2話
翌日、アリシアはウィルキスに会いに公爵家を訪ねた。婚約者になってからは事前に言付けをしないでしょっちゅう公爵家を訪ねていた。この日もウィルキスを少し驚かせようと事前の言付けなしで訪問したのだ。
「いらっしゃい、アリシア様」
「ウィルキス様、お会いできてうれしいですわ……ミリー様もごきげんよう」
アリシアはバーグ公爵家でミリーを見つけた瞬間、ついつい眉間にしわが寄ってしまいそうになり、軽くこぶしを握り締めた。
――いけないいけない、私はオルカンドの薔薇よ!
アリシアは何度も自分にそう言い聞かせながら、ウィルキスとミリーと同じテーブルに着いた。どうやらウィルキスがミリーを招き、二人でお茶をしていたらしい。
―良かったわ。二人きりでお茶だなんて、これ以上仲良くなられたら困るわ。
席に着いたアリシアは一度深呼吸して気持ちを落ち着かせると、改めてミリーをじっくり見る。やはり不細工だ。しかし、ウィルキスはミリーに対して可愛くて仕方がない、と言わんばかりの表情を浮かべている。
そう、これが問題だった。ウィルキスは日ごろから女性に対して好意を示すことはほとんどない。あまり笑顔も安売りしない。婚約者のアリシアでさえ、ミリーに向けるような笑顔をウィルキスに向けられたことは記憶になかった。
つまり、ウィルキスは婚約者であるアリシアの嫉妬心を煽りたくてわざとミリーに良くしているわけではないのだ。誰がどう見ても、ミリーが本当に大切で可愛いに違いない、と思われるような表情、態度なのだ。
「ウィルキス様、ミリー様突然お邪魔して申し訳ありません。お二人でどのようなお話をされていたのかしら?」
アリシアは軽く首をかしげるとウィルキスとミリーに問いかけた。この首の角度が一番自分が美しく見える、ともちろん計算してのことだった。
案の定ミリーはアリシアに視線を向けると顔を赤くする。
「あぁ、二人で馬の話をしていたんだ。ミリーの牧場で良い仔馬が生まれたようだから」
ウィルキスはアリシアの方を見ても特に表情を変える様子はない。
――ミリー様、あなたに見とれてほしいわけじゃないんです
アリシアは自分の仕草がウィルキスに対して完全に空回りだったことを思い知った。そしてその日アリシアはお茶会を終えるまで敗北感をぬぐうことができなかった。
「ウィルキス様、少しお時間をいただけないでしょうか」
お茶会を終えた後、アリシアは意を決してウィルキスに話しかける。
「できれば二人きりでお話ししたいのですが」
「あ……あの、私は先に失礼いたします」
アリシアの言葉にミリーは空気を読んだかのように早口で言うと、そそくさと部屋を後にした。
「わかった。ではもう一度座ろうか。お茶を入れなおしてもらおう」
ウィルキスは部屋にいた侍女にお茶の用意を頼むと淡々とアリシアを再度席にうながした。
「それで、話があるのだろう?」
アリシアが侍女が新しくいれてくれたお茶を味わっていると、さっそくウィルキスはアリシアを促した。
「はい。ウィルキス様、私はウィルキス様の婚約者です。もちろん家と家との取り決め、ということも分かってはおりますが、私自身はウィルキス様を心からお慕いしております。」
「ありがとう」
特にウィルキスの表情は変わらない。
「しかし、心配なのです。ウィルキス様はミリー様と仲がよろしいようですし」
アリシアは精一杯悲しそうな表情を作った。
「まぁ、ミリー様は可愛いからね」
――可愛い?ミリー様が?
聞き間違いだろうか。
「単刀直入にお聞きしますわ。ウィルキス様はどうしてあまり私に笑いかけてくださらないのですか?」
「あぁ……」
ウィルキスが言いづらそうな表情を浮かべる。どうやらアリシアに気に入らない部分があるようだった。
「是非、お聞かせいただけませんか。ウィルキス様の率直なお気持ちを。私は何を言われても驚いたりしませんわ」
アリシアは覚悟を決め、ウィルキスに伝える。膝の上で握っている手に汗がにじむのがわかった。
「まぁ……君のその赤髪は、なんというか……目が疲れるから……」
思いもよらないウィルキスの言葉に、流石のアリシアも呆然としてしまった。
まさか自分の赤い髪が原因とは。しかも、見つめると目が疲れるらしい。赤髪はアリシアにとって、自分の美しさの象徴の一つ。皆が口々に褒めたたえてくれる自分の赤髪が、まさか自分の足をひっぱるとは。
その日アリシアはまさかの自分の欠点にショックを隠しきれず、顔をひきつらせたまま公爵家を後にした。侍女のエナ曰く、背中には哀愁が漂わせていたとか……。