11話
アリシアは新しい牧場運営とブランドの立ち上げで忙しく、王宮の舞踏会へと約1か月ぶりに参加をしていた。
今日のアリシアのドレスは瞳に合わせたエメラルドグリーンを基調に、胸元から首元、そして手先まで繊細なレースで覆われたロングスリーブドレス。さらに、腰から足元まではあまりボリュームをもたせないながらもところどころレースをあしらった、まさに最新デザインのドレスだった。最近の貴族の若い令嬢の間で流行りのドレスと言えば、胸元が大きくあき、腰から下はこれでもかとボリュームを出したプリンセスラインのドレスが主流だった。
周りの男性がアリシアの上品な美しさに見とれ、若い令嬢も我先にとアリシアに対してどこのドレスか探りにくる。
――このドレスはおおむね好評ね。年上の方々にもこのレースは評判がいいみたいだわ。
アリシアのドレスを見た皇太后は、特にアリシアのドレスが気に入ったようだった。どうやら10歳になった姫が最近胸元を強調したドレスを好むことが多く、上品なドレスを着せたいらしい。
――このドレス、ウィルキス様に見ていただけないのが残念だわ
「あら嫌だ……ドレスの泣き声が聞こえると思ったら、ミリー様でしたわ」
くすくす
「馬子にも衣装って言葉、今初めて目にしましたわ」
「あら、レティア様ったら」
くすくすくす
アリシアが一通り挨拶を終え、少し喉を潤わそうと広間の端へ寄ると、後ろからからかうような声が聞こえてくる。アリシアがふと視線をずらすと、そこには子爵家の令嬢に囲まれたミリーの姿があった。
ミリーは少し日に焼けた肌に胸元が大胆に空いたストロベリー色のドレスを身にまとっていた。最近はやりの型に女性らしいストロベリー色のドレス。ドレスはそれ自体がとても素晴らしく手の込んだものだと見てわかるものだった。しかし、ミリーには残念なほど似合っていなかった。
「ミリー様はとても健康的なお肌の色で、うらやましいわ」
「牧場でお忙しいのかしら。でも人の婚約者に媚びうる時間だけはあるみたいですけど」
「牧場でも何をしているのかわからないわ。若い男性が多く働いているのですもの」
「ミリー様、カロリーナ様、レティ様、ごきげんよう」
「あら、アリシア様!ごきげんよう」
アリシアは放っておこうと思ったものの、あまりの内容のひどさにとっさに声をかけてしまった。
「アリシア様、なんて今日のドレスは素晴らしいのかしら。アリシア様の美しさと気品が、とても際立ってらっしゃいますわ」
「本当ですわ。きっとウィルキス様がいらっしゃってたら、アリシア様に見とれてしまいますわね」
二人の子爵令嬢はアリシアを見ると、とたんに態度を変え、アリシアへ賞賛の雨を送ってくる。それと同時にミリーをちらちら見ながらウィルキスの話題を振る。
――一緒にミリー様を虐めて欲しいみたいね
「あら、カロリーナ様、レティ様。お褒めいただいて光栄ですわ。今度新しく、私がプロデュースするお洋服のブランドを立ち上げるつもりですの。開店パーティーには是非いらしてね。招待状を送らせていただくわ」
「まぁ、さすがアリシア様。素敵ですわ」
「本当に。是非お邪魔させていただきたいわ」
「ありがとう」
アリシアはにっこりと微笑みながら、子爵令嬢に話しかける。
「ところで、ミリー様、少しお話があるのですが、よろしいかしら」
「は、はい」
カロリーナとレティの後ろでうつむいていたミリーが突然アリシアに話しかけられ、驚いたように顔を上げる。
「あの……」
「まぁ、アリシア様、ミリー様をあまり責めないであげてくださいませ」
「そうですわ。ウィルキス様がミリー様に優しいのは、ウィルキス様がとても紳士的でいらっしゃるからですもの」
カロリーナとレティは口ではミリーをかばうものの、その目はアリシアがミリーを虐めるのを期待しているようにしか見えなかった。
「あら、カロリーナ様もレティ様も、何の話しかしら?私、今はミリー様に牧場経営についていろいろと教えていただいているのよ。ミリー様に是非伺いたいことがあったの。ミリー様は本当に素晴らしい知識をお持ちだわ」
「え……」
「あ、あの……」
カロリーナとレティは自分たちの思い通りの展開でないことに驚き、戸惑ったような表情を浮かべ、お互い顔を見合わせあっていた。
「カロリーナ様、レティ様、大変申し訳ありませんが、少し席を外していただいてもよろしいかしら」
「えぇ、もちろんよ」
「アリシア様、ミリー様ごきげんよう」
二人の令嬢は天の助けとばかりにそそくさとその場を後にした。
「ミリー様、少し控室でお話しませんか?」
「アリシア様、あの」
アリシアはミリーの返事を聞く前に、ミリーの手を握りしめると控室へと歩き出した。