7話
アリシアは頻繁にミリーと手紙のやり取りをしながら、キルス領にある牧場で実践を開始することにした。アリシアの実家であるキルス伯爵家でも、もちろん牧場は持っている。
アリシアはさっそくエナと牧場の方針について話し合いをした。
「高品質、できれば高価格、の商品ということで、まずは動物を絞ろうと思うわ」
「絞るのですか?」
「そうよ。当家の牧場は、正直言って今のところこれと言った特徴はないわ。お父様も牧場経営にはあまり力を入れていなかったから。可もなく不可もなく、普通の品質の牛、馬、豚、鳥を生産しているだけだわ」
「そうですね」
「ミリー様の話では、品質を良くしていくためには日々改良を加える必要があるし、手間もかかるということよね。幅広く中途半端に行うよりもどれかに集中した方が良いわ」
アリシアの言葉にエナは納得したように頷く。
「では、どういたしましょうか」
「そうね、とは言っても牧場を大改革して一種類の動物のみにするには、あまりにもリスクが高いわ。今までの取引先との兼ね合いもあるし。お父様は私の好きなようにやりなさいと言ってくれているけど、失敗はできるかぎりしたくないわ。働いている者の生活もあるのだから」
「そうですね」
「だから、30%から始めるわ。既存の方法での牧場経営を70%残し、ここは今までの従業員にそのままのやり方でお願いするつもりよ。そして、30%は新しいやり方を取り入れ、私はそれに集中するわ」
「30%とは結構大きいですね」
「そうでもないのよ、お父様があまり牧場経営に力を入れていないから、我が家の牧場はコーエン伯爵家に比べたら、大した大きさではないのですもの」
「確かに比べてみるとそうですね。では、具体的にどの動物にしましょうか。何を基準に選ぶのですか?」
「そこが肝心なのよ。私は動物に詳しいわけでもないから、結局は専門家にほとんど任せることになるわ。だから、私はどの動物にするか、自分では決めないわ」
「どういうことでしょうか」
エナは無表情ながらも首を少しかしげている。相変わらずエナは表情よりも動作に感情が現れるようだった。
「自分ならば誰にもまねできないような高品質な動物の育成ができる、というものを町で公募するわ」
「公募、ですか?」
「そうよ。今はコーエン伯爵家以外、高品質な動物に力を入れている貴族はいないと思うの。高品質なものを作ろうとすると、かならずコストがかかるわ。たいていの経営者は余計なコストをかかるのを嫌がるわね。でも、もしそこに、自分の好きなように飼育していい、多少コストが高くても目をつむる、最高の動物を育てなさい、という公募があったらどう?」
「それは、腕に自信のある者にはうれしいことだと思います」
「そうなのよ。たくさん来てもらう必要はないわ。責任者にふさわしい人物を3人。いえ、最初は1人でもいいの。来てもらって、任せることにするわ」
「良いアイデアだと思います」
「ありがとう、エナ。ではさっそく公募の準備よ!」
3日間、アリシアはエナと知恵を絞り、公募の紙を作成した。
完成した公募の紙にはエナの字で、こう書かれていた。
“求む!
動物の飼育・育成方法に熟知した者
オルカンド王国一の馬、牛、豚、鳥、羊などを育てる意欲のある者
動物の種類は考慮可
完全報酬歩合制
出自は問わず
ただし、15歳以上の動物飼育の経験者のみとする
――我こそはという方はキルス伯爵家まで“
アリシアはキルス領の大きな町の酒場、商店に公募の紙を貼るように手配をした。
「さて、これでいいわね。後は応募者が来たら面接をするわ。もちろん最終面接は私よ」
「良い方が集まるといいですね」
「そうね、そう願ってるわ」
アリシアは心の底からそう願い、大きく頷いた。
「ところでアリシア様、完全報酬歩合制にしたのには理由があるのですか?金に糸目をつけずに最高級のものを育てるのですよね?」
「そうね。これはお父様と相談して決めたの。公募の段階である程度人を絞りたいのよ。今回は出自不問にしたから面接者がたくさん来すぎても困るわ。完全報酬歩合制にすると、基本的にはやる気のない者、自信のない者は来ないわ。だって、失敗したらお金をもらえないんですもの。」
「そうですね」
「それと、安定を求めすぎている者も来ないわ」
「それはどういうことでしょう」
「伯爵家の求人は、唯でさえ安定を求める者にとっては魅力的よ。更に固定給が約束されていると現状維持でも最低限のお金はもらえる、ということよね。私は採用する者には常に品質が向上するための努力をしてほしいの。もちろんそれに見合った報酬も用意するつもりよ。実は、あの紙には書いていないけれども、実際に品質が高くなった場合には生産責任者の名前を付けたブランド名で販売することも考えているのよ。」
「え?」
「そうすれば、責任者は売れるたびに一定額のお金をもらえるばかりか、評判になれば責任者の名誉も上がるわ。でもこれは私が採用する、と決めた人にだけ伝えるつもり。」
アリシアはエナに話しながら自分がわくわくしていた。