ぼっちくんと美術少年
美術の時間。
今日はペアを作って互いのことを描くというのが、美術の授業であり課題だった。
ペア。
ぼっちからしてみればとんでもなく難易度の高いことなんだろうけど、実際はそうでもない。
アニメやマンガなんかではよく美術室に逃げたりサボったりなんやかんやしたりしてるイメージが強いかもしれないが、現実はそーはいかない。
なぜなら授業をサボることによって逆に目立ってしまうのだ。放課後残されたり休み時間に課題をもらったりする方が辛い。コミュ障とぼっちは違うのだ。舐めてもらっては困る。
解決法はとても単純だ。
プライドを捨てればいいのだ。
そうすれば何も思わないし感じない。クラスには必ず三人組や五人組の仲良しグループがある。その中の溢れた一人だって形式は違うにしろぼっち化してしまったと言えるだろう。いや、言えないか?
とにかく、そんな人と組めたら最高だ。俺と組んでるにも関わらず、仲良しグループで遠距離の会話を楽しむんだから、俺のことになんて気を配るどころか気にも留めない。完璧なるワールドオブぼっちが形成されることだろう。
「よろしく」
「こ、こちらこそ」
とは思っていたのだが、現実はそうはいかないもので、普通に近くに座っていた人と組むことになってしまった。
確か…渡辺みたいな名前だった気がするんだけど…あっ、そうだ。哲也だ。渡だ。
というわけで、渡とペアを組んで向かい合ってお互いの顔を描いていく。
渡はサラサラとスケッチブックに描いていく。俺は鉛筆でシャッシャッシャッと線を重ねて描いては消してを繰り返している。
誰かが言っていた(のを聞いた)。
『線を重ねて書けばそれなりに上手そうに見える』と。
ただ円をクルッと描くよりも、線を重ねて細かく書いていくと無駄に立体感が出るというものだ。無駄だけど。無駄が多いとエクスタシーな人に怒られかねないから、やりすぎ注意ではあるが、俺みたいな画力の乏しい人間にはピッタリなテクニックではある。
そんなこんなでシュシュシューっと描いていく。もちろん上手いほうがいいんだろうが、別に美術で二以上をとったことがないピカソ並の画力を持つ俺は、それなり以下の画力でスケッチブックへと鉛筆を走らせて向かいの渡の顔を描いていく。
渡は早くも最後の細かいところの描写に入っているようで、俺の顔を見てはあーでもないこーでもないコーデリアでもないと言う顔で鉛筆を走らせている。
……
あれだよな。これ、男女ペアでやったらものすごく恥ずかしいよな。
そこまで意識してない人でも、これだけの時間向かい合って時々チラチラって見合ってたら、『あれ? これってホントに描いてんの? もしかして俺のこと好きなんじゃね?』って思っても仕方ないよな。
と、そんなことを思っていたら、チラ見した瞬間に渡と目が合ってしまった。
ニコッと微笑む渡。
目をそらす俺。
…えっ? もしかして俺のこと……
「進み具合どう?」
「えっ!? し、進み具合?」
どうって聞かれても、まだ輪郭しか描いてないんだけど。これから目を描こうかと思ってアニメチックに描こうがどうしようかちょっと迷ってたんです。
「ぼちぼち、かな。そ、そっちは終わったのか?」
礼儀として聞き返す。
「あとは細かいところ見るだけだから、ほとんど終わった。見る?」
「見ていいのかよ」
「まぁ一応ペアだし」
「じゃあお言葉に甘えて」
俺は席を立って渡のスケッチブックを覗き込む。
「うはっ…」
思わず声が出た。
つまりそういうことである。上手すぎた。
なにこれ。描いたとかっていうレベルじゃない。これは模写だ。俺が白黒でスケッチブックの中にいた。クリアマインドの領域に達している。
そこまで鏡で自分を見る機会がない俺でもわかる。これは俺だ。
「どう?」
「なにこれすごい」
「マジで? ありがと」
「これはプロの所業だろ」
「そんなことないって」
これでプロじゃなかったらプロはどうなんだ?
まさか中学生で流血テニスをするような連中の世界に俺は迷い込んでしまったのか? あの世界ならプロがどれほどすごいかが理解できるけど、これは現実であってリアルだ。爆ぜてはいないし、シナプスは弾けてもいない。
「そっちは?」
「いや! 俺のはまだ全然完成できてないし! やめたほうがいい!」
「いいって。見せてよー」
「いやいやダメだって、恥ずかしいし」
「そんなこと言わないでさー」
俺は覗き込もうとする渡の進路にからだを割り込ませて全力で防御。絶対防御将軍よりも素晴らしい防御を展開している。もちろん見えそうで見えないスカートよりも鉄壁だ。
「お前ら、何してんだ?」
「…防御を少し」
「あ、渡辺じゃん」
渡辺襲来。
「渡辺はもう書き終わったの?」
「おー。適当に終わらせてきた。んで、なんか楽しそうだったからこっち来てみた」
余計なことしなくていいんだよ。こっちくんな。向こうでおとなしく椅子に座ってろっての。
「うおー。相変わらず渡は絵が上手いな」
「ふふん」
「んで、お前は?」
「渡辺。等価交換って知ってるか?」
「パチンコか?」
「そうだけどちげぇよ。何かを得るためにはそれと同等の対価が必要なんだってさ」
「その心は?」
「昼飯をおごってくれたら見せてやる」
俺の渾身の言葉に、渡と渡辺が顔を見合わせた。
「お前、そこまでして見せたくないのかよ」
「無論だ」
「そんなに下手なの?」
「無論だ」
「わかった。ちょっと待ってろ」
そう言って渡辺は自分の席へと戻っていく。
そして自分のスケッチブックを持って戻ってきた。
「ほら見てみろ」
「「うわぁ…」」
思わず俺と渡が声を揃えて言ってしまうぐらいヘッタクソな絵だった。これならテニプリで言うところの銀華中レベル。俺は地味ーずレベル。渡は立海だ。
「ほら。俺のも見せたんだからお前のも見せろ」
「むむむ…」
「等価交換、なんだろ?」
ドヤァ。
渡辺のドヤ顔炸裂。死んでしまえばいいのにと思わせるぐらいムカつく表情を繰り出してきた。
でも冷静に考えると、渡辺の絵よりはうまい自信がある。
というわけで、恥ずかしながら見せることにした。
「…ほい」
「「……」」
……あれ?
なんで二人して顔見合わせてんの?
「な、なんか感想言えよ」
「なんか…ねぇ」
「お前、完成してないんだったら比べるまでもねぇじゃん。しかも輪郭だけとかどういうこったよ」
「普通輪郭から描いていくだろ」
「はぁ…もういいわ。俺、戻るわ」
「あはは…」
そう言って去っていく渡辺と、苦笑しながら元の位置に戻る渡。
なにこれ。描いた絵をけなされるよりもダメージでかいんだけど。
その後、顔のパーツを描いたのは良かったのだが、やっぱりバランスが悪くなってしまい、なんとも言えない出来になってしまった。
……やっぱり絵は目だよな。うん。
おしまい。
渡くん!
お誕生日おめでとう!
というわけで、ツイッターで仲良くしている渡くんへのお誕生日プレゼントでした。
一応全然関係ない方でも楽しめるようになっておりますので、お楽しみいただけたら幸いでした。
ではでは