1話
――私は美しい。
――もう一度はっきり言おうと思う、私は美しい。
アリシアは自室で鏡を見ながらそんなことを考えていた。
私が自意識過剰か、と言えば、多少はそういうところもあるかもしれない、いや決して否定はできないが、それを差し引いたって美しいと思う。スカーレット色の髪の毛はゆるくカーブを描き腰まで豊かに流れている。毎日侍女のエナに100回はブラッシングをしてもらっているのでつやつやだ。少しでも乾燥すればオイルを欠かさず、周りに褒められない日はないほど。そして、エメラルドグリーンの大きな瞳にローズピンクのふっくらとした唇。それぞれのパーツのバランスはまさに女神の奇跡、と王宮楽師が歌にするほど。
「おかしいわ」
「……」
「絶対におかしいと思うのよ!」
「……」
「どうして黙っているの?エナ」
アリシアは後ろを振り向くと、傍に控えていた侍女に首を少しかしげながら問う。
「おかしいと言われましても」
エナは表情を変えることもせずに淡々と答えた。
「私は美しいと思わない?」
「はい。アリシア様の美しさはオルカンド王国一です」
「そうよね。そう言われるのよね。はっきり言って私は自分でも自分が美しいと思うわ」
「おっしゃる通りです」
「エナ、オルカンド王国で一番かどうかは置いておいて、客観的に見て私は美しいわよね?」
「はい。客観的に見て間違いありません」
しつこく問うアリシアに、エナは相変わらず表情を変えることなく繰り返し答えた。
アリシアはやはり自分の視覚に問題があるわけでも、また美的センスに問題があるわけでもない、ということを再確認する。エナは表情は豊かではないが、アリシアには嘘はつかない。王国一美しい、という真偽のほどは置いておいて、そう表現される程度には自分は美しいということなのだ。
「では、なぜウィルキス様は私に目もくれず、ミリー様にばかり笑顔を向けるのかしら」
まさに今アリシアが直面している問題がウィルキスだった。
ウィルキスはこのオルカンド王国の貴族の中でも最高位であるバーグ公爵家の長男であり、キルス伯爵家令嬢であるアリシアの婚約者でもあった。ウィルキスは短いブロンドヘアが特徴の美男子である。背は高くすらっとしていて、彼のアクアマリンの青い瞳に見つめられると誰もが恋に落ちてしまう、と囁かれるくらい人気があった。婚約者にアリシアがいるのにも関わらず、だ。
ウィルキスは見た目だけでなく、中身も素晴らしかった。知識も豊富で頭も切れるため、公爵領は将来100年にわたって安泰と言われ、更に剣術や馬術もそつなくこなす、まさに少女たちが夢見る王子様のような男だった。
唯一の欠点があるとすれば、それは女性に対して笑顔を向けることはあまりないこと。それだって、浮ついていない真面目な性格、と異性からも同性からも好意的に受け入れられていた。
アリシアは自分の美しさはウィルキスにふさわしいと思っていたし、公爵家の長男の妻として公爵家の次に位の高い伯爵家の自分は身分的にも相応。年齢もウィルキスは17歳、アリシアは15歳と、まさにお似合いのカップルだった。
ところがウィルキスはミリーという、こちらも伯爵家ではあるが、令嬢に現在入れ込んでいるのである。
「蓼食う虫も好き好き、と言いますから」
「それはウィルキス様の美的感覚がずれている、ということかしら?」
「その可能性もあるかと思います」
「そう……」
実はこのミリーは通称コーエン伯爵家の豚姫と呼ばれるほど、顔が美しくなかった。はっきり言うと不細工だった。
目は細く鼻は大きくおちょぼ口、そして何よりも顔全体のバランスが残念すぎるのだ。あと少し目と目の間が狭ければ、あと少し鼻が小さければ、あと少し口が大きければ、可も不可もない普通の顔くらいのレベルになっていたのに、と誰もが首を横に振る。
美しいパーツを何とか挙げるとすれば、それは細い目からかすかに覗く青い瞳くらいだった。しかし、普段微笑んでいることが多いミリーの顔に青を捉えることはほとんどできない。多くの人がミリーの瞳の色を聞かれても答えに詰まるだろう、という程度のものだった。
更に、ミリーの家であるコーエン伯爵家は牧場経営が有名で、ミリーはそれに関わっている。そしてミリーの体型が少しぽっちゃり、どちらかというと太り気味なことから、豚を飼っている豚姫、と裏で呼ばれるようになったのだった。
「とはいえ、簡単にあきらめるわけにはいかないわ」
「……」
「ウィルキス様にふさわしいのは私だと思う」
「……」
無言のエナに向かい、アリシアは強い口調で言い切った。