13話 一宮望という男
俺の目に写っているのは、悪魔と化したヒナだった。
「ヒナっ!!!。」
「無駄よ、無駄。憎しみに溺れた豚には、誰のの声も聞こえないわ。」
悪魔化したヒナは、ひたすらにイトのことを睨み付け、
「殺してやる。殺してやる。
殺してやる。殺してやる。」
と繰り返している。
俺の心は「ヒナのことを助けなくては」と思っているはずなのに、身体が全くもって動こうとしてくれない。
「絢音・・・。」
情けない俺は絢音に助けを求めてしまった。でも、絢音は今まで見たことのないくらいに、身体が震え、絶望感を携えた表情をしている。 それほどに、ヒナの元気なヒナの面影はない。
「あれはヒナだと」、心に何度も何度も、言い聞かせているのに、恐怖にさいなまわれている。
「ヒナ。いくら悪魔化しようと、あなたに私は殺せないわ。」
「殺す。殺す。殺す。殺す。」
ヒナは自らの殺意に赴くままに、イトへと攻撃をする。
体内から、残酷な黒をまとった鋭く長い剣をとりだし、振りかざす。
イトは瞬時にそれを避ける。その攻撃の残存が体育館の一部を破壊する。
イトはヒナのことを手玉に取るかのように、次々に繰り出される攻撃をすべて華麗にかわす。
「そんな攻撃じゃ、一生かかってもあたらないわよ。ヒナ、あてれるなら当ててみなさいよ。」
「殺す。殺す。」
ヒナは完全に理性を失っていた。何がヒナをそこまでにしたのかは俺にはわからない。
俺は未だに、悪魔化したヒナに恐怖は感じている。
でも、ヒナからはなにか大切な物のために戦っているような強い意思だけは感じる。
俺がアニメを世界に復活させたい。ルルを救いたい。
そんな意思とどこか似ているような気がする。
「ヒナ、あんたはセンスないよ。 私を殺せない。だから、もう待たない。時間の無駄。ごめん、殺すね。」
イトは純黒の大剣をとりだし、ヒナに攻撃しようとする。ヒナの強い意思にも関わらず、イトは強い。
ヒナの怒涛の攻撃は一発たりともあたらないのにイトの攻撃はヒナを一振り一振り傷つけていく。
それでも、ヒナは攻撃を止めようとしない。何度も、何度も、地面に叩きつけられては這い上がり、イトに食いかかろうとする。
「ヒナ。ヒナ。ヒナ。ヒナ。」
ヒナはイトにぼこぼこにされていた。見るに絶えない姿に変わり。黒い蒸気も今は霞んでしまっている。英気もほとんどない、死にかけである。 それでも、ヒナはまだ立ち上がり、戦おうとする。
「まだ、戦うの。もう止めときなよ。本当に死ぬよ。死んじゃうよ。怖くないの?。」
イトは、なんとか立とうとするヒナの頭を足で踏みつける。
「本当にヒナ、バイバイするの??それで、いいの??」
イトは剣を大きく振りかぶり、とどめをさそうとする。
あの日、俺の目の前でルルが消えた。
あの時のことを今でも後悔している。
警察にビビってしまったんだ。
ルルを守りたいという気持ちはあるはずなのに、警察にビビっていた。
何もできず、ただ叫ぶことしかできなかった。
もう何も失いたくない。
ヒナを助けたい。もう俺の前から誰かが消えていく姿は見たくない。
後悔だけはしたくない。
死んでも守る。
オタク禁止令が発令されてから10年。
俺にとっては本当に無駄でなんの意味もない10年だった。
リア充のふりをするために、ファッションとか、髪型とかについての勉強もしたし、女の子と付き合ったりもした。
けど、何か違う。俺の空虚間はひたすりに続いていた。
何もない。
なにをしても、何もない。
どこに行っても、何もない。
誰といても、何もない。
怠惰な人生だった。
そんな腐った人生を歩んでいた俺の前に絢音とヒナが現れた。
アニメの話ができるということが、嬉しくて、嬉しくて、しかたがなかった。
アニメという話題で話し合えることができることに、感動を覚えずにはいられなかった。
天界でも、アニメが流行っていたなんて、聞いたときには、
自分が作ってるわけではないけれど、なんだか報われたような気持ちになった。
あんなに楽しくなかった人生が楽しいと思えた。
俺の目の前にあらわれた2人の美少女によって変わったんだ。
変えてくれたんだ。
だから、俺はヒナを助けたい。
今度は俺がヒナのことを守る番なんだ。
その時、誰かが俺の身体に憑依したかのように、あれほどまでに恐れていた俺の心から一切の迷いが消え、俺は走り出していた。ただただ、無我夢中に走り出していた。俺は人間なのに、チキンなのに。
ただ、ひたすらヒナを守りたかった。
ヒナを守りたい。 そんな、シンプルな思いが俺をヒナの所へと連れていってくれた。
「ヒナ。死になさい。一生バイバイ。」
俺の中の血液が激しく激しく流動し、身体全体全体を巡っていく感覚がわかる。守りたい守りたい。助けたい助けたい。血液の流動とともに、身体全体にある、すべての細胞へ、その意志が伝わっていく。
イトはヒナの頭を踏みつけ、剣をふりかざす
この瞬間のことは正直言って、俺はよく覚えていない。ただ、ひたすらにヒナのことを救い守ってやりたい。ただ、それだけだった。
気ずいた時には、俺はヒナを両手にかかえ抱いていた。
何が起こったのか自分でも全くわからない。
ただ、ヒナを失わずにすんだ。
ヒナは生きている。
ヒナの温もりがそこには確かにあったんだ。
「望くん・・・。」
「ヒナ!!。」
ヒナの悪魔化は解けていた。
でも、さっきみたいな純白な天使ではなかった。
血の跡、殴られた跡、蹴られた跡、斬られた跡、
ぼろぼろだった。