4話
それでもあきらめないのが基本的に前向きな性格のアリシア。翌日にはリベンジを誓い、貴族のお茶会に積極的に参加をしていた。ミリーとウィルキスとの会話で、二人が一週間後またお茶会をすることを聞いていたのだ。
前回の敗北から一週間後のお昼過ぎ、アリシアは公爵家を訪ねていた。
「ごきげんよう、ウィルキス様、ミリー様」
「こんにちは、アリシア様」
「ごきげんよう、アリシア様」
ウィルキスは相変わらず真顔でアリシアを迎え、ミリーは満面の笑みでアリシアへ挨拶をする。
――今日こそは、私の良さをウィルキス様に知ってもらわないと!ミリー様には負けないわ!
アリシアは決意も固く、それでも鼻息の荒さは表に出さず、優雅に椅子に腰かける。
「そういえば先日、カーム子爵家のエレナ様にお会いしましたわ。なんでも最近金の価格が上がっているとか。カーム子爵が家で家令にこぼしているようですわ。とはいえ、まだまだ国に影響が出るほどのことではないらしいですけど」
金の価格は国にとって重要事項である。
アリシアはこの一週間、他の貴族のパーティーに出たり、自宅でサロンを開いたりしながら他の貴族から積極的に情報収集をしていた。今の時代、いかに的確な情報を早く仕入れるかで権力が大きく変動するからである。
「そうみたいだね……ミリー様は何か聞いてる?」
ウィルキスが頷きながら隣のミリーへと顔を向ける。
「いえ……あの……まだ噂ではあるのですが、マール国の金山の一つがどうやら採掘量が落ちているようで。」
「そうなの?」
「はい。すでにマール国ではこの国以上に金の価格が上がっているようです。」
アリシアは自分も持っていない情報を掴んでいるミリーに唖然としてしまった。マール国はオルカンド王国の東に位置し、金の採掘で有名な国である。質の良い金がとれるため、マール国で作られた金の宝飾品はとても人気がある。
「商工会から?」
「はい。」
ウィルキスとミリーは頷き合っている。アリシアは疎外感を感じていた。そして、ミリーにまたも負けた、とも思っていた。
「僕もまだつかんでいなかったよ。ミリー様ありがとう」
「いえ、お役に立てて光栄です」
「流石ミリー様だね。」
ミリーが話した情報はどうやらウィルキスも知らなかったらしい。
――ウィルキス様も知らない情報を知っているなんて。しかも重要な。ミリー様あなどれないわ。それに比べて私は……
アリシアは自分の屋敷へ戻ると、ソファーに倒れこんでしまった。正直今日は最後の方に三人で交わした会話の内容も覚えていない。
「アリシア様、お茶をどうぞ」
エナがお茶をアリシアの前にあるテーブルへそっと置く。カモミールの優しい香りがする。どうやらエナは気を使っているらしかった。
「エナ、ありがとう。このハーブティー、相変わらずおいしいわ」
「今日はもう休まれますか?」
「ねぇ、エナ」
「はい」
「私、流石に今日はショックだったわ」
「……はい」
「私が一番ウィルキス様にふさわしいと思っていたけれど、もしかしたら違うのかもしれない……ミリー様はウィルキス様のお役に立っているわ」
「……」
「私、ミリー様を正直少しバカにしていたと思う。私の方が美しいし、社交界での顔も広い。だからウィルキス様の奥様としてふさわしいと思っていたの。」
「アリシア様」
「……やっぱり今日は早めに休むわ」
「かしこまりました」
アリシアは自分が恥ずかしかった。ウィルキスは貴族の中でも地位が最も高い公爵家。しかも長男で将来は公爵位を継ぐことになる。ウィルキスが自分の妻に求めているのは、誰もが羨む美貌、そして貴族間の情報網。貴族社会の中で円滑に立ち振る舞える女性だと思っていた。一般的にオルカンド王国の貴族は妻が美しければ美しいほど価値が高くなり、またパーティーでもそつなく対応できる女性が好ましいとされていた。
しかし実際はどうだろう。ウィルキスはアリシアの美貌には目もくれない。そして今日アリシアの話した情報は既にウィルキスも知っているようだった。ウィルキスも知らないような、彼にとって有益な情報をもたらしたのは、ミリーだった。
アリシアは自分が正しいと思ってしていた行動、価値観を否定された気がした。今までの自分が恥ずかしくて、捨ててしまいたかった。
――私が正しいと思ってやっていたことは、ウィルキス様の求めていたものとは違うのかもしれないわ。だって、ウィルキス様が微笑むのは、ミリー様がウィルキス様に役立つようなお話をされた時ばかりだもの。
アリシアの身体は重かった。ウィルキスは他の貴族たちと女性に求める価値観が違うのではないか。
――今日はもう何も考えたくないわ