23話
アリシアがウィルキスと婚約解消をした3日後、カレンがアリシアを訪ねてきた。どうやら牧場の作業着の試作品が出来上がったらしかった。
「アリシア様、できましたよ。」
そう言ってカレンが取り出したのは、いくつもの試作品だった。
「こんなにもたくさん……」
「そうなんだよね。実は結構意見が分かれたんだ」
カレンは頭をかきながら少し困ったような表情を浮かべた。
「まず、つなぎだけど、目立ちやすい色の方が他の従業員から見つけてもらいやすいという理由で赤とオレンジのつなぎを用意したよ。女性らしい色だしね。つなぎは上下がつながっているから、服の中に干し草や土が入りにくいんだ。餌をやる時や掃除の時に便利なんだよ」
アリシアはカレンが取り出したつなぎを見て、なるほどと頷く。
「次にオーバーオールだね。こっちの方がかわいいよね。夏も熱くないし。下に着るシャツでおしゃれに見せることもできる。ただ、ダボッとしたものとスリムなものとで好みがわかれるんだよね。私はスリムな方が好みだけど、ユンは少しダボッとしてる方が良いって言うんだ」
「そうですね。カレンさんは背が高いからスリムなタイプを着ると、とてもすらっとした素敵な女性に見えそうですわ」
「そうかな、う、嬉しいよ」
アリシアの言葉にカレンは嬉しそうに顔を赤くした。
「ふふふ。では、コーエン伯爵の牧場にも持って行って意見を聞きましょう」
「アリシア様、大丈夫ですか?」
カレンが帰るとすぐに、エナがアリシアへ問いかけてきた。手にはお茶を持っている。
「ミリー様にお会いするのは……」
アリシアはエナから受け取ったお茶を一口飲むと、深く息を吐きだした。
「正直、大丈夫ではないわ。ミリー様と今は顔を会わせたくないわ。でも、これは、商いですもの。コーエン伯爵領の牧場でも作業着を使っていただけたら嬉しいわ。カレンさんもユンさんも頑張ってくれているわ。私がミリー様と会いたくないからと言って、途中でやめてしまってはいけないのよ」
「アリシア様、素晴らしい考えだとは思いますが」
「でも、本当にミリー様には会いたくないし、顔を見るのがつらいのよ。ミリー様を見るたびに、ウィルキス様とのことを思い出してしまうわ。たぶん、うまく笑えないし、少しは意地悪なことを言ってしまいそう。だから、エナ、どうか私を支えてね」
「はい、いつでも傍におります」
エナはアリシアの目をしっかりと見つめ、深く頷いた。
――エナがいてくれて本当に良かった。ミリー様には会いたくない、本当に会いたくない。でも、頑張ってくれているカレンさんやユンさんの努力を無駄にはできないわ。カレンさんとユンさんのために行く、と思い込むしかないわね。
久しぶりに訪れたコーエン伯爵領の牧場は、前回訪れた時よりも牧草が青々と生い茂り、そして動物たちもおいしそうに草を食べていた。すでに初夏の季節に入っているためだろう。
――そろそろハイドさんと羊の毛の刈り取りについてお話ししないといけないわ
「アリシア様!お待ちしていましたわ」
ミリーはアリシアに会うと相変わらず嬉しそうな満面の笑みを向けてくる。アリシアは馬車の中で何度も練習した作り笑いを浮かべ、世間話になる前に、とすぐに話題を作業着に移した。
「ミリー様、素敵な作業着ができたので、是非見てください。この服はつなぎと言って上下がつながっている作業着です。赤やオレンジなど華やかなものでしたら、女性らしく見えますし、それに広い牧場でも周りから見つけてもらいやすいのですわ。もちろん刺繍を入れることも可能ですが、どうしても可愛さに限界があります。ただ、干し草や土が服の中に入ることがないので、とても作業はしやすいと思いますわ」
アリシアは作業着の説明に集中した。今日の自分は商人なんだ、と自分に言い聞かせていた。
「そして、こちらはオーバーオールですわ。胸元までのズボンを2本のひもで肩につるします。中のシャツを変えることでおしゃれを楽しめますわ。そして、ダボッとしたタイプとスリムなタイプとで印象も変わります。前回お持ちした帽子との相性もこちらが良いかと思います」
ミリーは作業着を手に取りながら、目を輝かせ、素敵、と呟いている。どうやらミリーには好印象のようだった。
アリシアが牧場視察と作業着の紹介をさくさくと終え、コーエン伯爵領を後にしようとした時、ミリーがアリシアを引き留めてきた。
「アリシア様、あの」
「どうかされましたか?」
アリシアは正直あまり長居せずに帰りたかった。ミリーの前で作り笑顔を浮かべているだけで、かなり精神力を消耗していた。
「アリシア様、今日は元気がないようでしたので、心配で……」
「……大丈夫ですわ、少し」
――この際ミリー様には、言いたいことを言ってしまおうかしら
「アリシア様?」
「え、えぇ。実はウィルキス様と婚約を解消しましたの」
「え!?」
ミリーはまさか、と言わんばかりの驚愕の表情を浮かべ、固まっている
――これが演技でないことを願うわ
「ミリー様、失礼ですけど、私前回ミリー様のお部屋で、バーグ公爵家の家紋が入った宝石箱を見ましたの」
「あ!あのっ!」
ミリーは顔をさっと青くすると手を胸の前でぎゅっと握りしめた。
「ミリー様は、私に何かお話しされたいことはありますか?」
「あ……」
ミリーの顔色は更に青くなる。
「……意地悪なことを言いましたわね」
「あ……あれは……その……」
ミリーのあまりの顔色の悪さにアリシアはこれ以上ミリーに意地が悪いことを言う気も起きなかった。
「大人げないことをしてしまったわ、ごめんなさい。」
アリシアはミリーに謝ると、これ以上長居をしない方がいいと思い、ミリーに挨拶をしてすぐに屋敷を後にした。
――本当に大人げないわ、私。ミリー様に意地悪なことを言って。こんなことをするからウィルキス様に好かれなかったのかしら。
アリシアは少し冷静な気持ちになっていた。そして自分に対して笑ってしまった。まだまだウィルキスとの婚約解消を感情が邪魔して割り切ることはできそうになかった。




