3話
「エナ、私、ウィッグをかぶろうと思うわ」
「かつらでございますか?」
「いいえ、ウィッグよ。今風に言えばね」
「かしこまりました。ウィッグですね」
ショックな出来事から一夜明け、アリシアはウィルキスに好かれるためには、自分の自慢の赤髪を、毎日100回ブラッシングする(してもらう)、大事な大事な赤髪を、隠すことを決意していた。
――そうよ。この髪の色がまぶしいとおっしゃるなら、隠すしかないわ。……正直金髪のウィルキス様に言われても、って思ってしまうけれど
「赤髪を隠せば、ウィルキス様は私に微笑んでくださるわ!正直、この髪の色は気に入っていたけど……正直、悲しいけど…はぁ……」
「アリシア様、無理に隠さなくとも」
「いいえ!いいえ!髪の毛一つでウィルキス様に好かれるのなら、安いものよ!」
アリシアは正直、かなり、はっきり言って自慢の赤髪を捨てるのは悔しかったけれど、自分に強く言い聞かせた。
――ウィルキス様にふさわしいのは私。私にふさわしいのはウィルキス様。髪の色が赤でなくとも、まだ他にも私に武器はある
さっそくその日の午後、アリシアはエナと共に仕立て屋を訪ねることにした。仕立て屋を呼ぶと後日になってしまう。思い立ったが吉日、とばかりに屋敷を後にしたのだった。
アリシアは首都オルカ一のベール商店へエナと共に訪れた。店の中には様々な色、そして幅広い髪型のウィッグがあった。どうやらそれなりにウィッグは売れているようだった。
「さすが王都一の仕立て屋ね」
「そうですね」
アリシアは応接間で次から次へと出されるウィッグを慎重に吟味する。
「とりあえず、無難にこの色にするわ」
アリシアはセミロングの長さのチョコレート色をしたウィッグを手に取り、横にいたエナへと振り返った。
「ミリー様と同じ髪型でございますね」
「あら!気づかなかったわ!そうだったかしら。でもこれが一番無難なウィッグだし、そうするわ。」
ミリーと同じヘアスタイルにすればウィルキスに好かれる、と思っていることをエナに見抜かれたようで、アリシアは恥ずかしかった。
――もうエナも、わかっていても口に出さないでほしいわ
アリシアはベール商店でチョコレート色のウィッグを手に入れると、これですべての問題は解消した、とばかりにうきうきと屋敷へ戻った。エナが後ろで軽くため息をついていたが、それは見ないことにしておいた。
アリシアがウィッグを付け始めたことは社交界ですぐに話題になった。オルカンド王国の薔薇、その象徴であるスカーレット色の髪の毛を隠し、それこそ其処ら中にいるなんの特徴もないチョコレート色の髪になったアリシア。アリシアに憧れている若い令嬢たちは、新しいブームとみるやすぐに飛び乗った。もともと華やかな印象のアリシアが暗い色をまとうことにより、印象ががらっと変わり、しっとりと落ち着いた大人の魅力を振りまいていたからである。
アリシアは周りの貴族に口々に褒めたたえられ、これはこれでありね、とすっかり上機嫌になっていた。
アリシアは社交界での新しい髪の評価に自信をつけると、意気揚々とバーグ公爵家を訪れた。
「ウィルキス様、ごきげんよう」
「あぁ、こんにちは、アリシア様」
アリシアはウィルキスに、さぁ存分に自分をご覧になって!とばかりに挨拶をするが、ウィルキスは特にいつもと変わらない。
――おかしいわ、ウィルキス様。今日はもう目が痛くないはずだから、私に笑いかけてくださってもいいはずなのに
「ウィルキス様、私、髪の色を変えてみたんですの。いかが?」
アリシアはウィルキスの反応があまりにも普通なことにじれて、ついつい自分から口に出してしまった。
「あぁ、相変わらずアリシア様は素敵だよ」
「……」
――何かが違うわ
アリシアは屋敷に戻ってからも、どうも納得できなかった。
「ねぇ、エナ。今日は……なんだかちょっとおかしかったのよ」
「アリシア様、いかがされました?おなかの調子が悪いのでしょうか?薬を――」
「違うわよ!お腹は大丈夫!……それよりも、ウィルキス様がおかしいわ。今日は髪の色を変えてから初めてお会いしたのよ。それなのに、いつものウィルキス様の態度と変わらないのよ」
「ウィルキス様は特にどこもおかしくない、と思うのですが」
「そうじゃないのよ!だって、髪の毛の色をウィルキス様が好きな茶色に変えたのよ!もう私を見ても目は疲れないはず。それなのに私に笑顔を向けてくださらないなんて、おかしいじゃない」
「……」
アリシアはエナに対し、今日会ったウィルキスの不可解な態度について詳しく話す。
「どう思う?エナ」
「……そうですね、ウィルキス様にお尋ねになったらよろしいのではないでしょうか」
アリシアはどう考えても納得がいかないので、やはり次回ウィルキスに会ったら聞いてみようと心に誓った。
「ウィルキス様ごきげんよう」
「最近よく来るね、アリシア様。こんにちは。」
アリシアはほとんど日を置かず、再度バーグ公爵家へ訪ねていた。その日はきちんと事前に言付けをしていたが、アリシアが尋ねるとミリーがまた訪問していたようだった。
ミリーはアリシアが来たから、ということで帰ろうとするが、アリシアはそれを引き留めた。
――私がウィルキス様の婚約者なのだから。ミリー様よりも魅力的だということをウィルキス様にわかっていただかないと。
「アリシア様、最近髪の毛の色を替えられたようで、他の方々もとても素敵だと噂されていました。」
ミリーの無邪気な笑顔にアリシアは気分が良くなる。
「あら、ありがとう。常に新しい流行に挑戦することも大事なことだわ。貴族の上位にいる私たちが古臭いと思われてしまうと、他に示しがつかないわ。」
「素晴らしいですね、アリシア様は」
「もちろん、他にも美容には気を付けているわ。女性として基本的なことよ」
「私も見習いたいと思います。」
――なんだかこの子、いい子なのよね。嫌味っぽくもないし憎めないのがつらいわ
アリシアはウィルキスとミリーの前で自分の魅力を見せつけるつもりが、ミリーがあまりにも聞き上手なため、ついつい毒気を抜かれたような気持になっていた。
「ところで、ミリー様は、最近はどんなことに興味があるのかしら」
「私は……恥ずかしながら、当家で経営している牧場で動物の世話をするのが好きで、そんなことばかりしております。」
「ミリー様は動物にも優しいからね」
今までお茶を飲み、アリシアとミリーの会話を黙って聞いていたウィルキスが、突然笑顔で会話に入ってきた。
「いえ、そんな。貴族の女性としてはあまり褒められたことではないと思いますが…」
ミリーは恥ずかしそうに俯く。
「そんなことないよ。公爵領でもこれから軍馬の生産量を増やそうと思っているんだ。」
「まぁ、軍馬ですか。それでしたら……丁度良い品種の馬がございます。父にウィルキス様が興味を持たれていることを申し伝えます」
「あぁ、ありがとう、助かるよ」
ウィルキスが会話に入ると、あれよあれよという間に会話の中心はウィルキスとミリーに移ってしまい、アリシアには内容が全く理解できず、ただ微笑んでやり過ごすことが精一杯だった。
――おかしいわ。私がどんなに魅力的かウィルキス様にアピールするつもりが、なんだか負けた気分だわ
結局この日、アリシアは当初の思惑通り自分の魅力をウィルキスに伝えることはできず、肩を落として公爵家を後にした。ミリーが気を利かせたようにアリシアに話しかけてくるのが逆にみじめだった。