【07話(番外編・1)】彼女の事が心配すぎる
零が部屋に行って、数時間がたった。
和輝・朱熹・遥・梁はまだ寝ていなかった。
「和輝、顔色真っ青で考え込まないで」
顔にパックをしている白い顔に言われたくないと言うような表情で和輝は朱熹を見た。
「そんな目付きするから、女の子達に嫌われるんだよ」
「金の事しか考えてない奴らなんかどうでもいい」
「さすが和輝君。零ちゃん以外の女性に対しての冷徹さは僕、好きだよ」
「遥さんの非道さに比べれば、普通の分類です」
「なぁ、俺、寝たいんだけど、なんかあんの?」
梁が眠い目を擦りながら、大きな欠伸をする。頑張って起きようとしているが、すぐにでも寝そうな雰囲気である。
「零の事だ」
「れーの事?
あいつ、俺達よりしっかりしているし、警戒心も人一倍強いから大丈夫じゃね?」
「そう考えてるのはリョーだけだよ」
「そうであれば、俺は心配しないで済む」
梁は眠い頭で考えるが、和輝と朱熹の言いたい事が分からない様な表情である。
「梁はもう寝ていいよ」
「やだよ。それだと、また俺がはぶられてるじゃん」
「今回は愚痴に近いものだから、梁は聞かなくても大丈夫だよ」
いや、愚痴ではないんだがと、和輝は心の中で思ったが、遥に口答えした後の事を考え、黙っていることにした。
そうこうしている間に遥が梁を連れて行った。
多分、寝室に運んでいるのだろう。梁は布団に入ってしまえば、数秒で熟睡し、翌朝には忘れているので、和輝達が何も言わなければ、何の疑問を持たない。
静かな部屋にピピピッとアラーム音が響く。
朱熹がしているパックのアラームである。音がなったと同時に朱熹はアラームを止め、パックを外す。
「あぁ~、生き返る~」
「そういう所はおっさんぽいな」
「いいじゃん、別に。こんな事できるのここだけなんだから」
「お待たせ……どうやら、僕はお邪魔虫みたいだね」
「「そんな事ない(です)」」
梁を置いて来た遥が戻ってきて、和輝と朱熹の雰囲気を感じ取り、早々に退散しようとしたが、和輝と朱熹に止められた。
「で、零ちゃんの事で話って言うのは何?」
「……色々ありますが、まずは無意識で行動するのはどうにかしたいです」
「……もしかして、あの時のあれって、無意識だったの?」
「あぁ」
「あの時のって?」
和輝と朱熹が話していたのは夕食の準備の時の包丁事件である。
その時、遥は梁の説教をしていた為、その事を知らなかった。
和輝は遥に夕食の準備の時に起きた事を話した。
「……それは重症だね」
「ですよね……」
「でも、それが零ちゃんにとって、必要な事だったんだろうね。
直すにしても、すぐには直らないような事だし、今回は放置で。
念の為、派遣する医師に逐次、零ちゃんの様子を報告してもらうことにするよ」
「そういえば、派遣する医師って誰なの?」
「拝島君」
『拝島』と言う言葉を聞いて、和輝と朱熹の顔色が悪くなった。
『拝島』と呼ばれる医師は遥の同僚で遥の病院で所属する内科医の中で一、二を争うほどの実力の持ち主である。
しかし、性格が特殊であった。ついでに性癖も特殊であった。
「大丈夫なの?」
「大丈夫だと思うよ。あちらのリクエストだからね」
絶対、学園側はあいつの事を知っていないだろう。知っていたら、確実にリクエストしたりしないと和輝と朱熹は思った。
幼稚園から大学まで同じ学校であった和輝と朱熹は『拝島』がどのような人物なのか、知っていた。
高校時代、絶対君主の様に振舞う彼を見ていたからである。
和輝と朱熹の二つ年上である『拝島』はその美貌と頭脳を武器に生徒会長になり、全生徒を自分の虜にさせた人物である。
一部の教師も彼の奴隷だったと噂を耳にした事がある。
現在はどのようになっているかは知らないが、高校時代と変わらないのであれば、紫原学園でも同じ事をやるだろうと和輝と朱熹は思っている。
「リクエストされたからと言っても、あんな野獣を放つというのは……」
「零ちゃんがいるし、大丈夫だよ」
「「え?」」
「あぁ、二人は知らないんだっけ。
拝島君、零の虜になっているんだ。
まぁ、あれは奴隷と言ってもいいぐらいだけどね」
和輝と朱熹は驚愕した。
あの絶対君主であった『拝島』が零の虜になっているなんて、考えられない。高校時代の彼は誰かの下に就く事を嫌い、そうさせる奴には非道な制裁を行っていた。
そんな彼が奴隷みたいになっているとは……。
「……考えられない」
「まぁ、僕も最初は半信半疑だったけど、実際にあれを見ると、虜と言うより、下僕や奴隷と言った方が的に合っているんだよね。
零ちゃんはすっごく嫌な顔するけど」
「レイちゃんが顔に出す程ひどいって……」
「……学校内ではそれを出さないように注意して下さいね」
「それは大丈夫。
『今度やったら、二度とお前の前に姿を現さない』って零ちゃんが言って、ましになったから、
そこに『普通の生徒と先生の付き合いしないと、病院辞めさせるから』って言っといた」
それはそれで外道ではないかと和輝は思った。
拝島にとって、遥の病院にいることは零と会えると言うメリットがある。
しかし、遥の病院を辞めさせられると、零と会える機会がゼロになる。
他の病院に就職が出来たとしても、零は遥の病院以外の病院には行かないので、会える事がない。
偶然を装って、会う為に尾行したりすれば、確実に刑務所に入れられることが確実である。
「拝島先輩も大変な人に恋をしてしまったね……」
「恋と言うよりは憧れだと思うが」
「どちらでもボクはいいよ。どっちにしたって、零は恋愛感情持っていないだろうし」
「確かに」
零は幼少時代から和輝達と過ごしている為か、普通に男性と話をする事が出来る。
それに心を読む事が出来るのか、相手の思った通りに動いたりする。
しかし、それは恋愛以外である。
恋愛に関しては全くと言っていい程、気付かない。
鈍感の中でも超鈍感だと和輝達は思っている。
和輝達も一応婚約者候補と言う事で、出会った頃は恋愛感情はあったと思う。
しかし、どんなにアプローチをしても、零は気付かなかった。
その内、「この子の未来が心配」と言う気持ちを持ち始め、最近に至っては零の事を婚約者ではなく、可愛い妹にしか見えなかった。
「今回の編入って、実は花婿探しだったりするのかな?」
「それはない。
学さんに限って、そんな事する訳ない」
「僕も和輝君の意見に同意。
ただ単に同級生と楽しんでもらいたいだけだと思うよ。後、彼の娯楽じゃないかな?
まぁ、それで彼氏でも出来れば、一石二鳥だけどね」
「……私達が認められる男でないと、許しませんがね」
「和輝、前に比べて一層、レイちゃんのお父さん化しているよね」
「それだけ大事な存在なのですよ。
まぁ、僕達を見て、逃げ出すような方であれば、僕もお断りですけど」
「そんあ奴はさすがに……いるか。
なんだかんだでボクらは有名だもんね」
彼らには社交界で二つ名と言うものをつけられていた。誰がつけたのか分からないが、そのおかげで同じ地位の子達よりも目立っていた。
冷酷な仮面紳士・錫羽良和輝、魅惑の悪魔・篠良木朱熹、微笑魔王・科野遥、怪力馬鹿・苑汰梁。
実に的を射ていて、初めて聞いた時は全員が感心していた。零にも二つ名があり、『秘密の女神』やら『箱入り天使』と言われている。
これに関しては否定したかったが、社交界で勝手に呼ばれているので、訂正もせず、放置する事にしている。
名称からして、悪い印象ではないからである。
「遥さん、明日は」
「僕は朝からみっちりオペが入っているから、無理だよ」
「まだ用件言っていないんですが……」
「ボクも明日はうちの子の付き人で朝から行かないとだから、パス」
「朱熹、お前には何も言ってないぞ」
「梁も僕が連れているから、後は和輝君に任せるね」
「……結局、私が零を送らないといけないんですか」
溜まっている仕事を何とかしたかったが、仕方ないかと和輝はすぐに考えを変えた。
「分かりました。私がやります」
「さすが和輝。頼りになるぅ」
「和輝君がしっかり者でよかったです」
そうさせたのはあんた達だろうがと言いたかったが、和輝はその言葉を心の奥に仕舞いこんだ。