【09話】ここで昔の知り合いが登場するとかおかしいだろ
百衣と別れた私は水之の後について行き、数分後には校舎に着いた。
途中、水之がキャリーバックに気付き、「持とうか?」と言われたが、丁重に断った。
いくら舗装されている道とはいえ、キャリーカートを引くには力がいる。
その為、私はキャリーカートを持ち歩いていた。入っている物が重い物ではなかったから出来ることではあるが。
だから、水之がキャリーカートに気付くのが遅かった。
水之が気付いたのが校舎の下駄箱でだった。ここから持つと言われても、あまり意味がないと思う。
校舎内はホームルームまで時間があまりないからか、人は少なかった。
注目されずに済んで私は内心ほっとした。注目されていい事なんて、今までなかったからな。
水之の後に続いて校舎に入り、そのまま職員室へと案内される。
ここまでの道のりの間、私と水之はキャリーカート以外に関して一言も喋っていない。
私としては楽だが、普通は色々聞いてくると思うんだが……無言の雰囲気が苦手な奴も多いはずだ。
まぁ、そう思っても過去の事になるのだから、仕方ないか。
「ここが職員室。……失礼します。織原先生、転校生を連れてきました」
水之は職員室の扉を開き、スタスタと歩いていった。私はただその後をついていくだけ。
ただちょっと引っかかるものがあった。
オリハラ……どこかで聞いた名前だな……。
「おぉ、ありがとな、水之。ちょっと神前と話があるから、先に教室に行っていてくれ」
水之の言葉に返事をした男性は髭は生えっぱなし、髪はぼさぼさというだらしない格好であった。
彼が私のクラスの担任であろう。こんな人物は見た事ないはずなんだが、どこか見た覚えがある。なぜだろう。
「分かりました。じゃあ、神前君、また後で」
「はい、またお会いしましょう」
私は作り笑顔で水之に見せた。まぁ、一応、案内してくれたから、これぐらいはサービスしないとな。
水之も笑顔で私に答え、職員室を出て行った。
数秒後、誰かの笑い声が聞こえた。
「『またお会いしましょう』とか……ぷぷっ……」
どうやらオリハラと呼ばれた教師が笑っているようだ。私はその笑いを堪える姿を見て、思い出した。
「お前、織原卓登か」
私は周りには聞こえない程度の声で言った。笑いをこらえていた人物はこちらを向いた。
「あー、ばれました?」
「お前の笑いをこらえる姿は何度も目にしているからな」
「さすが嬢ちゃんですね」
彼――織原卓登は神埼組の元副組長で、何度か会った事がある。
祖父にとって、右腕的存在だと言っていた事も覚えている。
しかし、そんな彼がこんな所にいるとは予想外だ。しかも、だらしのない格好で。
私の知っている彼はいつもきちっと背広を着用し、髪はオールバックにして、モテていた。男女関係なく。
しかし、誰にも手を出さず、『無能』と言う噂も流れた事がある。
実際は学生時代から十年間付き合った女性と結婚し、三人の子供がいると以前、聞いた事がある。
「なんで貴様がここにいる」
「組やめた後、教師になったんですよ。今回は嬢ちゃんのクラスの担任です」
子供好きなのは知っていたが、まさか高校教師になるとは思っていなかった。
精々保育士だろう。まぁ、ここにいるのはどうせくそ爺が根回しして担任にしたんだろう。
本当に外堀を埋めていくな、あの人は。
「分かった。私の正体はバラさない様にな」
「そんな事しませんよ。そんな事したら、関係者全員にボコられます」
私の事は企業秘密以上の極秘事項として扱われる事が多い。
大企業である上東グループの敏腕社長で裏社会では名前を知らない者がいない神埼組組長と言う表社会と裏社会で名を馳せている人物が同一人物で女性でまだ十代と言うのは国家機密にも値する事だろう。
まぁ、周りがばらさなければ、バレないが。
ばらした所で冗談半分に受け取られるのが常である。
キーンコーン……
「げ、ホームルーム始業のチャイムだ。
行きながら、クラスについて、説明するな。
あ、そのカートはここに置いていってくれ。こっちで寮に運んでおく。教室持って行っても、邪魔だしな」
織原が椅子から立ちあがりながら、早口で言う。これが『織原先生』というキャラなのだろう。
「分かりました」
私はキャリーカートをその場に置き、織原の後についていく。
「知っているだろうが、この学校は成績順でクラス分けされている。
クラス分けはテスト結果が発表時に毎回行われる。まぁ、そうそう面子は変わんないから、安心しろ」
クラス分けはテストの時、毎回か。面倒だが、その方が成績は上がりやすいんだろうな。私には関係ない事に近いが。
「あー、ちなみに男子校だがらか、同性愛者が多いから、一応気をつけろよ」
「……分かりました」
一応とつけるあたりが織原らしい。
以前、同性愛者である男性に「零が男性であれば、上でも下でも大丈夫な気がする」と言われた事がある。
それを言った男性はその場にいた私以外の友人に罵られたり、蹴られたりしていたが、男性はマゾだったので、すごく喜んでいたのを覚えている。
その彼の言う事が当たっていれば、男性としてここにいる私はそういう人間に狙われる可能性がある。
まぁ、襲うものなら返り討ちにするのが私である。
「後、もう一点。生徒内で【ランキング】と言うものがあるらしい」
「ランキング?」
「【ランキング】は成績と容姿と人気でランク付けされているらしい。
上位の奴ほど熱烈なファンや嫉妬深い奴がいるから、関わらないようにしろよ」
ふむ……そうなると水之あたりはランキング上位者だろう。それなりの容姿だし、生徒会副会長だから、成績もいいはずだ。
同じクラスだし、関わる事が多いはずだ。しばらくは『転校生』と言う事で大目に見られるであろう。
目立った事さえしなければ、何事もないはずだ。
しかし、織原は対処方法は言及しないのか。自分で考えろとでも言うのか?
「まぁ、神前なら、上位に食い込むだろうよ。
くくっ、楽しみだな……」
……そっちか。
2014/11/16 改稿