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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第一章 現世から異世界へ(仮)
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EP001 オレの境遇


チュンチュン、チュンチュン


スズメの鳴く声が聞こえる。


…萌え萌えチュンチュン…ん?それを言うならキュンキュンだろ、ってアホくさ。


時刻は既に昼近いだろう。


こうして布団の中でシケったカールのように丸まっていると、何だか老化の進行が一時的に止まって、寿命が僅かに延びていくような気がしてならない。

オレは毎日こうして時間を浪費しているフリをして、来るべき特異点に備えて密かに寿命を温存しているのさ。


これぞまさに深謀遠慮の真髄よ…フフフ。


心地よいまどろみのなか、軽い空想に浸っていると、


ドスッ!


部屋のドアが蹴られた音がした。

無愛想な妹による昼飯の合図だ。

厳密に言えば、他の家族はもう食べ終わったという合図である。


…まあ現実(リアル)なんてこんなもんだろう。


ギャルゲーや萌えアニメのような妹キャラは、この冷酷無慈悲なリアルワールドに於いてはレッドリストカテゴリー、つまり絶滅危惧種に認定されている。

日本オオカミのように何の対策もなされずに地上から絶滅(EX)する日もそう遠くはない筈だ。


オレは何故こんな時代に生まれてしまったのか…。


日本旅行を企んでいるステレオタイプの外国人男子諸君は、負のマメ知識として心の片隅に留めておいてくれ。



さて、なかなか勇敢な決断を下せずにいたが、このタイミングを逃すと寿命が延びるどころか、夕方頃には完全にシケってしまうということを、経験則として学んでいた。


眉間に深めの皺を寄せながら、ゆっくりと片目を開いていく。


壁に掛けてある丸い時計がぼんやりと視界に入る。至ってシンプルな掛け時計だ。

振り子もなければアラーム機能もない。強いてあげるならば、文字盤と針に蛍光塗料が塗られており、部屋が暗くても時刻が分かることぐらいだ。

だが、昼でもほとんどカーテンを締め切っているため、何気にこの機能は有り難い。


時計の短針と長針は仲良く頂上に差し掛かろうとしていた。


もぞもぞとカブトの幼虫のような動作で丸めていた背中を伸ばしていく。

伸びきったところで全身をぷるぷると震わせながら、


「く…ぐぅあああぁぁ~」


今度は猫のように思い切り伸びをした。



宮城(みやぎ)余市(よいち)


オレの名だ。

その香ばしい響きは、昭和どころか江戸時代であってもしっくりと馴染むであろう。

勿論、気に入ってはいない。


最近の風潮でもあるキラキラネームも噴飯ものだが、真逆ベクトルに突き抜けたこの時代錯誤な名前では、皆と一緒になって彼らを堂々と嗤うことは許されない。

何事もほどほどが肝要なのだ。

キラキラに輝き過ぎても、カピカピに干乾び過ぎていても嘲笑の的となるのである。


中学入学の初日に、自己紹介の途中で担任教師から『(フンドシ)でも履いていそうな名前だな!』と突っ込まれたのは些か想定外でショッキングな出来事だったし、『ブリーフです!』と反抗的な態度で答えてしまったのは明らかな失敗であったと自覚している。

ブリーフは白だったが、その歴史が黒で染まったのは言うまでもない…。



ステータスにも触れておこう。

数日前に高校を辛うじて卒業し、この春より晴れて浪人生の身となった18歳だ。

壊れそうなモノばかり集めてしまうガラスの十代ってやつである。


日本語で言うところのサクランボ少年ではあるのだが、今のところオークションに出品する予定はない。

幾ら何でも時期尚早だ。

そして、実はカセイ人でもある…少し照れるが、皮は結構伸びる方だと自負している。

他人のそれと比較したことはないが、触手を夢見て毎晩ストイックに引っ張っていた…そんな時代がオレにもあったのだ。



…まーアレだ。

浪人生というと、何となく昆虫の(さなぎ)を重ねてイメージしてしまいがちな側面もある。


蛹はむやみに動かしてはいけないし、成虫になった時に大きな後遺症を伴ってしまうこともしばしばだ。

成虫とは人間で言うところの成人であり、蛹は成人する前の非情にデリケートな時期であるといえる。


しかし、この先進国である日本に於いて、電車やバスなどの公共交通機関の優先席には、妊婦や老人と並んで、いまだに浪人生の表記やマークが見られないという残念な現状がある。


もしもこのオレが僭越ながら政治家候補として擁立されたなら、社会的弱者を保護するという観点から『浪人生優先席を設置する!』とマニフェストの一行目に太字(ボールド)で記載するであろう。

公約が果たされた暁には、浪人生諸君は恥じることなく堂々と蛹マークの優先席に座れば良いのである。

ただ、妊婦や老人とは違って、素人には見た目での判断が難しいので、浪人生であることが容易に判別できるように、上着の前面と背面に蛹バッジを付けることを義務付けなければならないが、そのバッジは予備校などを通じて無料で配布するつもりだ。

車でいうところの若葉マークのようなモノである。



だが、そんな浪人生思いのオレとて、好き好んで自ら狙って浪人生になったのではない。

浪人生という身分を肯定しつつも、経験しなくて済むなら、それに越したことはないからだ。

それに政府の立場から見ても、社会的弱者は少ない方が良いに決まっている。


当然ながら、専門学校や就職という選択肢もあったさ。

しかし、これといって学びたいモノがあるでもないのに、興味のない分野に数年費やすのも苦痛だし、時間も金も勿体ない。

就職に関しては、そもそもまだ働きたくなかったし、何よりも面接に受かるとも思えない。


つまり消去法である。

とりあえずどこでもいいから総合大学にでも入ってのんびりするかな…と漠然と考えて受験に臨んだのだ。


『そんな半端でぬるい考えだから、お受験に失敗するでござる!』


と無慈悲に言い放つ輩もいるだろう。

しかし、そんな世間知らずの田舎っぺの坊やには、


リアルとはそう甘くはないのだよ!アニメとは違うのだよ!アニメとは!


と言ってやりたい。


帰宅後毎晩のように投稿動画やアニメを鑑賞し視野を広げ、オンラインゲームでは仲間達と協調性を育みながら強大な敵へと果敢に立ち向かい勝利を掴み獲ってきた。

ギルドでは様々な依頼を消化し、クンニスキー村の救世主(メシア)とまで讃えられたオレさ。


巨大掲示板にも律儀に足を運んでは、同志達とアカデミックな意見を交わし、知識を貪欲に吸収しながら、時には衝突しつつも切磋琢磨してきた。

コテハンとして恥じない迅速かつ正鵠(せいこく)を射たレスポンス、時折炸裂するウィットに富んだ言動がリスペクトされ、立てるスレッドも高確率で神スレと化し賑わっていた。


某4ちゃんなどの海外掲示板にも果敢に遠征し、カセイ人もとい日本人の代表として恥じぬ数多の萌え画像もうpしてきた。グローバルな視点を養うと同時に、実生活では役立たない偏ったスラングも身に付いちまったじゃねーか!バカヤロー!


更に新たな価値観を見出すためにHENTAI領域にも足を踏み入れ、と言うより結果として耳の上2センチ辺りまでどっぷりと浸かりながら、毎晩複数回小刻みに身体震わせ、青いエナジーとも言うべき貴重なタンパク質の放出を繰り返すという、苛烈を極めた重篤な日々を送ってきたのだ!


『時間とは作るものでござるよ!』


などという軽はずみな言動もたまに耳にするが、そんなハードでディープな激流の中に身を置きながら、受験勉強などという戯事にまで回す時間など、どう工夫してみても到底確保できる筈などなかった。


やらねばならぬコトや乗り越えねばならぬ高い障壁が、オレには余りにも多すぎたのだ!

そんなオレに何人たりとも意見すんじゃねー!なめんなYO!



…そして本試験で潔く全敗を記録。現在に至る。


仮に魔法やタイムマシンか何かで、今から半年前、いや、1年前に戻ることができたとしても、10回戻って10回とも同じ結果になるという確信がある。


故に後悔は微塵もなかった。


寧ろ逆に、もう1年高校生活が仮に残されていたとしたら、おそらく登校すらせずに完成された蟄居(ちっきょ)生活を送って、高校を中退していた可能性が高い。

曲がりなりにも卒業できたのは不幸中の幸いと肯定的に見るべきかもしれない。



そんなオレには不幸なことに兄妹が居る…。

別に一子相伝の秘奥義を極めんとしているワケではないが、常に比較対象とされる厄介な存在なのだ。


兄者はノーベル賞受賞者も排出している某国立大学で院生をしている秀才だし、妹も無口で何を考えているのかよく分からない節はあるが、問題も起こさず県内トップの女子高に今春から通うことが決まっていやがる。


親にしてみても、兄と妹が(すこぶ)る正常に育っているため、真ん中の痛い次男坊のことは『この際、見なかったことにしよう』と言わんばかりに、ここ数年は全く干渉してこなくなっていた。

それは単に成績が下がったとかそういう理由よりも、日々の生活を見ての冷静沈着な判断であったように思う。


まー今でこそこんなオレも、高1の終わりあたりまでは絶大なる期待をされてはいたのだが…或る時を境に徐々に家族との会話も減り、存在感も気付いた頃には地縛霊レベルにまで堕ちてしまっていた。


その日の夕食、オレが食卓テーブルにつくと、それまで和やかだったムードが、まるでスイッチを切り替えたかのようにお通夜モードと化してしまった。


何コレ?ドッキリ?

おいおい、家庭内ドッキリって…誰が首謀者だ?かーちゃんか?

カメラは冷蔵庫の上かしらん?


最初はそんな風に思ったりもした。

しかし、その後もデジャヴの如く毎晩のようにそのドッキリが繰り返されたのである。

勿論、カメラなどどこにも設置されてはいなかった。


それ以降は時間をずらしてひとりで食事を摂るようになった。

幾ら鈍いオレでも最低限の空気を読む(エア・リーディング)スキルぐらいは持ち合わせているし、毎回あんなに露骨にされたら流石に気付くわ!


しかしこれは、中二病のお子様を育てる現代家庭に於いては極めて起こりがちな事例であり、寓話のような話でもあるのだ。


勉強もせず、かといって遊びにも行かず、家族との会話も極力避け、夕食時以外は部屋に閉じ籠ってPCモニターに磁石のように貼り付いてしまう、そんな生活を送っていた者が、或る日を境に、今度は逆に家族全員から同じ対応をされても文句を言えた身分ではないということだ。

ちょっとした村八分である。

そう考えると我ながら、なかなかに滑稽だった。



さて、家庭内村八分を受けていた孤独なオレだったが、最近に至っては、オレに関する話題をタブー視する風潮が、家族や親戚は言うに及ばず近隣にまで拡散してきていた。


本物の村八分臭が強烈に漂ってきたのだ!


表向きタブー視しているとはいえ、そこはそれ、宮城家、特に張本人であり主役でもあるこのオレの耳に入らぬレベルで、水面下では着実に語り継がれている風なのだ。

幾ら近隣が気を付けたところで、毎日生活していればうっかり本人の耳に入ってきてしまうこともある。


入試に全滅したことは勿論、童貞であること、学び舎の同級生の親にでも聞いたのか、オレの散々たる成績のことや童貞であること、誰とも会話せずに引き籠っていることや童貞であること、そして童貞であることなど負の噂が近所に充満しているようなのだ。

しかも悔しいかな、その全てが尾ビレなど付かずに肯綮(こうけい)(あた)っているのである!


オバサン連中が井戸端会議などしている場に、オレがたまたま出くわそうものなら、あからさまに引き攣ったような笑顔よろしく挨拶をしてくる。そして挨拶以外の余計なことには一切触れずに、サッと背中を向けて、もっともらしく天気や気温の話題をし始めるのが常なのだ。

どうせオレが視界から消えた後は、オレの話をしているのに違いない。


しかし…これは何?そもそもこれは何!?

ただの近所のありふれた家庭に住まう次男坊に対する、この過剰とも言うべき近隣住民の態度は何?


ここはどこぞの村なのか?それほどまでに話題に貧しているのか?


そんな風に考えた時期がオレにもありました。

だが、この気まずそうな、不自然極まりないオバサン連中の引き攣った笑顔の裏には、オレに対する同情や憐れみといった、グチョグチョの感情が隠されていたのである…。


つまり、村八分と言うよりも、生類憐みの令に近かったのである。

勿論、この地域は綱吉が治めているワケでもないし、オレも断じて犬ではないのだが…。


では何故、憐れみを受けるのか?


それはズバリ!オレが優秀過ぎたが故のことなのだ。


何しろこのオレときたら、幼い頃から町内でも有名な秀才児としてその名を轟かせ、神童の如く崇め奉られていたのだから!


それは宮城家の絶対的長兄にして誇り高き兄者をも凌いでいたと言える。

兄者は、平安朝きっての秀才、学問の神であるところの菅原道真の転生した姿ではないか?とまで噂され、下宿先からたまに帰省すると、いまだに近所では道真公と渾名(あだな)されるほどなのだが、当時のオレはそんな兄者の灼熱のオーラをも撥ね退け、それどころか同時期の模試の成績だけを単純比較すれば、確実に凌駕していたのだ!


即ち、兄より優れた弟が存在していたのだ!


大学進学と同時に兄者がこの町から消えた後、道真公の名こそ襲名することはなかったものの、紛れもない神童として確固たる地位と地盤を築いていたのである!

ゆくゆくは都内文京区にある最高学府T大の理科Ⅱ類に進み、生物の研究でもすることになるのだろうと、当たり前のように考えていたのだ。


しかし、そんな面目躍如に陶酔した余市王朝時代は、思いのほか短期間で陥落の途を辿ることとなる。

輝かしい神童の称号は、いとも簡単に妹の峡香(きょうか)によって奪取されてしまったのである…。


努力家で毎日机に向かっていた兄者とは違い、妹はごろごろと菓子ばかり食べていて、勉強している姿を見た記憶が一度もない。


塾にも通わず学校でももっぱら寝ているという評判で、それでいて全国模試では毎回ひと桁に入るほどに地頭がチート級なのだ。浮きこぼれの中の浮きこぼれである。


オレはかなり昔から峡香のことをサヴァン症候群ではないかと疑っている。

つまり、同じ土俵で競う対象ではないということだ。

将棋や囲碁のプロがAIと対戦して仮に負けたところで、段位に影響しないことと全く同義である!


敢えて言おう。兄より優れた妹など存在してはならぬ…と。


そして見かけによらず処世にも長けているのか、オレに匹敵するほどのインドア派であるにも拘わらず、何故か周囲から引き籠りなどと揶揄されている風でもなかった。


兄であるオレが妹なんぞと張り合うつもりはないが、オレとて塾などに通わずとも、中学時代の学内テストでは3年間、常に学年1位の座をキープしていたし、そのまま当然のように県内の共学校では最難関の狭き肛門もとい高校の門を潜ったわ!

普通に考えても十分に優秀だったのだ!


大事なことなのでもう一度言う。


オレは天才だぁーーー!!!



だが…そんな周囲のガリ勉共を鼻で笑いながら無双していた元神童であるこのオレ様が、あの冬を境に見る影もなく錐揉みしながら垂直降下してしまったのだから、その激しいギャップに近隣の暇な主婦どもがコロッと集団で酔い痴れてしまったのも無理からぬ話であろう。この身をもって恰好の餌を与える形となってしまったのである。



そう、マジノ線とも言うべき一線を越えてしまった、あの冬。


それはまるで、政府や周囲の度重なる忠告や制止をも振り切って、危険地帯(デンジャー・ゾーン)へと赴き、案の定、現地で銃撃戦に巻き込まれて、辛くも救援ヘリに滑り込むも遭えなく追撃され、うっかりパラシュートの装着を忘れて戦火の煙る空にその身を真っ逆さまに投じてしまった、戦場カメラマンにも似た状況だった。


因みにそのマジノ線の先にあった戦場は、一般的には二次元電脳世界と呼ばれている。




この時期、晴れて浪人が決まった者は、素直に己の立場や身分を理解し、予備校などに申し込みに行くのがセオリーなのかもしれないが、ここは気持ちを一旦リセットしようと思い、オレは旅に出ることにした。


未来の自分に想いを馳せ、人生に於ける小休止をここらで入れておくのも悪くない…。

格好を付けて言えばそんな感じである。

真意は他にもあるのだが、ここでは触れないでおく…。


旅とは言ってもそんなに大袈裟なものじゃない。

特に目的地があるワケでもなく、一週間やそこら野宿しながら自転車で周って金が尽きたら帰って来よう、そんなライトでモダンな感覚だ。

先に言っておくと、某柴又の(トラ)さんに影響を受けた軽はずみな行動では断じてないし、旅先で香具師などして小銭を稼ごうなどとも企んではいない。


遠い未来『あの旅はまるで我が人生の縮図の如き旅であったなぁ』と白髪交じりの顎髭を擦りながら苦笑いを浮かべ、感慨深く振り返る時が来るのかもしれない…そんな予感がないと言えば嘘になる。

きっとオレのことだから『無計画で適当な人生だったなぁ…』などと素直に認められるほどの成長は遂げていないだろうし、寂しいかな、さくらんぼ爺のままかもしれない。


だが、それがいい!実にオレらしい。


そして一時とはいえ、母なる電脳世界からしばし離れるという勇気を奮い立たせ、厳しい決断を下せた現在(いま)の自分を誇らしくも思うのだ。



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