10話 絢音の言葉
校長の話もだいぶ佳境に近づいてきている。30分ずっと、今だに平易な話が続いているのであるが生徒達は一言もはなすことなく聞いている。
「先日、お寺に参ってきたんですね。きれいな新緑の木々が広がっていたんですね。つまらない話は続いている。」
俺達はチャンスをひたすらに伺っていた。
絢音が右手を挙げる。
―絢音からの合図だ。
ヒナが手を拡げ、
右手からなにか不思議な光が放たれ、
それをヒナが握り潰す。
ヒナはゆっくりと目を開く。
「World manipulation ー空間操作。」
「ヒナ。特に怪しい奴はいなかった?」
「大丈夫でしたよ。特にかわった人はいませんでした。」
全校集会における今までの時間、無駄に過ごしてきたわけではない、むしろ、なにもしないまま校長の話を聞いているわけがないじゃないか。
この集会の行われる前なにかの不安を感じた絢音が、あらかじめに作戦をたてていたことだ。全校集会が始まって、すぐには空間操作はしないというものだった。
誰か侵入者が存在する。
そのような気掛かりをもったらしい。
天使でもないのによくそんなことにわかるよね。―俺なんもわからないのに。
「大丈夫です。」
「じゃあ、作戦実行するわよ。」
空間操作をした中にいる人達は全くもってもって動こうとしない。空気までもが止まっているような異様な空間に感じる。静けさだけがこの体育館を覆っている。
「すごいわ本当に全部止まっている。」
俺達は、舞台上へとゆっくりと姿を表した。校長先生はもちろん。舞台下にいる、生徒達、先生方全員が全くもって動こうとしない。
「すごいな、ヒナ。」
「えっへんです。」
そう言いながら、鼻を人差し指でこするヒナはやはり趣があって可愛い。
「でも、ヒナ。皆、目見開いていて怖いんだけど・・・。」
「あっ、ごめんなさい。」
ヒナは両手を光し、目のところに持ってくる。みんなのまぶたが一斉に閉じた。
「うわっ、すげぇ。みんなのまぶたが・・・。怖い。」
「そんなこと言わないでくださいよ。これでも一生懸命にやってるんですから。」
あまりにも静寂な空間の中。体育館の中にいる約1000人ほどが人間がいきなり目を閉じたらさすがに驚くと思う。
「ヒナ。今、こいつら全員の感覚。五感すべてを奪っているのよね。」
「はい。すべて奪っています。全くもって無の状態であります。」
「じゃあ、テロをはじめるわよーー。」
いやいや、もう既にさっきからはじまってるだろ。いくら、みんなが無の状態だからと言って、調子に乗りすぎだろ。
「はーい。やっちょりましょう。」
元気ルンルン。―この状況でアホかこの2人は。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
絢音が壇上の中央へといく。
少し面持ちは怖がっているような、やや顔がひきつっているような気がする。それでも、なにかを噛み締めているような、踏ん張っているような、なにか強い決意というものがかいまみえる。
「ヒナ準備、生徒達の聴覚を復活させるのよ。」
「はい、わかりました。」
ヒナは再び両手に光を宿し、今度は両耳に手をあてる。聴覚が戻ったのかどうかは見かけ上は全くもって分からない。
ヒナは絢音に対してOKサインをだす。
それを確認した絢音は一人壇上において語りだす。
「みんな、こんにちは。私たちは今、あなた達の聴覚以外の感覚をすべて奪っているわ。だからといって、なにも危害を与えるつもりはないの。ただ、私たちの話を耳をかっぽじいて聞いてほしいの。」
聴覚以外はヒナが制御しているため、全くもって反応は確認することはできない。
「私達の名前は「綺羅星の英雄」。世界を変えに来たわ。」
おいっ、いつ名前なんて決定したんだよ。
俺は全くもって聞いてないぞ。―ちょっとばかり格好いいけどさ。
「今、あなた達、リア充は本当に今の生活に満足しているの?それで、本当に人生を楽しんでいると言えるの?生きていることが楽しいって心の底からいうことができるの?」
「周りの人の目ばかりを気にして、自分の本当の真っ直ぐな気持ちを偽り隠す。さして仲良くもない人であろうとも、一人でいるところを周りの人に見られたくないという淡い欲望において、自らストレスが発生する道を選ぶ。どうしてなの。」
見たことない絢音乙葉がそこにいた。いつもの、傍若無人、唯我独尊の絢音乙葉はそこにはおらず。ただ、ひたすらに熱く、心の底から、彼女は訴えている。
「Twitterがこの世のすべてかのようにとらえているのはなんでなの。フォロワーが少なかったら馬鹿にされるのはなんでなの。
フォロー数よりもフォロワーが多くないといけないのはなんでなの。どうして自分は人気者だとわざわざ自分で発信する必要があるの。あなたのあだ名は「神」って呼ばなくちゃいけないの。自分のツイートに「いいね」してくれるように写真を編集したりする時間はなんなの。どう考えても無駄な時間なんじゃないの。
自分のツイートにみんなが反応として「いいね」を押してくれることに満足感、安心感を覚えるのは何なの。―見られて反応してもらえるのがうれしいの?露出狂なの?「よくない」ってボタンないんだよ。怖くないの。いいねの数を他人と比較するのはなんなの、Twitterごときでも勝たなきゃ死んじゃうの?アイデンティティ弱すぎじゃない?すぐ自殺しちゃうよ。あなたたちリア充はそんな腐った生き方に満足しているの?それが本当に生きるということなの そんな腐った人生を生きるのはやめて。そんな無駄なことに人生を消費していくのはやめて。いつか後悔するから。」
絢音の勢いはとどまらなかった。
今まで彼女が抱え込んでいたであろう思いをひたすらにぶちまけていた。
「私たち、「綺羅星の英雄」はそんな生き方はしないわ。私たちは自分の好きな物、愛するものに自分たちのすべてをこめるは。
それは、5年前にオタク禁止法で消えてしまった、アニメやアイドルや将棋よ。誰をも傷つけることない、無駄な努力をする必要のない、ただ私たちの愛を受け入れてくれる場所。そこへ注ぐものこそが人間が生きる上で最も神聖できれいな愛だと、私は思うは。」
言ってしまった。
「そんな純粋な愛で満たされた、オタクの世界こそが私たちの生きる道よ。」
バッァーンーーーーーー。
絢音が語り終わったのと同時に、体育館入口のドアがものすごい衝撃で破壊された。いきなりのことでなにが起こったのか理解するのに少し時間を要した。空間は操作され、みんな動くことができないはずであったから。
「ヒナっ。」
俺と絢音は自然とヒナの方を向いてしまう。
「私にもわかりません。空間操作は作用しています。」
「おいっ、誰か歩いてくるぞ。」
体育館入口の破壊されたところからは、煙が立っていて、まだ見ずらい状況ではあったのだが、なにかがこちらにゆっくりとゆっくりとこちら側に歩いてくるのが分かった。