である。

この道がまだ県道278号であると信じたい…信じたいが、中央線が消えた時点で既にその可能性も潰えたと言わざるを得ないだろう…。


既に秩父山中に侵入している以上、明確な目的地もないので地図も久しく開いていなかったし、開いたところで現在地を把握することも困難に思われた。

そもそも地図をケチったせいで、そこまで詳細な縮尺図でもないため、県道未満の山道などほとんど載っていないであろう。木目のような等高線だらけで気分が悪くなるのがオチだ。


レールの敷かれた人生など歩きたくない!

人生は一度きり!YOLOだ!ならばオレは自由に道を切り拓いて行くぜ!


などと言えば格好もつくが、平たく言えばほとんど迷子である。

周囲に目立った施設すら無い中で、つづら折れと化したグネグネ道を、もうどこをどのくらい走っているのかすら分からないのだから!



フフッ…秩父よ、なかなかやるではないか?

オレとギコをここまで迷わせ苦しめたのはキサマが初めて!


だが、そんな台詞も乾かぬうちに、どうやら本格的に厳しくなってきやがったようだ!

変速ギヤなどの近代的な装備のない素直なギコと、毎晩、馬鹿正直に左手首しか鍛えてこなかった頑固職人のような余市とのコンビでは、やはり厳しいのか…。


くねった道なのでどこまで続くのかも判らない。故に体力配分なども計算できない状況だ。

ひとまず加速をつけてひとつ目のカーブは軽快にクリア、が!その先の光景に愕然とした。


次のカーブまで相当距離がある上に勾配が更にきつくなっているではないか!もはや一刻の猶予も儘ならぬ状況で決断を迫られる。


チッ…アレを使うしかないのか!?


そして意を決して腰を上げる。

己の寿命を削る秘奥義!禁断の立ち漕ぎ(ダンシング)モードだ!


これまでにも数回、要所要所でダンシングは発動してきたが、本気を見せるのは今回が初めてである!

かつてクンニスキー村の英雄としてギルドでモテはやされた流石のこのオレをもってしても油断ならぬほどの強敵、秩父の心臓破りの坂を目の前にしては、秘奥義を繰り出すほかはあるまい…。


はあぁぁーーーっ!


余市は、上体を起こして大きく空気を吸い込んだ。

シャツなど破けこそしなかったが、凄みを感じさせるに十分な表情である。


そして次の瞬間、ハンドルを左右に大きく振りながら、鉄棒の片腕懸垂のような要領で交互に引き寄せては離しを波のように繰り返していく。連動してペダルも交互に限界まで踏み込んで、みるみると加速しながらギコとのシンクロ率をリズミカルに上昇させて行く!

ギコもギコとて、かつてないほどにギコギコ音を轟かせ、覇気も闘志も十分のようだ!


俗に言う、振り子ダンシングのママチャリバージョンである!


真横からの図で見るなら、一定のレンジ幅を保ったそのジグザグの上下運動は、ワロス曲線のように見えなくもない。


不敵な笑みを浮かべ遥か先のカーブを睨む。

ただでさえ卑屈な表情が、これ以上ないぐらいに歪む!


すると、嘲笑うかのように直ぐ隣を一台の乗用車(セダン)が滑らかに通り過ぎて行った。

後部座席の窓からは、4才くらいの幼き男児が口を開けて余市とギコの激闘を不思議そうに見つめていた。


くっ…くふぅ…少年よ…お前もいつの日か成長し大きくなったら思い出すこともあるだろう…遠いあの日の名も知れぬ山で見た、ほとばしる漢の血潮と眼差しを…今!そのつぶらな(まなこ)にしかと焼き付けておけぇぇぃ!!!ふんぬっ!


心でそう叫ぶと、くわっと顔をあげた!

額と首に青筋を浮き立たせ、般若の如き鬼の形相である!!!



ギコ…ギギギギィィ…


しかし…ついにその時は来た。


身体中が悲鳴を上げ続けている。

秘奥義を発動させてから数十秒が経過していた。禁断の立ち漕ぎモード継続タイムのレコードは既に更新している!


歯を食い縛りクネクネと粘るも、もはや歩いた方が速いという亀スピードにまで減速していた。

鬼の形相はすでに消え失せ、遠足のバスで糞を漏らしたガキの如き顔へと変化を遂げていた。

脳内では『余市号機、活動限界まであと10秒!9!8!7…』何者かによるカウントダウンが木霊する!


くっ…ダメだ!母ちゃん!ボクちんもう限界…。


全体重を片足に掛けて直立停止状態でプルプルと震えている。

ギコを大きく傾けているこの体勢で、倒れずに停止しているのが不思議である。神業風味のバランス感覚だ!


ギ…ギ…コ…ギ…

ギコも鳴り止む寸前のオルゴールのような状況である。…音色は比較にならないが。


このまま無理に粘れば、独楽(コマ)の最後のようにギコと共にクラッシュしてしまうだろう…。


『余市号機、活動限界です、ギコも動きません!』


そ…そんなコトは分かっておるわぁぁ!!!


そしてとうとう力尽きて足を着いてしまった。


うぬぅ…ひさかた振りの地上だ…このオレを貴様らと同じ地に降り立たせるとは!この余市!ぬかったわ!!!


額をピシリと叩いて天を仰いで凄んでみせるが絵にはならない。そんな余裕、微塵も残っていない。

肩で大きく息をし、呼吸を整えるので精いっぱいだった。



その後。


何だかんだで百メートルほどギコを押しながら歩き、漸く心臓破りの坂を越えたものの、この先もう平坦な道はなさそうな雰囲気だ。直に緩い坂もなくなり急勾配オンリーになる頃には、余市の身体もさぞやオイリーになっていることであろう…。


背筋を伸ばし、大きく息を吸い込む。

明らかに空気が美味くなっている。あらゆる木々の香りを楽しみながらギコと共に進んで行く。


…本当ならば、もっと濃厚かつエロティックな香りを楽しんでいる筈だったのだが。



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