5話
アリシアは一週間ほどのんびりと過ごした。いつもはショッピングやパーティーへの出席、そして公爵家への訪問と毎日活動的に動いていたが、この一週間は外に出る気力がわかなかった。
アリシアが自室のソファーで寝転んでいると、エナがノックと共に部屋に入ってきた。
「アリシア様」
「あら、エナどうしたの?」
ここ一週間ほどエナと一緒にいたが、エナが話しかけてくるなんて珍しい。アリシアが屋敷でごろごろしている間、エナは静かにアリシアの傍に控え、アリシアが声をかけると答える、という具合だった。とはいえ、それはエナのいつも通りの対応、とも言えたのだが。
アリシアがエナの表情を見ると、エナは相変わらず無表情だった。
「アリシア様、いつまでごろごろされているのですか?」
「え……そうね、あと少し……かしら」
「そろそろ、よろしいかと思います」
「え?」
「立ち直りが早いのがアリシア様の長所です」
「エナ……」
「旦那様もうるさいですし」
「エナ……私が心配なわけじゃなくて、お父様が迷惑なのね……」
「いえ、アリシア様を心配しております……旦那様もですが」
「……」
「……」
「ふふふ。そうね、確かに……私らしくないわ」
よし!と、アリシアはソファから起き上がると、両手で顔をパチンとたたいた。
「それではエナ、作戦会議をしましょう」
「作戦会議、ですか?」
「そうよ、こちらに座りなさい」
アリシアはエナをソファーの自分の横に座らせると、二人で今後について話し合いを始めることにした。
「まず、状況を整理しましょう。ウィルキス様はミリー様のことを可愛いと思っている……そうよね?」
「はい、間違いないかと思います」
アリシアはエナの率直な意見にやはり傷つく。
「そうね。でも、婚約者は私だわ。今のところ特にバーグ公爵家から婚約破棄の打診はされていないわ」
「そうですね」
「これって普通に考えると少しおかしいわ。だって……もしウィルキス様がミリー様のことを好きなのだとしたら、ウィルキス様はミリー様と婚約をしたい、と思うはずよ」
「そうですね」
「だって、ミリー様は顔は、まぁちょっと、あれだけど、伯爵家令嬢なんですもの。公爵家のウィルキス様と身分は釣り合うわ」
「アリシア様、この際ミリー様の顔は関係ないかと」
「そ、そうね。……顔は関係ないわ」
「アリシア様のおっしゃる通りですね。ウィルキス様はなぜアリシア様との婚約を解消されないのでしょうか」
「私も婚約を解消されたら、正直、悲しいけど……本当にどうしてなのかしら。家と家とのつながりでの婚約とはいえ、今バーグ公爵家がどうしても当家と婚姻関係を結びたがる重大な問題が発生しているわけではないのよね。」
キルス伯爵家の領地はオルカンド王国の南に位置し、国内有数の小麦の産地である。アリシアの父はやり手で現在領地の運営は順調そのもの。そしてウィルキスのバーグ公爵家も、現在の当主の領地運営については特に悪い噂はきかない。更にウィルキスが積極的にビジネスに参画していることもあり、なおさら問題はなさそうだ。
特に二家間での問題も発生していないから、最悪婚約を解消したとしても、両家ともに困りはしない。むしろアリシアの父はアリシアを溺愛しているので、娘の他に好きな女性がいるような男性に積極的に嫁がせることも嫌がるはずである。
「正直、よくわからないわ。私の情報不足、そして推理不足だわ……とりあえず、ウィルキス様は私と、早急な婚約解消を望んでいるわけではない、という前提で話を進めましょうか」
「そうですね、納得はしていないですが、それが良いと思います」
「では、ウィルキス様が私と結婚してもいいと思っている、ということは、私がウィルキス様にふさわしいと今よりもアピールできたら、ウィルキス様は確実に私と結婚してくださる、ということね」
「……そうですね」
「では――」
「お嬢様、よろしいでしょうか」
「どうしたの?エナ」
「……お嬢様には酷なようですが、ウィルキス様はお嬢様に対してそれほど恋愛感情を持っているとは思えません。お嬢様はそれでもよろしいのですか?」
「傷つくことをグサッと言うわね」
「申し訳ございません」
「いいのよ。私もそう思うのだけど、やっぱりウィルキス様が好きなのよ。この一週間で何度も考えたけど、可能性が少しでもあるなら諦めたくないわ」
「アリシア様はウィルキス様のどのようなところが好きなのでしょうか」
エナは首を横に倒している。どうやら心の底から疑問に思っているようだった。アリシアはつい苦笑してしまった。
「本当よね、ウィルキス様って見た目は素敵だし、仕事もできるし、馬術も素晴らしいけれど、あまり女性に優しくないのよね。例外はミリー様くらいだわ。でも、私はウィルキス様が必要以上に私を褒めたたえないところが好きよ。私に嘘をつかないところも好き。自分の旦那様が嘘つきはごめんだわ。お父様やお母様のような素敵な夫婦を見ると、結婚は信頼の上に成り立つって思えるのよね。それに……なんだかんだいって憧れているのね。初めてウィルキス様に会った五歳の時、手をつないでくれたのよ。王子様のようなウィルキス様に手をつないでもらえて、お姫様になったような幸せな気持ちになったの。初恋が忘れられないのね、きっと。」
「そうですか」
「だから、協力してちょうだい。ウィルキス様と無事結婚できるように」
「かしこまりました」
エナは相変わらず無表情で頷いた。
――エナは気づいたかしら。私がエナを好きな理由も、嘘をつかないところだってこと。