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40話

 それからしばらくたって、トムとエダは引継ぎを終えるとキルス領を後にした。またバーグ領の別荘に戻るらしい。キルス伯爵はもちろんトムの素性は知っていたようで、アリシアに対して隠していて悪かったと謝ってきた。トムから口止めされていたらアリシアに話せる訳もない。アリシアはキルス伯爵を責めることもせず、すぐに許した。

 キルス伯爵としては、アリシアがトムと仲良くなることで、将来バーグ公爵家へ嫁いだ後もアリシアの味方になってもらえるように、と考えていたらしい。つまり、ウィルキスとの婚約についても、最初から婚約解消する気などなかったということだった。

 キルス伯爵曰く、「アリシアにふさわしい男を考えれば、ウィルキス様が一番。あとは二人が想いあってくれれば最高」ということだった。


 オルカンドに留学に来ていたアレス王子は、アリシアとウィルキスがまとまったのを知ると、とても残念そうな顔をしていた。アリシア様には本気になれそうだったのに、と言っていたが、ウィルキスが社交辞令の笑みを浮かべ牽制していた。

 アリシアに本気になれそうと言いながらも、いろいろな令嬢と仲良くお話をしていたので、アレス王子は本当に冗談ばかり言って、とアリシアがウィルキスに言うと、ウィルキスは複雑そうな顔をしていた。


 ゲンカクさんとムクさんについては、アリシアが嫁ぐときに一緒にバーグ領へ行くことに決まった。バーグ領の方がキルス領に比べて軍馬生産の設備は整っている、ということもあるし、アリシアの持参金という意味もあるらしい。どちらにしろ、ゲンカクさんはアリシアのもとで働くことができ、そしてたまにトムさんと飲むことができれば、それで幸せだ、ということで快諾してくれた。ハイド羊毛やキルスハーブ鳥については、今後もキルス伯爵の管理の元、生産を拡大していくことになった。ハイドはいつものように語尾を伸ばすゆるい口調で、アリシアへ自分を見出してくれたことへのお礼を告げていた。

 洋服のアリシアブランドについては、もちろんアリシアが今後も続けていく事になった。ベールをはじめとした商人はアリシアが商いを真剣にしていると知ると、徐々にアリシアと打ち解けてくれていた。最初は貴族の小娘、と横目で見ていたが、今では立派なお店を持つ商人として見てくれる者も多い。

 そしてカレンさんとユンさんは留学先のルワン帝国が気に入り、勉強のため1年ほど滞在を延長することになった。アリシアが留学費の資金援助をすることで、将来アリシアブランドに貢献してもらうつもりである。



 そして、ミリー様はというと、アリシアがウィルキスとの気持ちを確かめ合ってから1週間後、アリシアはコーエン伯爵家を訪ねミリーに謝罪をすることにした。

「ミリー様、本当にごめんなさい。事情を知らなかったとはいえ、きついことも言ってしまったわ」

 アリシアが誠意を込めて頭を下げると、ミリーはアリシアの謝罪に対して、首を横に振った。

「いいんです。アリシア様。誰にでも話せる事情ではありませんでしたし。私もウィルキス様の婚約者であるアリシア様への配慮が足りなかった、と思いました」

「そう言っていただけると嬉しいけれど。でもミリー様、本当はウィルキス様の事」

「それは本当にないです。あの、ウィルキス様はとても良くして頂けるお兄様のようなもので、それで、あの……私も婚約者が出来て、それで、アリシア様の気持ちも分かるようになりました」

 ミリーは少し顔を赤くして言った。

「え?」

「その方が、他の女性と二人で話をしていると、寂しくなってしまいます」

 ミリーは寂しそうな表情を浮かべる。婚約者が女性といる姿を想像してしまったのだろうか。

「ですから、その、アリシア様、申し訳ありませんでした。これからは、アリシア様に仲良くしていただけたら嬉しいです」

「あら、それはもちろんだわ。虫が良いと思われるかもしれないと思っていたけれど、私もミリー様とは仲良くしたいわ。牧場の事も、そして美容の事も、恋の事もたくさんお話ししましょう」

 アリシアは微笑んだ。初めて心からの笑顔をミリーに向けられた気がした。ミリーもアリシアの顔を見て、本当に嬉しそうな表情を浮かべる。

「はい!アリシア様とお友達になれるなんて嬉しいです」

「そうね。姉だと思ってほしいわ」

「はい!是非」

 ミリーは嬉しそうに目に涙を浮かべていた。


 ミリーが自分の出生の秘密の知ったのはずいぶんと小さい頃だったらしい。自分があまりにも顔が悪く、コーエン伯爵にも奥方様にも似ていないことを悩んでいたらしい。そして、コーエン伯爵が分家の男の子を代わる代わる頻繁に屋敷に呼び、可愛がっているのを見るたびに、自分はコーエン伯爵とは似ていないから愛されていないのかもしれない。早く家を出て行って欲しいのかもしれない、と一度は家出をしたこともあるそうだ。

 結局は牧場の牛小屋で寝ているところを、コーエン伯爵に見つかり事なきを得たが、その時にコーエン伯爵に泣きながら事情を説明されたらしい。養女ではあるが、ミリーを可愛く愛しく思っていること。そして分家の男の子を呼んでいるのは、将来のミリーの旦那にふさわしい人間の品定めのためだということだった。

 ミリーは、コーエン伯爵のお眼鏡にかなった一人の男性と婚約をし、近いうちに正式に発表することになると言う。その男性はミリーにも優しく、牧場にも一緒に行ってくれるらしい。

 ミリーは顔が良くない自分を妻にすることは申し訳ないと思っていたが、その男性はミリーと接するうちに、ミリーの人柄を好きになってくれているようだった。


「私たちって、幸せね。貴族同士の結婚だけれども、相手と想いあえるなんて幸せなことだわ」

「そうですね」

 アリシアとミリーは笑顔で笑いあう。

「それに姉妹のように仲良くできる友達がいたら、もう完璧だわ」

「はい」

「そうそう、あなたにも紹介したい人がいるのよ」

「紹介ですか?」

「そう。いつも私と一緒にいる侍女のエナ。エナは私にとって姉妹みたいなものなの。きっとミリーも好きになるわ。そして、ミリーの大事な人も紹介してほしいわ。私たち、きっと生涯を通して仲良くできるわ」

「嬉しいです」


 


 オルカンドの薔薇と呼ばれたアリシア・キルスのちのアリシア・バーグと、オルカンドの豚姫と呼ばれたミリー・コーエンの友情は二人が死ぬまで続いた。もちろんミリーとバーグ家の関係については秘密にされたまま。

 二人の容姿はまさに対照的とも言えるものだったが、二人で並んでいると不思議と二人の雰囲気は調和しているように見えた。

そして二人は生涯通してオルカンド王国の発展に貢献もした。アリシアはオルカンドで新しいファッションの流行を次々と作り出し、ミリーはオルカンドがブランド動物の生産で有名になる礎を築いた。

 オルカンドと言えば、ファッションの中心地、そしてブランド動物の発祥の地、としてその後も長く語り継がれることになる。


 また、二人は家族を大切にし、夫や子供からも愛されたことも付け加えておこうと思う。二人の名はオルカンドの貴族や市民にとってあこがれの女性の名として、後世でも語り継がれたとか。


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