20話
アリシアがコーエン伯爵領で衝撃的な体験をしてから3日後、アリシアは王宮で皇后のお茶会に招かれていた。お茶会は皇后がいつも好んでお茶をする王宮の南庭園で開催された。
「皇后様、この度はお招きいただき、ありがとうございます」
アリシアはこの日久しぶりにウィッグを外し、もとの赤髪に髪の毛を戻していた。
「アリシア様、ごきげんよう」
皇后はアリシアを見て微笑むと、視線をアリシアの髪に移すが、アリシアの髪については特に何も言わなかった。
庭園は若葉が目立ち始め、春のにおいに溢れていた。アリシアが出された紅茶を口にすると、とても爽やかな香りがした。フレーバーティーのようだった。
――皇后様は本当に紅茶の趣味が素敵だわ。いつもとてもおいしいもの
「アリシア様の新しいドレス、とても素敵ね」
「ありがとうございます」
「アリシア様、今日はドレスについて少し相談したいのよ」
「まぁ、ありがとうございます。皇后様にそう言っていただけると嬉しいですわ」
アリシアは話には聞いていたが、実際に皇后に自分のドレスを褒められてとても嬉しい気持ちになった。
「近いうちにネルフォードの誕生パーティーがあるのだけれど、その時のマリアのドレスをあなたにお願いできないかと思っているの」
ネルフォード王子はオルカンド王国の第一王子で、もうすぐ8歳の誕生日を迎える。シルバーホワイトの髪にブルーラベンダーの瞳を持ち、まさに現国王であるジルフォード王と瓜二つの容貌をしている。第一王女のマリア姫もシルバーホワイトの髪を持つが、瞳は皇后に似てアイスグリーン色をしている。10歳になった最近はおしゃれにとても興味があるようだった。
「とても光栄ですわ」
アリシアはまさか自分が王子の誕生祝いという正式な場で、マリア姫のドレスのデザインを任されるとは思ってもいなかった。驚きと嬉しさに少し声が上ずってしまった。
「デザインはマリア姫とお話したらよろしいでしょうか?」
「えぇ、そうね。私としてはできれば、そう、アリシア姫が前回着られていたような、上品なドレスを着てほしいのだけれど」
皇后は苦笑している。どうやら最近マリア姫が胸が大きくあいたドレスを好んで着ることに思うところがあるようだった。
――それとなく上品なものをマリア姫に勧めてほしいってことね
「皇后様、マリア姫とお話しして、誕生パーティーにふさわしい素敵なドレスに致しますわ」
「アリシア様、ありがとう。あの子もおしゃれがとても好きだから、アリシア様とお話したら喜ぶと思うわ」
「とても光栄です、皇后様」
その日のお茶会はマリア姫のドレスのデザインの話でつつがなく終了した。
アリシアはマリア姫のドレスを任されたことに使命感を感じていた。
――誕生パーティーまで忙しくなりそうだわ
アリシアはウィルキスとミリーのことにはできるだけ意識を向けないようにしていた。まだその事に向き合う勇気がなかった。
3日後アリシアはベールとユンを連れ、王宮を再度訪れた。マリア姫と会い、ドレスを相談するためだった。ベールは王族との面会にいつもの3倍くらいの笑顔でにこにこしている。いつもよりも大きなソロバンを頭の中ではじいているのだろう。一方ユンは顔が少し青くなっていた。どうやら初めての王族との面会に緊張しているようだった
「ユンさん、大丈夫よ。私もいるし、ベールさんもいらっしゃるわ」
「は、はぃ」
ユンの声は少し震えていて、どんなにアリシアが優しく声をかけても緊張がとれることはなかった。
「失礼いたします。お待たせいたしました。マリア様がお越しです」
扉に立つ侍女の言葉に、応接間に座っていた3人は一斉に立ち上がった。
入ってきたマリア姫は胸元が大きくあいたチェリーピンクのドレスを着ていた。頭には花がついた細いカチューシャを付けている。アリシアが以前会った時よりも少し身長が伸びているようだった。
――少し大人っぽくなられたわ、マリア姫
「アリシア様、会えてうれしいわ」
マリア姫はアリシアに視線を向けると、満面の笑みを浮かべ近寄ってきた。
「マリア姫、お久しぶりです」
アリシアは正式な作法にのっとり、丁寧に頭を下げた。
「えぇ、是非お会いしたかったわ。今日のドレスもとても素敵ね。なんだかすごく……大人の女性みたいだわ」
アリシアは以前のパーティーで身に着けたエメラルドグリーンのロングスリーブドレスを身に着けていた。
「ありがとうございます。マリア姫も素敵なドレスですわ。以前よりも少し身長も伸びてらっしゃいますね」
「そうなの。少しは大人っぽくなったかしら?」
アリシアの言葉にマリア姫は少し得意げな表情を浮かべる。
「えぇ。とても綺麗になられました」
「ありがとう、アリシア様に言われると嬉しいわ」
マリア姫は満足げな表情を浮かべた。
「マリア姫、今日はネルフォード王子の誕生パーティーのドレスについて、是非相談させていただきたいのです」
「そうね!お母様から聞いているわ」
「はい、今日は私のブランドのパートナーであるベールと針子のユンも同席させていただきます」
「ベールでございます。マリア姫様にお会いできて光栄でございます」
「ユンと申します。ど、どうぞ、よ、よろしくお願い、いたします」
アリシアがマリア姫にベールとユンを紹介すると、アリシアの横にいた二人は順番に頭を下げた。
「マリア姫、早速ですが、パーティーのドレスはどのようなものが宜しいですか?ご希望があれば是非伺いたいのです」
4人が席に着くと、アリシアはさっそくマリア姫にドレスについて尋ねた。
「そうね~。私はやっぱり胸元があいたドレスがいいわ」
「そうですか」
「あとは、やっぱり腰から下はボリュームが欲しいの」
「素敵ですね」
アリシアはマリア姫の言葉を頷きながら聞く。
「あとは、最新っていう感じのものがいいわね」
「わかりました。マリア姫、普段ドレスを選ぶ際にはどなたか参考にされている方がいらっしゃるのですか?」
「そうね。いろいろですけど、アリシア様も参考にさせてもらってるわ」
「ありがとうございます」
「それ以外にも、そうね、エレナ様も素敵なドレスが多いわね」
――ずいぶん年上を参考にされてるのね。……もしかして
「マリア姫は少し大人っぽいドレスの方がお好きですか?」
「そうね!……ユリウス様に子供扱いされないようにしてるのよ」
――そういうことなのね。
アリシアはマリア姫の考えていることが分かった気がした。
ユリウス王子は西のルワン帝国の第2王子であり、マリア姫の婚約者でもある。ユリウス王子は17歳でマリア姫は10歳。王族同士の婚約とはいえ年が離れている。マリア姫は昔からユリウス王子に憧れていたから、ユリウス王子にふさわしい女性に見えるよう、大人っぽい装いを意識しているのだろう。
「マリア姫、ネルフォード殿下の誕生パーティーにはユリウス王子はお越しになる予定ですか?」
「え、えぇ。ルワンダの代表として来る予定よ」
「でしたら、ユリウス様と並んだ時にお似合いになるようなドレスはいかがですか?」
「え?そんなことできるの?」
マリア姫は頬をピンクに染め、恥ずかしそうに、そして嬉しそうに目を輝かせた。
「ユリウス王子の髪の色はネイビーブルーですよね。その髪の色と同じ色のドレスにしてはいかがですか?」
「まぁ!素敵!!!でも……それでは地味にならないかしら?」
「マリア姫、ネイビーブルーの色だけでは地味になりがちですが、今日私が身に着けているドレスのように、胸元から首元、そして腕の先までは薄く繊細なレースにいたします。そのレースの中に金糸・銀糸など光る糸を編み込むことで、光の反射できらきら光りますわ」
「まぁ!そんなドレス見たことないわ」
「えぇ。最近横にいるベールが見つけてきたレースでして、今のところオルカンド王国で身に着けている女性はまだいないと思いますわ」
「是非!見てみたいわ!」
マリアはアリシアのドレスのデザインに目を輝かせると、手の平で口元を抑えてとても興奮を隠し切れないといった様子を見せた。
それからアリシアはベール、ユンも含め、もう少しドレスの詳細をマリア姫と話し合うと、3人は城を後にした。
思っていたよりも時間がかかっていたようで、ユンは緊張のし過ぎでへとへとになっていた。一方ベールはと言えば、マリア姫のドレスを無事請け負うことができそうで、行く前よりも元気になっていた。




