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25話

 首都オルカーにあるキルス伯爵家の屋敷へアリシアの母とレノンが到着したのは、アリシアの誕生パーティーの2日前だった。レノンの体調を考慮し、あまり長い間滞在はできない、ということでぎりぎりの到着だった。

「アリシアお姉さま」

 レノンに名前を呼ばれると、アリシアは頬が緩んでしまう。レノンは赤みがかった薄い茶色の髪にスモークブルーの大きな瞳をしている。アリシアにそっくりな母よりもキルス伯爵に似た容姿をしていた。

「レノンあまり走り回っては、喘息が出てしまうわ」

 レノンはアリシアに会えたことが嬉しくてたまらないように、にこにこしてながらアリシアに頻繁に話しかけてくる。

「アリシアお姉さま、大丈夫。お外で遊べるようになりました」

「そうなの?」

「はい」

 レノンは得意げな顔をしている。どうやら本当のことのようだった。少し体調が良くなってきたのかもしれない、そう思ったらアリシアはとても嬉しい気持ちになった。

「そう、でしたら是非明日のパーティーのエスコートをお願いね」

「はい!頑張ります」

 レノンは誇らしげに応えた。



 アリシアの誕生パーティーは伯爵家にふさわしく盛大なものを予定していた。

「アリシア様、衣装の準備が整いました」

 エナがアリシアの髪の毛に髪飾りを付け終えたところで、アリシアへ告げた。

「ありがとう、エナ」

――今日は、何を言われても平常心と笑顔よ、アリシア

 アリシアは手を握りしめ、鏡の中の自分に強く自分に言い聞かせた。


 アリシアは自分の部屋を出ると、エスコート役として待っていたレノンと共にパーティー会場へと足を踏み入れる。

 今日のアリシアはスカーレットの赤い髪をゆるく束ね、ワンショルダーのエメラルドグリーン色のドレスを身に着けていた。これももちろんアリシアブランドの新作のドレスである。

「アリシア様、お誕生日おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 アリシアが会場へと入ると次から次へと来賓客が挨拶に来る。皆アリシアの横にウィルキスがいないことには気づいたようだが、普段なかなか人前に出ないレノンがいることで、特に何かを言ってくることはなかった。


「アリシア様、今日のドレスもとても素敵ね」

 マリア姫はアリシアのドレスに視線を留めたまま羨ましそうな顔で近寄ってきた。

――次はこの形のドレスが欲しいとおっしゃるのかしら

 マリア姫は前回ネルフォード殿下の誕生パーティーで、自分のドレスの評判が良かったことが嬉しかったのか、その後もプライベート用のドレスを何着かアリシアブランドで作っていた。

「ありがとうございます」

「とてもお似合いだわ。お誕生日おめでとうございます。……ところで、ウィルキス様はこれからいらっしゃるのかしら?」

 マリア姫の言葉にアリシアは一瞬固まってしまう。周りの視線が集まり、皆が聞き耳を立てていることが伺えた。

「えぇ、その、ウィルキス様は…」

 アリシアは言葉を濁そうとしたが、何と言ったらよいかうまく言葉が出てこなかった。

――ここでウィルキス様との婚約解消を大きな声で言うのは、嫌なのだけれど

「マリア姫、今日は私がアリシアお姉さまのエスコート役なのです」

 突然隣にいたレノンがマリア姫に対して話しかけた。アリシアは突然のレノンの助けに驚き、そして助かったとほっとしてしまった。

「そうなのです、今日はレノンにエスコートしてもらっているのです」

 アリシアは笑顔を作ると、マリア姫の質問に対して答えになっていない答えを返してその場をなんとかやり過ごした。



 少し人が途切れたところで、アリシアは一息入れようとグラスを2つとり、レノンに1つグラスを渡しながらこっそりと耳元で話しかけた。

「レノン、先ほどは助けてくれてありがとう」

 レノンはアリシアの言葉に真剣な表情で頷いた。

「ウィルキスさまのことを言われたら、僕がアリシアお姉さまのエスコート役だとお話しするように、お母さまが言っていました」

「え?そうだったの?」

「はい」

――お母さま……ありがとう

「そうね、今日はレノンがエスコートしてくれるのだもの。とても嬉しいわ」

「僕も嬉しいです」

 アリシアはレノンが可愛くてにこにこしてしまう。レノンもアリシアの笑顔を見ると、満面の笑みを返してきた。



「アリシア様、この度はお誕生日おめでとうございます」

 聞きなれた声にアリシアが顔を向けると、そこにはミリーが少しこわばった笑顔で立っていた。

「ミリー様、今日はお越しいただきありがとう」

 アリシアは笑顔で返す。レノンが横にいるお陰で以前ミリーと会った時よりも自然な笑顔が作れたような気がした。アリシアの笑顔を見てミリーはほっとしたような表情を浮かべる。

 ミリーはアリシアとあたりさわりのない話をすると、早々にアリシアへ挨拶をして帰っていった。どうやら居心地が悪かったようだった。


 その後もパーティーはレノンのフォローのおかげで直接的に気まずい思いをすることもなく終盤を迎えていた。

そんな時、ウィルキスがやってきた。

――ウィルキス様、なぜこのパーティーに……もしかして

 アリシアはまさかウィルキスが来るとは思っておらず、身体は固まってしまう一方、心の中ではかなりあたふたとしていた。

「アリシア様、この度はお誕生日おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます、ウィルキス様」

 周りはウィルキスが遅れてでも現れたことで、納得したような表情を浮かべている者が多い。どうやらウィルキスが遅れるためレノンがアリシアをエスコートしていたと思われている可能性もある

――これはこれで……困るというか……やっぱり困ってしまうわ

「ウィルキス様お久しぶりです」

 レノンはウィルキスに対していつも通りの笑顔で挨拶をし、話しかけている。

――またレノンに助けられたわ


 結局ウィルキスはなぜパーティーに来たのか、特別な話を最後まですることはなかった。

――きっとバーグ公爵家の代表としていらしたのね。考えてみれば当たり前のことだけど、いきなりいらっしゃるとびっくりしてしまうわ

 アリシアは冷静になると、ウィルキスが来た当たり前の理由に思いあたり、自分に会いに来たのではないか、と少しでも思ってしまった自分を恥ずかしく思った。


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