秘密の散歩
その男は挙動不審だった。
先ほどから同じ行動を無限に繰り返している。
何と言っても落ち着きが無い。
息が荒い。
無駄に汗をかいている。
周りから見たらただのヤバイ奴だ。
心臓をバクバクさせながら巨大な柱の影からそーっと覗いてはまた隠れる。
額に汗を滲ませ胸に手を当てて、ハアハアと息を荒くしている。
この男の視線の先には二人の女性がいる。
一人は小柄な少女。もう一人はメイド服を着た女性。二人は姉妹のようだ。
「ミレニア、またあの男がコソコソとこちらをストーカーしているわよ」
「はい、お姉様」
「相手をしなくていいの?」
「お姉様を無事にお部屋までご案内したらお話させて頂きますわ」
「別に私は一人で平気よ。あなたも大変ね、あんな気持ち悪い男に纏わり付かれて」
「そ、、そんな気持ち悪いだなんて」
少女の名前はエレンシア・セフィーナ。
世界で数冊しかない魔導書グリモワールを扱える貴重な存在だ。
この見た目で歳は二十歳を超えている。
彼女の隣でメイド服を着た女性は、エレンシアの妹ミレニア。歳は十八歳でぱっと見はミレニアのがお姉さんに見える。
エレンシアは極度の人間不振の為、ミレニア以外の人間には心を開いていない。そのためミレニアはエレンシアのお世話係をしているのだ。
「ーーくれぐれもあの気持ち悪い男には気をつけるのよ。もし何かあったら姉さんがあの男を消してあげるわ」
冗談には聞こえない声と表情に、
「だ、大丈夫よ。それに・・・全然気持ち悪くなんて・・・ないし」
最後はエレンシアには聞こえるか聞こえないか位の小声で答えた。
「ふーーんっ」と、ミレニアの顔を見て鼻で笑って扉を閉めたエレンシアだった。
☆
「み、み、み、ミレニア」
「ロイ・・・」
その声にパッと振り返るミレニア。
二人は笑顔を浮かべる。
この挙動不審の不審者男はこの帝国ハロルド三世の息子で王子のロイ・ハロルドだ。
金髪の髪を短く切り揃えている。清潔感のある正装を着込んでいるがそれが似合っている為嫌らしくない。
何と言っても風貌とその控えめな性格が王子らしくないのだ。
「お姉様は大丈夫かい?もう仕事は済んだのかい」
「ええ、大丈夫よ。今から夕食までは時間があるわ」
「そ、そ、そうか・・・じゃあその、一緒に」
ロイがもじもじと言葉を濁していると、
「もうっ」と、ミレニアが手を握り
「散歩に行きましょうよ王子様」
ミレニアが顔を膨らませて手を引っ張った。
「ごめんよ。それに、王子様は勘弁してくれよ」
ミレニア初めて会った時からずっと変わらないロイの控えめな性格が大好きだった。
最初はロイが王子だとは分からなかった。
普通のお城で働くお兄さんだとばかり思って接していた位だった。
☆ ☆ ☆
ーー今から1年程前ーー
「ロイなんて呼び捨てにしてしまい申し訳ございませんでした。何とお詫びしてよいのか」
「い、嫌全然構わないよ。僕なんか王子だなんて名乗るほどの人間ではないから」
「そんな事ないです。ロイ様は穏やかで優しくて誰にでも優しい。凄く立派な人です」
ミレニアは顔を真っ赤にしていた。
まるで告白みたいだなっと、心で思っていた。
その言葉を聞いてロイもまた顔を紅く染めていた。
「ありがとう。そう言ってもらえるのは凄く嬉しいよ」
しかし、声のトーンは一気に下がり表情は暗くなった。
「僕なんか王子の資格は無いよ。周りからは駄目王子と言われているのは知っている。父が亡くなったらこの国は終わりだとか、僕が王になったら国が滅びるとか影で言われてる。僕自身もそう思うよ。
そもそも王子に生まれたくて生まれた訳じゃないんだ。普通の子に生まれて普通に生活したかった。
他人の目ばかり気にして生きるのはもう辛いんだ」
初めてロイの本音を聞けた気がした。
今まで愚痴一つ、他人の悪口一つ聞いたことのないロイからは想像もしなかった言葉だった。
ミレニアはこの瞬間初めてロイが自分に心を開いてくれたんだと思った。
同時にミレニアには恋愛感情も芽生えたのだった。
「ロイ、私の前ではそんなに気を張らなくていいのよ。ありのままのあなたでいて」
ロイを抱き締めるミレニア。
「ミレニア・・・ありがとう」
ロイの目から一筋の雫が溢れた。
☆
二人は一応、人の目を気にして余り目立たない場所を選んで散歩などをしていた。
ロイは騎士団や王や国民の目を。
ミレニアは姉、エレンシアの目を気にしていた。
ロイは身分差をわきまえろとミレニアが傷付くことを恐れていた。
例えそうなったら王子の座など棄ててこの国からミレニアと出て行く覚悟はとっくに出来ていた。
ミレニアは姉エレンシアが嫉妬しないかと怯えていた。そんな事はないとは思っているが、万が一でもそんな事になればロイが姉の力で消されてしまうんじゃないかと怯えているのだった。
お互いがお互いを心配するあまり、自然と誰もいないようなひっそりした場所で会うようになっていた。
特に何をする訳でもなく、何を話す訳でもない。
ただ、ただ二人手を握り一緒にいれるだけで幸せだった。
この時間が永遠に続けば良いと何度願っただろうか。
「もう夕暮れ・・・」
「何で二人でいる時間はこんなに早いんだろうな」
「このままずっと二人でいられたらいいのに」
「ミレニア・・・」
ロイはミレニアを抱きしめた。
「二人でこの国を棄ててどこか誰も知らない場所で一緒に暮そう」
「ロイ・・・」
嬉しさに自然と涙が溢れでてくるミレニア。
一番言って欲しい人に言ってもらえた言葉。
ーーしかし、無情にも鳴り響く鐘の音。
「ヤバイ!姉様の夕食の時間」
「ああ、急いで戻ろう」
現実に引き戻される瞬間だった。
ミレニアは姉エレンシアの事も大好きだった。だから決して姉がいるからロイと一緒になれないとは言った事は一回も無い。
逆に姉がいたからこそロイに巡り会えたと思っている。
ミレニアが本当に恨んでいるのは姉を呪ったグリモワールだ。
この禁断の書物が無ければこの悲劇から解放されるのにと心の中で思っているのだった。




