【08話】初日から変な奴に絡まれた
翌朝、私は用意されていた制服に袖を通した。
予想通り、サイズはぴったり。彼らにかかれば、私は何もしなくても大丈夫だな。
リビングに行くと、いるのは台所で朝食の準備をしている和輝だけであった。
「朱熹達は?」
家の中にいるのは私と和輝だけで、他の三人の気配を感じる事ができなかった。
「仕事に行った」
「こんな早朝からか?」
現在の時刻は午前四時を少し過ぎている。
普通の人であれば、まだ寝ている時間である。
「朱熹はスタッフとの打ち合わせもあるからと言って、さっき出て行った。
遥さんは今日は朝からオペで、その前に梁の書類を仕上げさせる為に梁を叩き起こして行ったよ」
「いつか体壊すんじゃないか?」
「ちゃんと自己管理はしている。
零よりはゆとりある生活をしているから」
確かにそうだなと思った。
彼らも多忙であるが、私はその倍とも言える仕事量であった。
表に出ない分、何事も問題なく事を進める為とやっていたので、苦とは思わなかったが、その分、身体には負担かけていたと思う。
最低限の体調管理と年一度の詳細な健康診断により、大病にはならなかったが、心配かける事は多かったと思う。
学園生活ではその様な事はないだろうから、普通の人並みの健康状態になる様に努めよう。
朝食は和輝が用意してくれた。
ご飯・みそ汁・焼き魚に昨日の残りの胡麻和え。
もちろん、味はおいしい。家事ができない女性には優良物件であるが、和輝に集まってくる女性のほとんどは和輝の資産目当てだから、和輝は見向きもしない。
そういう女性が寄りつかないように私の婚約者候補も取り下げる事はない。
他の婚約者候補たちも同じ理由である。早くちゃんとした彼女を作ってもらいたいと私は思う。
それにより、私の所に舞い込むであろう見合いなど考えた事はないが。
私の所に見合い話を持ってくる者がいるのかも疑わしいが。
朝食も済み、学園に行く準備をする。
準備をすると言っても、ほとんど昨日の内に終わらせたから、あまりやる事がない。
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫だ。零は心配し過ぎだ」
そうは言われても、私の会社であるのだから、心配一つや二つある。
私がいつ死んでも大丈夫のようにいつも準備していたが、こんな形で一時期だが会社から離れるとは思っていなかったから、自分の気持ちの整理が出来ていないようだ。
「零、会社の心配するぐらいなら、少しは自分の心配をしろ」
「なんで自分の心配をしなきゃいけないんだ?
会社は私の下に何百人の社員がいる。彼らを動かし、迷惑をかけないようにするのは当たり前だろう」
「……分かったよ。学園まで送るから、荷物を車にいれてくれ」
「あぁ、分かった」
憐みの目で和輝が私を見ていたが、私は変な事は言っていないはずだ。
私と和輝は車に乗り、三時間かけて、目的地である紫原学園に着いた。
朝のホームルームに間に合うように出た為、車の往来が少なく、渋滞に巻き込まれる事もなかった。
それにしても、なぜこんな辺鄙な所に学校等造ったんだと思ったが、心の中に閉まっておく。
車から降り、和輝から荷物を受け取る。
「ここからは一人だが、大丈夫か?」
「大丈夫だ。いつまでも子供扱いするな」
少なくとも、ここに通っている奴らよりはましだと思う。
自己管理は身体を壊さない程度に仕事をしていいようにと遥に徹底的に仕込まれた。そのおかげで無理をしても大丈夫な身体である。
朱熹に化粧等の女性に関する様々なスキルも仕込まれそうになったが、それは全力で阻止した。
それでも折れなかった朱熹は最低限である肌の手入れだけを仕込まれた。
「本当は色々やった方がいいけど、レイちゃんがいやがっているから、これだけね」と言っていたが、それでも三十分もかかる。
世の女性達は一体、どれほどの時間をロスしているのだろうと私は思う。綺麗であり続けることなど、無理に等しいのに――。
「週末には会いに来るから」
「その時は溜まった書類を必ず持ってこい」
「……分かったよ」
和輝は諦め顔でため息をついた。本当なら、やらせたくないのであろう。
しかし、ここの生活も大事だが、仕事も大事だからな。
「零こそ、警戒心むき出しにするなよ。一応、お前の敵はここにはいないのだから」
「分かった」
「じゃ、頑張れよ」
「あぁ」
和輝はそれだけ言うと、車に乗り、来た道を帰っていった。
さて、私も行くか。荷物はキャリーカート一つと学校指定の鞄一つだけ。
他の荷物に関しては全て宅配ですでに寮にあるはずだ。私はあまり物に執着しないから、必要最低限の物以外は私物はないから、他の奴らよりは少ないだろう。
宅配の荷物もダンボール二個程だろう。
正門は創設当初から変わらない門構えで古きヨーロッパ建築を模している様だ。
その隣に小さき門がある。普段から使用されるのはこちらであろう。それを裏付けるかの様にインターホンが付いている。
私はインターホンのボタンを押す。
『はい。どちら様でしょうか?』
「本日からこちらに通うことになった神前零です」
『少々お待ち下さい』
インターホンから受け答えをしてくれる女性は学校の事務の者であろうと、時間潰しに考える。
『……確認致しました。ようこそ、紫原学園へ。
お持ちになった荷物ですが、警備の者に運ばせますが、どういたしますか?』
「自分で運べる量なので、大丈夫です」
『分かりました。
門を出たら、道に沿って、真っ直ぐ進んでいただければ、校舎に着きます。
担任の教師の方には神前様到着の連絡が済んでおりますので迎えが行くと思われます。
決して道から外れないようにして下さい』
「分かりました」
これだけ念押しすると言う事はそれだけ言う事を聞かない者がいるのであろう。
私が答えると、カチッと言う音がして、小さい門が開く。
中に入って、私は落胆した。
なんでこんなにも広いんだと――。
私の目の前に広がるのは一本の大きな道とその道に沿って植えられている木、見渡す限り芝生と所々に植えられている木であった。
校舎は遠目で確認できる距離ではあるが、校庭などは見当たらない。
正門から校舎までざっとして、五百メートル以上はある。
正門から校舎まで続いているこの道は何の意味があるのだろう。
長いだけで何も生産性がない。正門にあった来訪者用のインターホンは人件費削減に大いに役立っているが、セキュリティ的には問題があると私には思える。
二十四時間監視モニターと警備員配置であろうか。警備員を何人配置しているかによっては梁の会社の方が待遇が良いよな。
遥が手をつけているから、その内、上東グループが全部請け負いそうだな。
道に沿って、校舎に向かう。見晴らしは良いが、物寂しい気がするのは木が少ないからだろうかと考える。
植えられている木は新緑に彩られ、芝生と同色に見えるのもあるだろう。
「あっれー? 見かけない顔だね? 転校生~?」
声をかけられ、私は声がした方を向く。
ここに来て初めての生徒遭遇である。前ばかりを見ていた為、横から近付いてくる人影に気付かなかった。
いつもであれば話し掛けられる前に気付いているが、和輝に言われて、警戒心を緩めていた為、話しかけられるまで気付いていなかった。
気付いていたら、多分、不審な目で見られていただろう。
この学園に来て最初の生徒の第一印象は『チャラい』。
髪は染めている金髪。目は黒い。身長は私より高い。梁と同じぐらいに見えるので、百七十五ぐらいだろうか。
制服は乱れに乱れている。ワイシャツは第二ボタンまで開いており、学校指定のネクタイはちゃんと縛っていない。
私の苦手な人種だ。まぁ、稀に『チャラいが、根はしっかりしている』奴もいるが、そんなの絶滅危惧種並みだ。
最初から印象を最悪にさせる訳に行かないから、無難に挨拶した方がいいな。
「はい、今日からこちらでお世話になる神前です」
作り笑顔も完璧、のはずだ。なんせこの笑顔の師匠は遥だからな。そうそうバレることはない。
「かんざきちゃんか~。下の名前はなんて言うの~?」
誰が教えるか。とは言えないので、丁寧に断ろう。
「すみません。初対面の人に名前は教えるなと義兄に言われているので……」
嘘だがな。家庭情報では両親は健在だが、海外にいるので、身元引受人は祖父となっている。
まぁ、バレた時は従兄を義兄と慕っていると言えばいい。
「ふ~ん、過保護なお兄さんだね~。これから学校に行くの?」
「はい」
「荷物持ってあげようか?」
遠慮する。もう関わるな。今すぐ立ち去れ
そんなことを心で思っているとは悟られないようにずっと笑顔でいる。
「大丈夫です。これぐらい自分で持てます」
「ふ~ん、かんざきちゃんって警戒心強いんだね~。いじめたくなっちゃうな」
返り討にしてやる。そんな事は言えないので、笑って濁す。
そろそろ表情筋が疲れを見せ始めている。笑顔なんて、早々しないのがこんな所で裏目に出るとは思わなかった。
「百衣、そこで何をしている」
何とかして、目の前の男を振り切ろうと思考を巡らせていると、目の前にいる男に声をかける男がこちらに近付く。
私にとっては第二の生徒遭遇である。
彼の第一印象は『優等生』。
最初に会った生徒とは正反対できちっと制服を着ており、黒髪黒眼。身長は目も前にいる男より少し高いので、百八十ぐらいだろうか。
チャラい生徒は百衣と言う名前か。百衣は確かファミレス等のチェーンレストラン経営の大手企業だったな。
「あ、貴弌~。おはよ~」
「もうすぐホームルームが始まるぞ。……隣にいるのは誰だ」
「彼は転校生のかんざきちゃんだよ~」
その『ちゃん』付けで呼ぶのはやめてほしい。鳥肌が立つ。気持ち悪い。
「あぁ、君が神前君か。俺は生徒会副会長の水之貴弌。
君と同じ高校二年で同じクラスだ」
「神前です。宜しくお願いします」
生徒会副会長か。私と同じクラスと言う事はSクラス。それなりに頭がいいと言うことか。
水之は確か情報システム系の会社だったな。IT系は全て和輝に丸投げであまり周知していない。
最近はIT系企業が増え、競争も激化している。その中に生き残っている大手企業ぐらいは私も覚えておいた方がいいな。
「後、六分ほどでホームルームが始まる。その前に職員室に寄らないといけないから、早く行った方がいい。職員室の場所は分かるか?」
「はい、こちらに来る間に校舎の地図は覚えました」
三時間も暇だったからな。
和輝と話していてもよかったが、運転の邪魔になるかもしれなかったから、三時間のほとんどを学園に関する情報を読み、自分の頭に記憶させていた。
「そうか。だが、念の為、俺が一緒に行こう」
クラスメイト兼生徒会副会長だから、転校生の案内とか任されているんだろう。
ご苦労なことだ。
「オレも一緒に行こうか~?」
断固拒否する。お前の顔などもう見たくもない。
「水之さんがいるので、大丈夫です」
「だと。お前は早く教室に行け」
「ちぇっ。ま、これからだよね。また後でね、かんざきちゃん♪」
百衣は手を振りながら、去っていった。
私は振り返す気もなかった。大嫌いな人種に手を振る事などしない。
「俺達も行こうか」
「はい」
朝から色々ありすぎた。やはり普通に過ごす事は無理そうだな。
それにしても、なんでこう絡まれるんだ?
私は普通に接しているだけなんだが……。
2014/11/16 改稿