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6話

「それでは、まずはウィルキス様が結婚相手に何を求めているか、ということを考えましょう」

「はい」

「ウィルキス様が将来担うのは、公爵領の運営、そして国への貢献。この二つよね。将来ウィルキス様の隣に立つには、この二つについてサポートできる必要があると思うの」

「そうですね。ウィルキス様は仕事が大変お好きなようですから」

「エナ、今、仕事バカって聞こえたわよ」

「失礼いたしました」

「ふふふ。いいわ。まず、公爵領の運営についてね。……そういえばウィルキス様はミリー様との話の中で、軍馬の生産に力を入れる、という話をしていたわ。良い軍馬を増やすことは国や領地の軍事力の底上げにもなるってことよね」

「そうですね。将来的には国へ献上するだけではなく、他貴族の領地や他国への輸出も考えてらっしゃるのかもしれません」

「エナ、賢いわね。では、これについては牧場の見学に行きましょう。牧場経営について学ぶことがウィルキス様のお役に立つはずよ」

「そうですね」




 一週間後、アリシアはエナを伴いコーエン伯爵家を訪れていた。

「ミリー様、ごきげんよう。本日はわがままを聞いていただき、ありがとうございます」

「アリシア様、わざわざこのようなところにようこそお越しくださいました。」

 そう、アリシアが訪れた場所は、ミリーの実家であるコーエン伯爵家の牧場だったのだ。

「アリシア様、まずはこちらで服と靴を着替えていただきますが、よろしいでしょうか。それと、ウィッグですが牛や馬が食べてしまうと困るのではずしていただけますか」

「わかったわ」

 アリシアはミリーに言われた通り、伯爵家の控室で服を着替え、ウィッグをはずす。ミリーに渡された服は、上下青の地味な作業着だった。そして足元には白い長靴。

「こんな服初めてだわ……どうかしら?エナ」

「お似合いです」

「……服が似合ってると言われてうれしくなかったのは初めてよ」

「失礼いたしました」

「まぁいいわ。さっそく行きましょう」


 アリシアだけでなくエナも同じ作業着に着替えしばらくすると、まったく同じ格好をしたミリーが現れた。

――ミリー様、正直ドレスよりも作業着の方がよっぽど似合ってるわ

 アリシアはミリーに失礼だとは思ったものの、そう思わずにはいられなかった。

 横でひそかにエナも頷いていた。


「アリシア様、ひとつよろしいでしょうか」

「どうしたの?エナ」

ミリーに案内されていたアリシアとエナだったが、ミリーが少しその場を離れたすきに、エナがアリシアに問いかけてきた。

「どうしてコーエン伯爵家の牧場に見学にいらっしゃったのですか?」

「あら、だってこの国で最近牧場経営で目を見張る成果を出しているのは、ミリー様のところですもの。ミリー様がライバルだからって、そんなこと気にしている場合じゃないわ」

「そうですか」

「そうよ!学ぶときは最高級のレベルのものを学ぶことが、早く上達する秘訣よ。」

「流石です。アリシア様。……今まで失礼いたしました。」

「エナったら、私をちょっと見くびっていたわね。……大丈夫よ、お父様の受け売りよ。本当は、ミリー様のところで学ぶなんて、悔しくてしょうがないわ。でも、ウィルキス様に婚約解消されないためには、やはり時間を惜しんでいる場合ではないと思ったのよ」

 

 アリシアは自分の目的のため、自分のプライドを捨てようと思っていた。もちろん簡単には捨てられない。しかし、一度はウィルキスとミリーによってプライドがずたずたになったのだ。向こうからすれば勝手に、ということだろうが、それでもアリシアが傷ついたのは事実だった。

「この件に関しては、プライドが傷つくと言ってもたもたしている場合じゃないわ」

 アリシアはエナとそして自分に対して言った。


 

 コーエン伯爵家の牧場はアリシアが知っているものとは全く違っていた。馬や牛、豚など種類も豊富であるが、まず牧場の広さが広大だった。そして、大きな特徴は放し飼い。通常、一頭当たりの面積が狭い方が効率の良い経営になる、と思われがちである。しかし、コーエン伯爵家ではその逆を行き、一頭当たりの面積は他家の牧場の3倍以上取っている、ということだった。これにより動物たちのストレスが減り、品質が上がるのだとか。

 また、自然の牧草のみで飼育されたグラスフェッドビーフを生産するなど、一部の美食家向けの高品質な商品も生産していた。

「すばらしいわ」

「ありがとうございます」

「高品質なものを高価格で提供することを意識されているのね」

「そうですね。そのあたりはバランスが大事だとは思いますが、高品質なものは高価格でも欲しいとおっしゃる方が必ずいらっしゃいます。そして、そういう方々は品質に満足していただければ、何度も購入していただける常連様になっていただけるのです」

「そう……すばらしい考え方だわ」

「ありがとうございます。高品質の商品の生産は少しずつ始めたのですが、徐々に口コミで広がりまして、今ではかなりの割合を高価格商品が占めています」

「そうなの……これは他の商いにも応用できるわね」

「そうですね」

「……それにしても、こんなに私に見せてしまっても大丈夫なの?」

「えぇ、アリシア様はウィルキス様の婚約者様でいらっしゃるし、表裏のない方、と伺っていますので」

――いい子じゃない。

 アリシアはミリーに褒められてまんざらでもない気持ちになっていた。すると横からくすりと小さな笑い声が聞こえた。

「ふふふ。本当は、すぐにはまねできないから、というのもあります」

「あら、持ち上げてくるからいい子だと思ったけど、そういうことなのね」

「申し訳ありません」

 ミリーはいたずらが成功した時の子供のような顔をしたかと思うと、無邪気な笑顔を向けてきた。

「こういう経営手法には時間がかかる、ということね」

「はい。この牧場でも質を高めるために時間をかけて試行錯誤いたしました。今でもよりよい方法を探す努力は怠っておりません。一攫千金というわけにはいきませんが、長く続ければ続けるほど信頼は厚くなります」

「そうね。長期的に考えることは大事なことだわ」

――正直、ミリー様の考え方は素晴らしいわ。

「ありがとう。これからも定期的に訪問させていただいてもよろしいかしら」

「はい、喜んで」

 アリシアがミリーに告げると、ミリーは花がほころぶような笑顔を向けた。もちろん、美しくはなかったが。




 アリシアは帰りの馬車の中で、忘れないようにメモを見返していた。メモにはエナの達筆な字でミリーから聞いた牧場経営のポイントが書かれている。

「今日は良い勉強になったわ」

「そうですね。それに」

「どうしたの?エナ」

「アリシア様はミリー様と気が合うようでした」

「……そう見えたかしら?」

「はい」

「……そう」

「ミリー様もアリシア様との会話を楽しんでいらっしゃるように見えました」

「そうかしら」

「はい。正直……ミリー様にはあまり、今日のように気軽にお話ができるご友人はいらっしゃらないのかもしれませんね」

「そうね……」

 確かに、今日のミリーは珍しくアリシアに対して距離が近かった。いつものミリーは必要以上に礼儀正しい。そしてパーティーではびくびくして俯いてしまうことも多い。率直に意見交換ができることがうれしかったのかもしれない、アリシアはそんなことを考えていた。


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