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22話

――今日の帰りの馬車でも気まずい雰囲気だったわ。ウィルキス様は何を思ったかしら

「アリシア様、そろそろお休みになりますか?」

エナがアリシアへ夜着を着せながら問いかけてくる。

「そうね」

「かしこまりました」

――エナに話してみようかしら

「ねぇ、エナ」

「はい、アリシア様」

「今日のパーティーではウィルキス様と気まずかったわ」

「何かございましたか?」

「あの……ミリー様の部屋でのことが気になって、ウィルキス様とまともに目を合わせることもできなかったのよ」

「そうですか……」

「えぇ……ウィルキス様は屋敷に来たときはいつも通りに見えたかしら?」

「そうですね」

「そうよね。ウィルキス様は何を思っていらっしゃるのかしら。どうしても悪い方へ悪い方へと考えてしまうわ」

「……」

 アリシアはついため息をついてしまった。いつもと変わらないウィルキスの姿、笑顔で自分に接してきたミリーの姿が思い出される。パーティーで話したコーエン伯爵も、アリシアに対して思うそぶりがあるような様子もなかった。


「アリシア様」

「どうしたの?」

「正直にウィルキス様に尋ねられてはいかがですか?」

「え?」

「何か事情があるのかもしれません」

「そうね……でも聞くのが怖いのよ」

「そうですね」

エナはアリシアを真剣な表情で見つめている。

「そうね……いつもの私ならウィルキス様に問いただしているかしら?」

「……いつものアリシア様でしたら、そうされていてもおかしくないかと思います」

「わかったわ。私らしく、思い悩んでいてもしょうがないわ。聞いてみるわ、怖いけど。聞いてみたら、大したことがない理由かもしれないわ」

「その可能性もあると思います」

 アリシアはエナと話をして、少し前向きな気持ちになっていた。ウィルキスとミリーとの関係が自分の思い過ごしであればいい、と願わずにはいられなかった。


 


 次の日、アリシアは早速バーグ公爵家へ訪れていた。正直、ウィルキスの本音を聞くのが怖くて、時間がたてば勇気が出なくなってしまう、と昨日の勢いのまま訪問したのだ。

「ウィルキス様、昨日はエスコートしていただき、ありがとうございます」

アリシアはぎこちない笑顔でウィルキスと挨拶を交わす。

「アリシア様、こんにちは。エスコートは婚約者として当然のことだからね」

「そうですか……昨日のパーティーは素敵でしたね。ネルフォード殿下も立派になられて」

「そうだね」

 ウィルキスは相変わらず表情に感情が出ない。

「……」

――どうしよう、どう切り出したらいいのかしら

アリシアは少しうつむき、膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめる。

「ところでアリシア様、ミリー様の屋敷で体調を崩したという話だけれど、もう体調は大丈夫なのかな?」

「え?」

 アリシアはとっさに顔を上げてしまった。まさか自分が考えていたことが伝わったのか、とどきりとしたのだ。

「えぇ、えぇ。大丈夫ですわ」

「そう、それならよかった」

 相変わらずウィルキスは淡々としていて、あまり心配をしているようには見えなかった。

――もう、勢いで言うしかないわ!

「ウィルキス様!あの!」

「どうしたの?」

「ミリー様のことで、お話しが、ありますの」

「あぁ」

「先日ミリー様のお屋敷に訪問させていただいたのですわ。そこで、衣装室を拝見したら、そこに宝石箱がありましたの」

「……」

「その宝石箱には確かにバーグ公爵家の家紋が彫られていました。あれはウィルキス様がミリー様にプレゼントされたのでしょうか?」

 アリシアは勢いのままウィルキスへ疑問をぶつけた。最後の方は少し声が震えてしまったのが自分でもわかった。ウィルキスの答えが怖くて、ウィルキスと目を合わすことができない。口の中も乾いてきてしまった。

「それは……答えられない」

 ウィルキスの声から感情はうかがえなかった。

「それはつまり、ミリー様にお話はできても、私には話せない、ということでしょうか」

「あぁ」

 ウィルキスの言葉にアリシアを絶望が襲う。ウィルキスへの希望だとか、信頼だとか、期待だとか、全てのものが黒く塗りつぶされた気がしたのだ。

「……」

「……」

 アリシアは唇を強く閉じ、ウィルキスもそれ以上の言葉を繋がなかった。

「きょ、今日はこれで失礼いたします」

 アリシアはウィルキスの顔を見ることなく立ち上がると、速足でバーグ公爵家を後にした。バーグ公爵家で涙を見せることだけは絶対にしたくなかった。




 アリシアは馬車の中で涙が止まらなかった。絶望、疎外感、不信感、怒り、そして大きな悲しみがアリシアの中に溢れかえっていた。 

 エナはアリシアへそっとハンカチを渡したが、何も言わなかった。


 アリシアは屋敷に着くと、執事長に父の居場所を聞き、キルス伯爵の執務室に向かった。

「お父様、私はウィルキス様とは婚約を解消させてください」

 アリシアは執務室に入るとすぐに、涙目のままそれでも強い口調でキルス伯爵に言い切った。キルス伯爵はアリシアの剣幕と内容に目を丸くさせ、とっさに椅子から立ち上がる。

「アリシア、どうしたんだ?泣いているのか?」

「お父様、私が泣いているかは気にされなくて結構です。婚約を解消していただけますか?」

「ウィルキス様とのか?何があったのだ?急に」

 キルス伯爵は状況が分からず戸惑っているようだった。アリシアはミリーの部屋でバーグ公爵家の家紋が入った宝石箱を見つけた事、それをウィルキスに問いただしたところ何も答えてもらえなかったことを告げた。

「そうか……アリシア……お前たちには少し時間が必要なようだ」

 キルス伯爵はアリシアに対し、諭すような静かな口調で語りかける

「つまり、婚約は解消してくださる、ということでよろしいですね?」

「あぁ、必要ならそうしよう」

 アリシアがキルス伯爵の目を見つめ問いただすと、キルス伯爵は不憫そうな目でアリシアを見て、それから静かに頷いた。アリシアは気持ちが少し落ち着いてきたことがわかった。

――そう、これで良かったのよ。



 アリシアは自室へ戻ると、エナへウィルキスとの婚約を解消したことを伝えた。エナは相変わらず無表情で、そうですか、とだけ言った。エナがアリシアに必要以上に話しかけてこないことが、今のアリシアには嬉しかった。

 アリシアは自分なりにウィルキスへ好意を示し、そしてウィルキスの将来の妻としてふさわしくなろうと頑張ってきたつもりだった。それに対してのウィルキスの態度は、「ミリーと仲良くしてほしい」「宝石箱のことは答えられない」というもの。はっきり言って都合が良すぎる。ウィルキスに何か事情があったとしても、アリシアが婚約者として安心できる何かをもう少し見せてほしかった。

――私はわがままかしら?たとえそう思われたっていい。私は、これ以上ウィルキス様を信じることはできないわ。


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