パンドラ
ただ波の音が聞こえるだけの空間がそこには広がっていた。
つい数時間前には騒がしかった同じ場所とは思えない程だ。
メーディアは、呆然と応接間のソファーにボロボロになったメイド服を着たまま腰掛けて一点を見つめて座っている。
錆びついた音が応接間に静かに響いた。
メイザースが心配そうな表情を浮かべながら応接間に入ってくるなりメーディアを気遣う。
「キルケーちゃんは治癒魔法を施したので心配ないですよ。可愛いお顔も傷無しですよ」
元気づけようと笑顔を見せるメイザース。
少し気持ち悪い。ーーそんなこと御構い無しにメーディアがポツリと呟く。
「メイザース様・・・静かですね」
自分の足元を見つめて小さくなるメーディア。
「そうだね。今までこんなに静かな毎日を過ごしていたんだね。 アーサーきゅんや精霊ちゃん、キルケーちゃんが騒がし過ぎなのかな」
メイザースは苦笑いを浮かべた。
「アーサーさんのあの異変はどういうことですか? 精霊たちもまるで自分の意思がなくなったようになっていました」
「人格の切り替え、謂わゆるスイッチって言う現象だと思うのだよ」
「人格の切り替え・・・」
「人格の切り替えをする人に多いのが、何かから逃れたい人が現実逃避したい時や表向きの自分は装っていて何かの切っ掛けによって本当の自分が出てきた時、そして虐待などのトラウマを抱えていてその自己を守ろうと孤立し別人格を形成するパターン」
「アーサーさんの場合は・・・」
「世界新聞社のパウロ君の資料からして過去のトラウマから創り上げた別人格の自分なんだろうと思うのだよ。 馬鹿にされてきて家族にも相手にされなかった自分の自己主張の姿が今の彼なんだろうと思うのだよ」
複雑な表情を浮かべているメイザースはどうして良いのか悩んでいた。
二重人格と呼ばれているほとんどの人がもう一人の自分にスイッチしている時の記憶がない。
アーサーきゅんにどう伝えるべきか。
実際アーサーの奇妙な葛藤を目撃している。
「ずっとこのままのアーサーさんなのでしょうか」
「それは、アーサーきゅん次第なのだよ。何かのきっかけにスイッチは入れ替わっているはずだからね」
「きっかけですか・・・」
メーディアはずっと同じ姿勢でメイザースを見ることなくおうむ返しで話を繋げている。
「おそらくではあるのですが、 強くなりたい守りたいと思った時だと思うのだよ。 そして、自分では無理だ・チカラが足りない・どうせ自分なんてと自分で自分を追い込んでしまって最終的にもう一人の自分にのみ込まれてスイッチを入れてしまうんではないかと思うのだよ」
メイザースは、ゆっくり応接間を目的もなく歩きながら落ち着かない心の拠り所を探していた。
「金色の瞳は関係あるのでしょうか? あれでは精霊さん達があまりにも可哀想でならないです」
顔を上げメイザースに訴えるメーディアの瞳が潤んでいる。
「使う人によると思うのだよ。 君は鳥籠の中ではあるが自由ではないか。この魔法も君との契約を繋ぎ止める為の最善の方法だと私は理解しているのだよ」
「私も感謝してます。円卓にまで選んで頂き更に魔女の契約をうまく切り抜ける方法をこのように配慮して頂いてシーサー様とメイザース様には感謝しきれません」
立ち上がると深々と頭を下げるメーディア。
「良いのだよ。私もメーディアちゃんには身の回りの世話などして頂いてもの凄く感謝しているのだよ。それと、こんな可愛い子と毎日一緒にいられるなんて幸せだよ私は」
不気味な笑みを浮かべてウインクするメイザース。
「・・・・・・」
★ ★ ★
「ふああ、退屈だな」
ベットの上で横になって大きなあくびをするアーサー。
部屋の隅に三人で小さく固まっている三人の精霊たち。
顔を強張らせて怯えているようにも見える。
「おい、リサこっちに来い」
「ーーはひぃ」
びっくりし過ぎて声が裏返るリサ。
「メイザースにアヴァロンにいつ行くのか聞いて来い」
「わ、 分かりました」
チラッと部屋の隅にいる二人に姿勢をおくった。
「あ? 何二人でこそこそやってるんだ」
リサの姿勢の先にいる二人が固まっているのが気に入らないのか二人を睨みつけるアーサー。
「こそこそなんてしてないの」
もじもじしながら顔に恐怖を浮かべているエルザ。
「誰に言い訳してる」
金色の瞳を細くして冷たい視線でエルザを突き刺すように睨む。
「ひいっ、ごめんなさいなの。 エルザが悪いの」
泣きそうになりながら頭を両手で抱え座り込むエルザ。
「エルザ」
隣にいるシルフィーが心配そうに宥めている。
「こっちに来いよ。お前ら」
二人は、アーサーを見つめているがその瞳は怯えている。
そして、二人ともガタガタと震えて動かない。
「ご主人様の言うことが聞けないのか」
ベットから起き上がり床に立つと上から目線で更に睨みを利かす。
「アーサー様、落ち着いて下さい」
隣にいたリサが二人に気を遣いアーサーを落ち着かせようとする。
「あ?お前まだそんなとこにいたのかよ!」
バチンとリサを平手打ちした。
リサは地面に吹き飛んで倒れ飲む。
「リサあああ」
「なの」
二人は慌ててリサに駆け寄る。
リサは頬を抑えて起き上がる。
「あんたなんて私の好きなアーサー様じゃない!!」
リサは涙をボロボロ流しながら叫んだ。
「りさ」
その言葉にエルザとシルフィーも涙を浮かべた。
「私たちの優しかった大好きだったアーサー様を返してよ」
リサは頬を赤く痛々しい顔をアーサーに見せながら立ち上がる。
「いつもどんな時も私のことを大事にしてくれたよ。 アーサー様なら絶対にこんなことしないもん」
涙が溢れ出し決壊したダムのように溢れて止まらない。
「あんたなんてアーサー様じゃない!!ニセモノよ」
リサの小さな体からは想像もしないような大きな声叫び声が屋敷に響いた。
「に、せ、も、の」
アーサーはその言葉にボーッと立ち止まる。
リサがアーサーに向かって飛んで行き思いっきり胸を叩く。
「アーサーを返してよ、返してよ、ねえ、返してよ」
泣き叫びながら何度も何度もアーサー叩く。
その姿を見てエルザ、シルフィーはわんわん泣いていた。
アーサーは、意識が飛んでベットに倒れこんだ。
* * * * * * * * * * * * *
真っ白な何もない世界。
「精霊を道具としか思っていないお前にはこいつらを愛せない」
「精霊は人間のために尽くす為にいる。それを自分の好きなように使って何が悪い」
「俺はこいつらをそんな風に一度だって思った事はない」
「お前のその甘さと弱さが招いたのが僕だ
ろ」
もう一人の自分は声を荒げて叫ぶ。
「俺はこいつらを一生守るって誓った。 俺しかこいつらを幸せに出来ない。 確かにチカラは劣るかもしれないけどそれを四人で助け合って乗り越えて行きたいんだ」
「考えが甘過ぎるよ。 現実を見てみろよ、自分が歩んできた道を。 魔法が使えないだけで虐められ家族からも無視され町を歩けば指をさされて来たじゃないか。チカラを求めて何が悪い」
「だからと言ってあいつらを道具として扱うなよ!あいつらは俺の一生のパートナーなんだ。楽しい時に一緒に笑って、嬉しい時に一緒に喜んで、悲しい時は一緒に泣いて 。俺はあいつらが何よりも大切に思っている大事な人なんだ」
同じカタチの二人が向かい合って怒鳴り合う。
ーー心の中の葛藤。
「馬鹿馬鹿しい、お前に体を返すつもりはない。消えろ! 誰も魔法の使えないお前なんて期待もしてないし居ないのと同じだろ」
「ニセモノ」
「あ? 何だって」
「お前は俺の中で創り上げられたニセモノだろ? 精霊たちが求めているのもお前じゃない」
「ニセモノだと・・・チカラがあるこの僕がニセモノだって? そんな訳ないだろ、ニセモノはお前だ」
動揺を顔に滲ませるパンドラ。
「お前が居たから俺はあの辛い日々を過ごして来れた。 確かにお前は俺だよ。けど、 お前は強がっているだけの本当の弱い俺かも知れない」
「違う、僕は弱くなんてない」
アーサーが歩み寄り肩を叩く。
「ありがとう、君がいたから僕は耐えられた。君の中に希望があったからーー」
パンドラは、涙を流した。
「本当は辛かった、誰かにすがりたかった。いつも孤独だった。 誰も見てくれなかった」
アーサーは、パンドラをジッと見つめている。
「僕は君の中に戻るよ。 今の君なら弱さを希望に変えられるかも知れない。 もし駄目な時はその時はまた君の体を貰うかも知れないよ」
アーサーとパンドラは抱き合うように一つになった。
真っ白な空間は眩しい光と共に消え去った。
* * * * * * * * * * * * *
「アーサー様、アーサー様」
リサがアーサーの上に乗っかり叫ぶ。
「りさがいっぱい叩くから倒れちゃったの」
ため息をつき呆れた表情を見せてるエルザ。
「違うわよ。 私が叩いたくらいじゃ何も変わらないわよ」
慌てて弁解するリサ、少しは原因があるのではと図星を突かれた。
「アーサー様怖かったけどアレはアレでワイルドだったかもですわね」
眼鏡を押しあてニヤッと笑うシルフィー。
リサとエルザは、えーっと否定的な声を出した。
「エルザは、優しいいつもアーサー様が好きなの」
いつものアーサーの顔を思い浮かべながら笑顔で話すエルザ。
「私も・・・いつも私たちの事を思っていて大切にしてくれるアーサー様が・・・好きです」
顔を赤くして下を向くリサ。ーーすると
「そんな風に思っていてくれたのか。嬉しいし照れるな」
ベットから起き上がるアーサー。
三人の精霊たちは一斉に部屋の隅に逃げ出す。
三人で固まり警戒する。
「大丈夫、大丈夫。 そんなにびくびくしなくても」
アーサーは、半笑いで困った表情を見せる。
「いつものアーサー様なの」
リサはアーサーの表情などを良く見る。
「あーさーさまああああ」
エルザが一目散にアーサーに抱きつく。
シルフィーも涙を浮かべ服を引っ張りながら笑顔を見せる。
リサは、まだ信じられないと言った表情で部屋の隅でふわふわと浮いている。
アーサーに平手打ちされた頬がズキズキと痛む。
「リサ、俺もお前らが大好きだよ」
アーサーがおいでと両手を広げた。
「はい! アーサー様大好き」
ーー 通じ合う心が闇を消す ーー
第3章の序章終了です。
次回よりアヴァロン魔法武道会編になります。




