精霊ミリア物語⑩
ミリアと出会ってから数ヶ月ーー、
ヴィルとミリアのコンビは帝国でも噂になっていた。
天才騎士ヴィル・クランツェが悪魔に成り下がった精霊を連れていると。
契約できる訳でもない、何のメリットも無い精霊をなぜ連れているのか皆理解出来なかった。
「ヴィル、私一緒にいたら迷惑じゃない?」
「なぜだ?」
「私はヴィルの為に何も出来ないよ。魔力も全部無くなっちゃったから」
「何かの見返りの為にお前といる訳じゃない」
「じゃあ・・・なんの・・・ため?」
少し顔を赤く染めヴィルを見つめるミリア、
「一緒にいるのに理由は必要か?」
「必要でしょー!!もーーヴィルは女心が分かんないかなあ!」
こんなやり取りを一日中繰り返しているヴィルとミリア。ヴィルは大きな闇を抱えている。その闇が完全に侵食するのをミリアが抑えてくれていると実感していた。
そんなある日、遂にミリアの烙印に関する有力な情報を手に入れたのだったーー。
☆ ☆ ☆
「これは、これは勇騎士さんがわざわざこんなチンケなところにようこそ」
「ヴィル誰?」
「クリスチャン・ローゼンクロイツ。円卓の魔導師だよ」
『クリスチャン・ローゼンクロイツ』この名前を魔法が使える者なら一度は耳にした事があるに違いない。
稀代の天才と呼ばれ、円卓の魔道士にも選ばれた今世紀最高の魔道士だ。
数々の名だたる称号を得てきたのにも関わらず突如として表舞台から姿を消した。
その後、福音の会を設立した。
福音の会は黒魔術・秘術・禁呪・悪魔召喚なんど一般的には禁止されている魔法を魔法省の許可なく使用しているが何のペナルティーもなく未だに福音の会は活動している。その背景には、ローゼンクロイツが世界財団との繋がりがあるということだ。実際、禁止魔法を無許可でおこなっても注意すらない事や円卓の魔道士が失踪しても世界新聞社が動かない事など不自然な点が多い。
福音の会は表向きは魔法研究などといい秘密結社アルファに対抗しているが実際はどんな活動をしているか不明である。
そもそも、クリスチャン・ローゼンクロイツ自体がどこで生まれどこで育ってきたのか不明なのである。
「ハハハ、元ですよ元。今はただのニートですよ」
「稀代の天才と呼ばれ、魔導師達に一目置かれた存在だったのに突如として表舞台から姿を消したんだ」
「人との付き合いに疲れてしまいましてねえ。--ところでその子の契約は自己流です?」
ポケットから取り出した虫眼鏡のような物でミリアを覗き込む。
「えっ?」
「ああ・・・」
「ふーん。なかなか大したもんですね、自己流にしては素晴らしい契約ですね。悪魔を手名付けるなんて普通では考えられないですねえ」
「ヴィルと私の契約って?」
「あら、説明してないんです? あなたが勇騎士さんに敵対心や反撃した瞬間にあなたはこの世から消滅します。その代わりにあなたの理性や自我が保証されているのです。あなたのことを勇騎士さんは相当信頼しているということですね」
「ヴィルが私を--」
思いもよらぬ言葉にミリアはヴィルを見つめてた。自分のことをそんな風に思ってくれていたなんて全然知らなかった。
「ーーそれでこんなところまで来たのはなぜです? 勇騎士さんが大事そうに手に持っている危ない物が気になりますが」
舌をぺろっと出してヴィルに反応を伺う。
「悪魔の血の烙印を消す方法を教えてくれ」
ミリアは目を丸くした。
ローゼンクロイツはニヤリとまるで分かっていたような表情を見せてた。
「ふふん、なるほどね。相当小悪魔ちゃんが気に入ってらっしゃるのね。私の依頼料は高いですよ」
いやらしい笑みを浮かべて人差し指を立てるローゼンクロイツ。
「分かっている。だからコレを持って来たんだ」
ローゼンクロイツはやはりといった感じで口もとを緩める。
「開けてみて宜しいです?」
ヴィルは無言で頷くとミリアを自分の近くに引き寄せた。
「えっ、えっ、何ヴィル?」
「君には刺激が強すぎる僕の近くで身を隠せ」
ローゼンクロイツは布に包まれた物を開けると、
「六星の封印式にさらに御朱印式の封・・・かなり厳重に封印しているのにこれだけの魔力が漏れ出している」
「グリモワールだ」
「--やはりそうですか。こんな素敵なもの頂いて宜しいのでしょうか?」
「僕には扱えない品物なんでね。それよりもこの子の悪魔の血の烙印を消して元の精霊に戻してくれ」
「ククク、確かに依頼料頂きました。私にお任せ下さい、すぐに消してみせますよ」
「ヴィル・・・何で」
ミリアは嬉しくて嬉しくて決してもう元には戻れないと思っていたから。諦めていたから溢れ出す涙を止めることは出来なかった。
「僕のために働いて利用させてもらうだけだ。深い理由なんてない」
ヴィルは表情を変えずに答えた。
「ーーところでこのグリモワールどこで?」
「ああ、ある国を攻めた時に見つけたんだ。余りにそこを必死で守っていたんでね、何かあるとは思っていたんだけど・・・」
「ほう、それはそれは」
「ーーそれに、グリモワールは帝国にもあるからね」
「ーーーー」
ローゼンクロイツは不敵な笑みを浮かべた。
「ーーでは、この魔法陣の上に立って」
床に複雑な紋様が描かれた魔法陣の上にミリアが乗った。
「これは禁呪の一種に値する魔法でね、他言無用でお願いしたいですね」
「ヴィ、ヴィル大丈夫かな?」
「腕だけは確かだ。心配するな」
「悪魔の血の烙印を消す。精霊を聖なる血としたら悪魔は邪悪な血。それを聖なる血だけに浄化すればいいのです」
ローゼンクロイツは呪文をぶつぶつと唱えながら両手を魔法陣に向かって構える。
「血の巡りをさまよう悲しきものよ、歪みし哀れなる者よ。我の浄化の力持て、世界と世界を結ぶ道、歩みて永久に帰り行け」
ローゼンクロイツの両手が光輝くと同時に魔法陣から光の柱が現れミリアが包み込まれる。ミリアは目を閉じるーー体の中から悪い気が抜けていくようにミリアの表情が穏やかになっていく。
「クリアランス」
その言葉と共に、ミリアの体が浮かび上がり眩い光に包まれる。黒い闇のドレスから精霊のメイド服に服装が変化して行く。さらに、顔色にも変化があった目の下のくまがなくなり青白い肌の色は元の赤みがかった肌色に変わった。
眩い光が砕け散ると、目を開き精霊に戻ったミリアが姿を現した。
「生まれ変わったような気分です」
「ククク、終了です。ご利用は計画的に」
「感謝する」
「ーーヴィル」
照れ臭そうにヴィルを見つめるミリア。
「・・・元に戻れて良かったな」
表情を変えずに言うヴィルに、
「あの、その・・・契約してよ。その為に私を精霊にしたんでしょ?」
「そうだったな」
ヴィルはミリアに歩み寄る。
「ヴィル・・・」
ふわふわ浮いてるミリアの口元にそっと顔を寄せるヴィル。
「ーーん、」
唇と唇がかなりミリアは再び輝く。
初めてのキス、こんなにドキドキしたの初めて。
ヴィルの前で一回転してスカートの両端の裾を両手で摘みあげた。
「ヴィル様、大地の精霊ミリアです。あなたのことを一生御守りいたします」
「ああ、宜しく頼むミリア」
「はい、ヴィル様」
ミリアは涙を流しながら満遍な笑顔をヴィルに見せた。
ミリアはこの日誓った。
この人に全てを捧げ、一生御守り抜く事をそして一生愛することを。
「ヴィル様、私を助けてくれてありがとう。そして、私を選んでくれてありがとう」
ーー 精霊ミリア物語 完 ーー
精霊ミリア物語は第2章の光の精霊編を読んでいただくとより楽しめると思います。
いつもご愛読ありがとうございます。




