37話
ウィルキスに別室に連れていかれたアリシアは、お茶をもらい一息つくと、気まずさにそわそわしてしまう。向かいの席に座るウィルキスはお茶を飲みながらも無表情だ。何を考えているのかアリシアにはわからないが、なんとなく怖い雰囲気を感じていた。
――ウィルキス様の事を婚約者と告げていたことが不愉快だったのかしら。
アリシアはもう正直に謝るしかない、とウィルキスに声をかけた。
「ウィルキス様、あの!」
「……」
「先ほどはありがとうございました。婚約者のふりをしていただいて」
「どういうこと?」
「実はオスルでアレス王子にお会いした時に、からかわれるのが嫌で、婚約者がいると嘘を告げてしまいました」
「どういうこと?」
「ウィルキス様には大変ご迷惑を」
「アリシア様、どういうことかな?」
アリシアはうまく話が通じていない、ということに気付き、顔を上げるとウィルキスの顔を見る。ウィルキスの視線は強く、アリシアは誤魔化すことなど許さないと言わんばかりだ。
「あの……ウィルキス様と婚約解消をしたはずが、婚約者のふりをさせてしまい、申し訳ありません」
アリシアはウィルキスに対して頭を下げた。
「アリシア様、僕たちは婚約者だよ」
「はい、えぇ、そうでしたね」
「今も婚約者だよ」
「え……え?」
アリシアはとっさにウィルキスを凝視してしまった。
――どういうことかしら?
「婚約解消をした事実はないはずだけれど」
「え?ですが、父が」
「キルス伯爵は、僕たち二人が誤解しているようだから、時間が必要だとおっしゃっていたよ。ただし、婚約解消はしていない」
「そうなのですか?」
――確かに、考えてみると、お父様は婚約解消をした、とは一度も言ってない……かもしれないわね
「そうだよ」
「……」
「この際だから聞くけれども、どうして婚約解消という話になったのかな?」
「それは……」
「宝石箱の事?」
ウィルキスは静かにアリシアに問いかける。アリシアはドキッとした。
「え……えぇ」
「それについては、ここでは言えない」
「そうですか。私にはお話しできない、ということはわかっております。でもそれだけではありませんわ」
アリシアは自分の手を握りしめると、この際、ウィルキスに自分の気持ちを伝えようと思った。
「ウィルキス様、私は結婚において一番大事なことは、信頼だと思っております」
ウィルキスはアリシアの言葉に無言でうなずき、先を促してくる。
「貴族間の結婚は、恋愛感情で成り立つものではありません。ですから、私はたとえウィルキス様がミリー様の事を愛していらしても、結婚すれば変わってくださるだろう、と婚約者のうちは見て見ぬふりをするつもりでした」
「僕がミリーを愛しているって、もしかして恋愛感情でって言いたいのかな?」
ウィルキスの表情は相変わらず変わらない。
「そうですわ。ですから私はミリー様の部屋で宝石箱を見つけたとき、とてもショックを受けました。それについてウィルキス様にうかがった際に、ウィルキス様は何も答えてくださらなかった。私はそんなウィルキス様をこれから信頼できるように思えません」
「……」
アリシアはついに瞳から涙をこぼしてしまった。こんな場で泣きたくなかったけれど、どうしても我慢が出来なかったのだ。アリシアの涙を初めて見たウィルキスは少し目を開き、戸惑ったように見えた。まさかアリシアが泣くとは思っていなかったようだ。
「アリシア様、誤解があると思う」
そう告げると、アリシアに近寄りアリシアを優しく抱きしめた。アリシアはウィルキスに抱きしめられて、更に涙が止まらなくなった。
――私は、やはりまだウィルキス様のことが好きなのだわ。だって、抱きしめられるとこんなにうれしい
「アリシア様、明日僕の家に来てほしい。そこで必ず話をするから。だから、泣かないでくれ」
ウィルキスはアリシアを抱きしめながら、何度も泣かないでくれ、と声をかけ続けていた。その声はウィルキスにしては珍しく少し困ったような声に聞こえた。
その日、アリシアが泣き止むまでウィルキスはアリシアを抱きしめると、マリア姫の誕生パーティーから一緒に帰宅した。マリア姫への挨拶は済ませていたし、なによりも泣いた後のアリシアはそのままパーティーに戻ることもできなかった。
ウィルキスはアリシアをキルス伯爵家の屋敷へ送ると、かならず明日来てほしい、とアリシアに念を押し、帰っていった。アリシアはそれに静かにうなずいた。




