PM22:00・崩壊へのカウントダウン
「ここは帝国の人間でもごく一部の人間だけが知っている秘密の抜け道だ。
ここならきっと助かる」
ロイはミレニアの手を引き薄暗い下水道を歩いている。
手に持っている松明の火だけが唯一周りを照らしている。
ミレニアは終始俯いている。
姉のエレンシアを見捨ててしまった事を未だに後悔しているのだろう。
後悔しても悔やみきれない。
助けてやれる方法はあったのでは無いだろうか。
この後自分だけ助かって、幸せに過ごすことなど出来るのだろうか。
ミレニアの目に自然と涙が溢れる。
「姉さん・・・」
「ーー後少しで出口だ」
ロイとミレニアは大きく口を開けた下水道の出口に真っ直ぐ向かったーーーー。
「ロイ・・・誰かいる」
薄暗くて前方がよく見えなかったが確かに人影がある。ーーそれも複数だ。
ロイにしがみ付くミレニア。
「フハハハハ、やはりここに来たか王子」
「ーーオドロフ」
出口を塞ぐようにして立っていたのはオドロフと帝国護衛の兵士たちだった。
「ここに入ればいずれあなたが来ると思っていましたよ」
「待ち伏せまでして私に何の用だ」
「ロイ王子、あなたに用はないんですよ。
後ろのお嬢ちゃんに用があるんです」
「ミレニアに・・・」
ロイはしがみ付くミレニアに目をやる。
酷く怯えた表情をしている。
「グリモワールですよ」
「姉さん?ーー姉さんは生きてるの?」
思わず大声で叫ぶミレニア。
「死?グリモワールを所持していて死ぬ訳が無い。世界最高の魔道書、悪魔・天使すら操る事が出来る選ばれた者でしか手にする事が出来ない禁断の書物ですよ」
「ーーそれとミレニアに何の関係があるんだ」
「あるんですよ!だからこっちは待っていたんだ」
「ーーーーっ」
「姉さん・・・ですね」
「その通り。
聞けばエレンシアは妹の言う事しか聞かないと言う。
グリモワールを扱うにはそこのお嬢ちゃんが必要なんだよ」
「お前らはまたセフィーナ姉妹を政治利用するつもりか!!
ミレニアはお前らに絶対渡さないからな!」
ロイは腰に刺してあった剣を抜く。
「ほう、今となっては命の保証まではしませんよ。あなたの父上のようにね」
「父上が・・・オドロフ貴様まさか」
ロイの顔が真っ青になる。
オドロフの口元がニヤける。
「オドロフ貴様あああぁぁぁぁ!!!」
ロイは真っ直ぐオドロフに向かって行くが行く手を帝国の衛兵に阻まれるが、次々に倒して行く。
ロイの剣術の指導者はロッシ・ロレッサだ。
ロッシは幼い頃からの親友だ。
毎日のように騎士の真似事をして遊んでいた。
ロッシの腕前はその辺の騎士より勝る。
「なっ、何!!これほどの剣術の腕前とは」
オドロフもここまでは想定していなかったようだ。
慌てて兵士を応援に呼ぶ。
「何人来ようが、私はミレニアを守る!
そして、父の仇をこの手でとる!!」
軽い身のこなしに素早い斬撃、まさに帝国騎士団の流儀の基本をしっかりと掴んでいた。
帝国の護衛兵では何人来ようがロイの敵では無かった。
集まった兵士たちにもその美しい剣さばきが自分たちとは別格なのが分かっていた。
ミレニアも剣術をするロイを初めて目にした。あの腰の低いロイがここまで強いとは思いもしなかった。
「な、何をしておる!たかが一人ではないかやってしまえ!!」
オドロフが叫んだのと同時に、帝国の護衛兵の背後からロイ目掛けて魔法が放たれる。
ロイは間一髪、魔法攻撃を避ける。
「ーー魔法」
ロイに緊張が走る。
魔法に対する防御策が何も無いのにくわえ、
後ろにはミレニアにもいる。
相手の狙いはミレニアの捕獲のはずだ。
万が一にも彼女を狙うことはないはず。
ロイは少しずつミレニアから間を取り自分だけを狙わせるようにした。
敵の魔法攻撃はやはりロイのみを狙って撃ってくる。
しかし、オドロフの様子が明らかにおかしい。
落ち着きがなく、まるでミレニアに当たったらどうするんだと言う様子だ。
そして、まさかの明らかにミレニアを狙った魔法が放たれる。
「なっーー」
意表を突かれ反応が遅れる。
ロイは懸命に走る。
ミレニアは悲鳴を上げてしゃがみ込む。
オドロフや帝国護衛兵も何が起こったのか分からずその場に固まっていた。
「ロイ・・・ロイ・・・」
しゃがみ込んだミレニアが目を開けた時に飛び込んで来たのは倒れたロイだった。
自分の体を犠牲にしてミレニアを敵の魔法から救ったのだった。
「ロイ目を開けて、ロイ・・・」
倒れたロイを抱きかかえるミレニア。
「おい!連れて来い」
オドロフが兵士に命令する。
兵士がミレニアの元に行き連行しようとするとーー、
「妹に触れるな!!」
下水道の暗闇から禍々しオーラを纏った少女が現れる。
一瞬でその場の雰囲気が凍りつく。
魔力が無い人間でも近寄ったら死を招く事が分かる。
「姉さん!!」
「ぐ、、グリモワールの少女」
「エ、エレンシア。
妹がどうなっても良いのか?
言うことをーーーー」
エレンシアが右手を翳すと、
一瞬にして電撃が走り、オドロフや帝国護衛兵士全員を消し炭に変えた。
「ひいいいい」
ミレニアを拘束していた兵士が走り去るが、
容赦無くエレンシアの電撃の魔法が発動し逃げ去ろうとしていた兵士を跡形も無く消し去る。
「姉さん・・・」
突き刺すような冷ややかな視線で見つめるエレンシア。
ゆっくりとミレニアに近づく。
小さくなり身構えるミレニア。
「良かった無事で心配したわ」
ぽんぽんと頭を撫でるエレンシア。
「姉さん・・・ごめんなさい。
私は姉さんを見捨ててーー」
エレンシアは首を横に振りながら、
「私はあの時間自室にはいなかったのよ。
アイツに呼ばれて別の場所にいたから」
「え?」
一瞬寒気が走ったが、「それよりも」と、
ミレニアはすがる思いでエレンシアにしがみ付く。
「姉さん一生のお願いです。
どうか、どうかロイを助けてください。
お願いします」
涙ながらにエレンシアに土下座しお願いするミレニア。
エレンシアはチラっとロイを見つめ、
「それは無理な願いよ」
「何で?そんなに私とロイの仲が気に入らなかったの。
姉さんを嫌いになったわけじゃ無いわ。
姉さんの事は世界一大好きよ。
嘘じゃないわ。
けど、けど私はロイを愛してるのだからーー」
泣きながら必死に叫ぶミレニアを抱きしめて、
「ミレニア、無理なものは無理なのよ。
私は怪我をした人は治せても亡くなった人を生き返らせる事は出来ないのよ」
その言葉にミレニアは力を失う。
エレンシアは二人が恋愛しているのを知っていた。自分はもうこの身体で二度と恋愛など出来ないと思っていたので誰よりも二人の事を影ながら応援していた。
ロイという男もミレニアを大事にしてくれる心優しい人間だと分かっていた。
「ミレニア、私がもっと早くこの場に来ていれば・・・ごめんね」
「姉さん・・・姉さん」
エレンシアはミレニアをぎゅっと抱きしめた。
コツコツ
下水道に靴音が響く。
エレンシアは靴音の方に顔を向ける。
「ーー来たか」
「やあ、終わったかい?」
「ああ。お前が想定していた時間よりずいぶんと早く事が起こり過ぎていたのだが、
どういう事だ、ローゼンクロイツ」
ローゼンクロイツという言葉にビクッと反応するミレニア。
「いやー、邪魔が入ってるらしくて想定より早めに突入させちゃいました」
舌を出し馬鹿にするような態度をとる。
「お前のいい加減な情報や作戦のおかげで妹の大事な人がーーっ!!」
エレンシアの左手に持つグリモワールが輝き出す。
「おやおや、約束が違いますよ」
ローゼンクロイツは平然とエレンシアに近付き、
「約束通りこれは返却して下さいね」
誰も彼女から奪うことの出来なかったグリモワールをいとも容易く彼女の手から奪い取った。
ーーその瞬間、
「あっ・・・」
エレンシアの中の心の闇が消え去り、
今までに無い清々しい気持ちが戻ってきた。
小さな少女の姿から徐々に姿が大きくなりミレニアと変わらない女性へと体が変化した。
「ね、姉さん?大丈夫」
ミレニアも驚きな光景だった。
小さな少女のエレンシアが普通の女性に目の前で変化したのだ。
「やっと、やっと呪縛から解放されたのね」
急に体が大きくなった為、服が破れ裸のエレンシアは目から涙を流しながら長かったグリモワールという悪夢から目覚めることが出来たのだ。
「あなたには感謝してますよ。
良いデータが取れましたからね」
交わる事のなかった二冊の禁断の魔導書を手にしローゼンクロイツは闇に消えたーー。
☆ ☆ ☆
そこには、瓦礫の山と今尚燃え広がる炎と煙だけがあった。
ミランダ、リリス、リンスレットが帝国領土に到着したが余りの悲痛な光景に言葉を失う。
「ひ、酷い・・・」
リンスレットは胸を痛める。
「ホーエンハイムの時以上の被害ですね」
リリスが哀れむ表情を見せる。
ミランダは暫くその場の光景を見つめたが、すぐさま火の手の上がる市街地に行こうとする、
「ーーどこに行こうというのですか?」
リンスレットがミランダの手を引く。
ミランダはリンスレットを睨みつけるとその手を振り払う。
「決まってるでしょ!
アーサーや精霊たちのところよ」
「この状況では無理です、危険です。
それにまだ敵が徘徊してます」
「なら尚更、助けに行かなきゃ」
再び市街地に歩き出すミランダに、
「ミランダいい加減にしなさいよ。
あんたが行って何が出来るのよ。
他の円卓の連中が防ぐ事が出来なかったのよ。あんたが一人行ったところで死体が一つ増えるだけだわ」
リリスの毒舌が発揮される。
ミランダはカチンと頭に来てリリスに詰め寄る。
ーーその時、
東側の上空が明るく輝く。
その光の中より天使が舞い降りる。
ミランダ、リリス、リンスレットはその余りの美しさに見惚れる。
ただし、天使には片羽しかない。
「きれい・・・」
リンスレットがそう思ったのも束の間。
少し離れた帝国市街地にいるのに伝わる次元を超えた魔力。
遭遇していないのに全身が震える。
獣車のティーガーは怯えてその場から動けないでいた。
「ヤバイ、ヤバイよ」
リリスは取っ組み合いをしようとしていたミランダに抱きつく。
「ええ、この世のモノとは思えないわ」
ミランダも自然とリリスに抱きついていた。
「あんな魔力をずっと感じていたらおかしくなってしまいます。
色々言ってられません。撤退です!!」
リンスレットの言葉に他の二人も頷く。
怯える獣車のティーガーを宥めていると、
帝国市街地の西側から二人の人影がこちらに向かって歩いて来る。
身構えるミランダ、リリス、リンスレット。
二人の人影もこちらを警戒していたが、
一人は裸に近い格好をしていた。
リンスレットが直ぐ様駆け寄る。
「あなた達は帝国の国民かしら?」
「はい・・・私はメイドをしておりました」
女性二人のうちの一人が丁寧に答える。
受け答えがとても上品だ。
裸に近い格好の子にリンスレットのアヴァロンの騎士のマントを貸してあげた。
「私たちはアヴァロンから国民の避難を任されていたの」
リンスレットが丁寧に説明をしていると、
「リンスレット、時間がないわよ」
焦るミランダ。
「一匹動ける奴がいるわ。
そこの馬車の荷車をティーガーに繋いで逃げましょう」
リリスが指差す方向に運良く市街地の手前に荷車が置き去りにされていた。
ティーガーに荷車を繋ぎその場を離れるミランダ達と女性二人。
小さくなって行く燃え盛る帝国を見ながら、
ティーガーは警戒に走り去って行く。
カッ
一瞬光ったと思った瞬間。
振動と衝撃が襲う。
ティーガーと荷車ごと吹き飛ばされる。
記憶はそこで途絶えたーーーー。
ーー 23:00 ーー




