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21話

 ネルフォード王子の誕生パーティーの当日、アリシアは応接間のソファに座り緊張のあまり両手を握りしめていた。

――マリア姫のドレスに追われて考えないようにしていたけれど、今日は久しぶりにウィルキス様にお会いするんだわ。取り乱さない、取り乱さないのよ、アリシア

 アリシアは目をつぶると小さく声を出して、何度も何度も呪文のように自分に言い聞かせていた。


「アリシア様」

 突然のエナの言葉にアリシアはびくっと肩を震わせてしまう。

「エナ、どうしたの?びっくりさせないで」

「申し訳ございません。ウィルキス様がいらっしゃったようです」

「そ、そう。わかったわ」

 程なく応接間に入ってきたウィルキスは燕尾服を身に着け、少し髪を後ろに撫でつけていた。今日はウィルキスが婚約者としてアリシアをエスコートする予定だった。

――ウィルキス様は相変わらず素敵ね。でも……いつまでエスコートしてもらえるのか、なんて思うとなんだかすごく悲しくて、自分がとても馬鹿みたいに思えるわ

「アリシア様、お待たせして申し訳ないね」

「いいえ、ウィルキス様。今日はエスコートしていただき、ありがとうございます」

 アリシアは礼儀正しくウィルキスに挨拶した。婚約者だからといって馴れ馴れしくしてはいけないと思ったし、する気も起きなかった。自分でも表情が少し硬くなっている気はしたが、気にしないようにした。

「いや。私たちは婚約者同士だし…それでは行こうか」

 ウィルキスは真顔のまま表情を変えることもなく、アリシアへと手を差し出した。

「えぇ、本日はよろしくお願いいたします」

――ウィルキス様は私のドレスの事も、髪の事も何もおっしゃらないのね……やはり私には興味がないのだわ。

アリシアの今日の装いは、シャンパンゴールド色のボートネックのドレスに、髪の毛は上で束ねエメラルドの髪飾りで留めていた。

 正式なパーティーということもあり、ウィッグは付けていないため、ウィルキスには目が痛くなる赤髪が見えているはずだった。



 王宮へ向かう馬車の中でも二人は会話という会話をしなかった。いつもは二人でいるとアリシアが積極的に話しかけていたが、今日はアリシアが話しかけないため、時々ウィルキスがぽつりぽつりと話し、アリシアがそれに相槌を打つ程度だった。


 アリシアにとって気まずい馬車の時間は長い時間に思えた。実際にキルス家の屋敷から王宮までは馬車で10分もかからない程度の距離だった。しかし、アリシアにとっては、遠回りをしているのかと思えるほど長く感じる移動だった。



 王宮でのネルフォード王子の誕生パーティーは夜の比較的早い時間から行われた。ネルフォード王子が8歳ということも考慮されたためだ。すでに王宮の前には馬車がたくさん停まり、次々と貴族たちが王宮に入っているようだった。

 ウィルキスの手を取り馬車から降りたアリシアは、王宮のパーティー会場の入り口を見つめる。色とりどりのドレスを身にまとった女性、燕尾服の男性が次々と入口へ消えていくのが見える。

――今日は社交の場。頑張るのよ、アリシア。

 アリシアは今一度自分へと言い聞かせた。



 王宮の中は色とりどりの花がたくさん飾られ、貴族たちのきらびやかな衣装も相まって空気がキラキラと輝いているようだった。すでにほとんどの貴族は広間に揃っているようで、アリシアにとっても見知った顔ばかりが目に入った。


「ウィルキス様、アリシア様こんにちは」

 アリシアとウィルキスが広間に着いてすぐ、ミリーを伴ったコーエン伯爵が近寄ってきた。コーエン伯爵は相変わらず熊のように大きな体に強面の顔をしていたが、アリシアはコーエン伯爵が見た目とは異なりとても穏やかな性格をしていることを知っていた。ミリーはコーエン伯爵の腕に自分の腕を絡ませ、にこにことしている。どうやら親子で一緒にパーティーに来たようだった。

「こんにちは、コーエン伯爵、ミリー様」

「お久しぶりです。お元気そうでとても嬉しいですわ」

 ウィルキスは親し気に二人に挨拶をしていたが、アリシアは失礼にならないようあたりさわりのない挨拶をした。

「アリシア様、先日は、あの後体調は大丈夫でしたか?」

 ミリーが心配そうな顔をしてアリシアへと話しかけてくる。

「えぇ、ミリー様。その節はご心配をおかけしました。この通り、元気にしておりますわ」

「それなら良かったですわ」

 アリシアの返事にミリーは安心したような表情を見せる。

 ミリーの言葉にアリシアは作った笑顔を向けるが、正直いたたまれなかった。自分がこの場でどうふるまったらよいのか、ミリーやウィルキスにどんな表情を、言葉を向けたらよいのかわからなかった。



 その時辺りが急にざわつき、音楽が鳴り始める。どうやら王族が登場するようだった。アリシアの耳にはその音楽が天からの助けのように聞こえた。

 


 マントを身に着けた王と皇后の後ろからブルーラベンダーの燕尾服を着たネルフォード殿下、そしてネイビーブルーのドレスを身にまとったマリア姫が現れた。ネルフォード殿下は瞳の色と同じブルーラベンダーの燕尾服がとても良く似合っており、シルバーホワイトの髪に良く映えていた。

マリア姫のドレスは落ち着いたネイビーブルーの色でありながらも、首元、手元のレースが光の反射で時折輝いて見えた。そして腰から下はタッキングスカートでボリュームを出し、ところどころ真珠も縫い付けてある。


 音楽が鳴り終わってすぐに始まったネルフォード殿下の挨拶は8歳と思えぬほど立派なものだった。王も皇后も満足げな表情を浮かべてネルフォード殿下を見つめていた。

 ネルフォード殿下の挨拶が終わると、貴族たちは思い思いに歓談を楽しむ社交の場となる。アリシアはウィルキスと共にまずはネルフォード殿下に挨拶に行くことにした。


「ネルフォード殿下、この度はお誕生日おめでとうございます」

「バーグ公爵家のウィルキス様、ありがとうございます」

「殿下のご挨拶、とても感動致しました」

「ありがとうございます」

 ネルフォード殿下は流石にこういった場に慣れているのか、8歳とは思えぬ落ち着いた対応をしている。アリシアはウィルキスの邪魔にならないように、控えめにネルフォード殿下にお祝いを伝えた。


「アリシア様」

 アリシアは突然後ろから呼ばれ、振り返ると満面の笑みを浮かべたマリア姫とユリウス王子が立っていた。ユリウス王子とマリア姫が並んだ姿は、まるですでに夫婦であるかのようにしっくりきていた。

「マリア姫、ユリウス王子、お久しぶりです」

 アリシアは二人に頭を下げる。

「マリア姫、アリシア様はネルフォード殿下とお話しされていたのに割り込むなど、品がありませんよ」

 ユリウス王子はマリア姫に仕方がないな、と言わんばかりに苦笑している。

「あら、ネルフォードはウィルキス様とお話しされているようですから、大丈夫かと思ったのですわ」

 マリア姫はユリウス王子に負けじと言い返していた。

 アリシアがウィルキスに目を向けると、ネルフォード殿下とどうやら軍馬の話をしているようだった。

「そうですね、マリア姫。今日のドレス、とても素敵ですわ」

「ありがとう。とても気に入っているのよ。ユリウス様もいつものドレスよりもこちらの方が似合ってるっておっしゃるの」

 マリアは嬉しそうに頬をピンクに染めている。その様子をユリウス王子が穏やかな表情で見つめていた。

「そうですか、それはお手伝いできてとても嬉しいですわ」

 マリアとユリウスの幸せそうな姿にアリシアは心が温かくなり、幸せな気持ちになった。そして同時にちくんと胸の痛みも感じた。


 程なくウィルキスがネルフォード殿下と会話を終えたようで、アリシアはウィルキスと共にネルフォード殿下、マリア姫とユリウス王子へ挨拶するとその場を辞した。


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