9話
その日アリシアは久しぶりに首都オルカーに戻り、お茶会に出席していた。そこには偶然にもミリーも居合わせていた。
「ミリー様、キルス領では羊の生産を進めていくことになりましたわ。もちろん高品質な羊です」
「アリシア様おめでとうございます。私で役に立てることがありましたら、是非おっしゃってくださいね」
アリシアが牧場で羊の生産を開始することを告げると、ミリーは自分のことのように喜んでくれた。
――ミリー様って、やっぱり性格は憎めないのよね
「えぇ、これからもよろしくね」
――なんだか、最近ウィルキス様以上にミリー様と仲が良くなってきてしまったわ。大丈夫かしら、私。
ミリーに羊の生産について話をした翌日、アリシアは今度はバーグ公爵家へと訪問していた。
「ごきげんよう、ウィルキス様」
「ひさしぶりだね、アリシア様。最近ミリー様と仲が良いみたいだけど」
「あら、ミリー様に聞いたのかしら。ウィルキス様にお会いしたいと思い、今日は伺ったのですわ」
「それは光栄だね」
相変わらずほとんど笑顔を浮かべないウィルキスに、アリシアは苦笑してしまった。
――ウィルキス様に認めてもらうにはまだまだみたいね
首都オルカーで一通り知り合いへの訪問を済ませると、アリシアはエナと次の作戦会議をすることにした。
「エナ、牧場の経営についてはスタートしたから、しばらくはハイドさんたちに任せるとして、次は国への貢献ね。」
「ウィルキス様の役に立つスキル、ということですね」
「そうよ」
「アリシア様、やはり情報も大事かと思います」
「確かに、情報を制する者は、というのは世の中の常識よね。以前、ミリー様がマール国の鉱山の採掘量が減っている、という話を持ってきた時、ウィルキス様は助かった、とおっしゃっていたわ」
「それは、かなり貴重な情報ですね」
「そうね……どうやらその情報は商工会というところから得たものらしいわ」
「商工会ですか」
「そうよ、エナは詳しく知っているの?」
「はい。商人が所属する組織です。大きな店であればほぼ確実に参加しているはずです。商人同士で情報交換をしたり、時には助け合ったり、各国に必ずある組織ですね」
「エナ、詳しいのね。ありがとう……そう……貴族間の情報であれば公爵家であるウィルキス様に確実に入るわ。ここは私が強化したところであまりウィルキス様のお役に立てるとは思えない。むしろ、貴族がまだ知りえない、商人や市民からの情報を拾えたら、ウィルキス様に役に立つのではないかしら」
「そうですね。それはかなり価値が高いと思います。特に商人は内輪の情報はなかなか外には漏らさないですからね」
「そうよね。なんとか内側に入る必要があるわね」
「はい」
「何かいい方法はあるかしら?」
「商工会でしたら、アリシア様ご自身が商売をされ、商工会に入ることもできます。しかし、やはり貴族ということでなかなかすぐに打ち解けてもらえるのは難しいと思います」
「そう……」
「アリシア様、他にも考えられる手段がございます。大物の商人と手を組む、という方法もございます」
「どういうこと?」
「先日、アリシア様はウィッグを買われましたよね」
「そうね……結構この髪の色も気に入ってきているのよ。慣れって怖いわ」
「アリシア様がウィッグを付けたことで、ベール商店のウィッグが飛ぶように売れたそうです。先日屋敷に来た仕立て屋が申しておりました」
「そう、それは良かったわ」
「あの仕立て屋と組んだらいかがでしょう」
「え?」
「あの仕立て屋、ベール商店はオルカンド王国でも五本の指に入る商人です。ベール商店の商品をアリシア様が身に着け人気になれば、商店の売り上げは上がります」
「広告塔になる、ということね」
「おっしゃる通りです」
「そうね、私が気に入ったものであれば、身に着けるのは嫌ではないわね」
「では、さっそく明日出かけられますか?」
エナの言葉にアリシアはつい笑ってしまった。
「ふふふ。エナ、本当に私の事わかっているわね。そうね、鉄は熱いうちに打て、というわ。さっそく明日ベール商店へ行きましょう」
「かしこまりました。そろそろウィッグの替えも一つ用意した方がよろしいかと」
「そ、そうね、それも買いましょう……ひとまず、ここで今日の作戦会議は終わりよ。外が暗くなってきたわ」
「そうですね、アリシア様のお腹も先ほど鳴っていましたし」
「エナ!……聞こえてたのね……」
「それでは、お食事を用意いたします」
そう言うとエナは颯爽と扉から出て行った。
アリシアはエナを見送りながら、また一歩、自分の明るい未来へ進んだことに、充足感を感じていた。
――それでも不思議とお腹はすくのよね