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上東の秘宝は恋を知らない  作者: 三原煉
プロローグ
5/32

【05話】なぜそんなに心配性なのか分からない

 ホウレン草を茹でながら、すり鉢を出し、少し火を通した胡麻をいれ、擦る。

今回はホウレン草の胡麻和えにすることにした。ホウレン草のバター炒めも考えたが、炒め物は出来上がりが美味しく、今回はやめておいた。

胡麻を擦りおえ、砂糖を混ぜあわせる。

「レイちゃん、暇だよ~」

 先程まで悶えていた朱熹が復活して、私の元に来た。

いつもなら、リビングでテレビを見る朱熹だが、リビングでは遥の説教が行われている為、関わりたくないと、こちらに来たのだろう。

「なら、手伝え」

「……ボクの料理スキルが酷い事知っているでしょうが」

 朱熹の料理は見た目がどんなにグロテスクでも味は大丈夫である。味だけは。

ほとんどの人はその見た目により、食欲をなくす。ひどい人は嘔吐まで引き起こしたそうだ。

そこまで来ると、さすがに可哀想と思ったりもしたが、アレを見たら、誰しも食べたいと思う者はいないだろう。

いたとしたら、その人は朱熹の事を全て愛している人間かもしれない。

「朱熹が料理しなければいいだけだろ。

 皿を出すだけでいい」

「それなら、大丈夫だね」

 料理しなくていいと分かると、朱熹は意気揚々とキッチンにある戸棚から皿を取り出し、料理の邪魔にならないように準備をする。

切り替えが早い奴だと思いながら、ホウレン草を茹でている鍋を見る。もう少し茹でた方がよさそうだな。

 鍋を覗き込んむ動作で、自分の長い横髪が目についた。

背中が隠れるほどの長さがある私の髪のままで行くと、校則違反になるのではないか……?

「……和輝」

 私は背中合わせになっている和輝に声をかける。今回の事を一番知っているだろう。

「なんだ?」

「紫原学園の校則では髪の長さの規定はされているか?

 男子校だと、この長さだと引っかかると思うが」

「……誰から聞いた」

「遥から」

 後ろから溜息が聞こえる。多分、和輝であろう。

「遥さんからか……どうせ中途半端にしか聞いていないだろ。

 食事の時に話す」

「分かった」

 確かに遥からは『男子校』で『お坊ちゃま学校』としか聞いていない。

この二点だけでもそれなりの情報であるが、一年留年して編入する事になっている『神前零』の設定も聞かないといけない。

「だから、包丁で髪を切ろうとするなよ」

 和輝の言葉と彼が私の右手首を掴んだことに私は首を傾げた。

「誰が包丁で髪を切るのだ?」

「零がだ」

「なぜ私なんだ」

「ちょっ、レイちゃん!

 包丁で髪を切ろうとしないで!!」

 皿の用意が出来た朱熹が慌てた様子で和輝と私の会話に割り込み、私の右手に持っていた包丁を取り上げた。

どうやら私の右手は包丁を持ち、左手は髪を束ねて、今にも切り落とそうとしていたらしい。

「気付かなかった」

「……無意識でやってたのか……。

 昔からそういう所があるが……これでやっていけるのか……」

 なぜか和輝が頭に手を当て、溜息をついている。

確かに先程の行動は危ないものであったが、今まで変な事はしていないはずだ。私が今まで何をしたと言うんだ。


 それ以降は特に何も起こらず、夕食が出来た。

まだ遥の説教は終わっていないようだ。

「零、遥さん達を呼んでくれ」

「なんで私なんだ」

「ボク達よりも効果的だからだよ、レイちゃん」

 私が言ったとしても、効果などないと思うのだが、頼まれたのを断っても和輝か朱熹のどちらかが行くことを決めるのに時間がかかるので、仕方なく遥と梁のいるリビングに向かう。

リビングではいまだに遥の説教が行われていた。梁の顔色が少し悪いが、いつものことである。

「遥、梁、ご飯だ」

「あ、そうなの。じゃあ、一旦終わりにしとこうか」

「やっと終わった……ありがとう、れー。

 今、お前が女神に見えるわ……」

 地獄の遥の説教から開放された梁の顔色はすぐに普通の顔色に戻った。

「夕食終わったら、続きやるからね」

 台所に向かい途中でこちらを向き、遥が満面の笑みで梁にそう言うと、梁は通常の色に戻った顔色が青白くなった。

短時間でこんなにも顔色を変えられる梁は凄いと感心する。


 五人での夕食は久し振りであった。

 話題のほとんどは仕事の事である。

 彼らは同年代で仲が良いが、その職種は様々である。その為、職種に合わせて、担当と言うのを設けている。

和輝は情報処理やシステム等のIT系会社であるので、和輝にグループ内のシステムを全て管理・運営を任せている。

朱熹は名前の通り、芸能事務所なので、メディア関連に関しては全て一任している。

遥は病院なので、グループ内の医療・厚生関係は全て担当してもらっている。

梁は警備会社なので、グループ内の警備関連に携わってもらっている。

「最近、和輝の方は大変でしょ」

「まぁな。昔に比べて、IT企業がかなり増えているからな。

 その中から使える企業を探すのは至難の業だ」

「朱熹君も芸能界って大変だよね?」

「そうでもないよ。

 なんかうちの事務所、他の事務所に怖がられているみたい」

「しゅーの所は個性豊か過ぎるからねぇ」

「そういえば、遥。会社の健康診断の準備はできているか?」

「出来ているし、全社にスケジュールも送ってあるよ。

 後は各社での診断を受ける順番リストをもらうだけかな。

 まぁ、それも後は梁の所だけだけど」

「え!?

 締め切りまだだろ?」

「みんな君みたいにギリギリ提出じゃないんだよ。

 早く出さないと、君のお父さんに言いつけるから」

「それだけはやめろ!

 親父の鉄拳だけは勘弁してくれ!!」

 こんな会話以外にも普通の人が聞いたら、何の事を言っているのか理解できない会話をする。

専門用語が飛び交いすぎているからだが、これが私達にとって、普通のことである。

梁だけはいまだについていけなくなり、知恵熱を出したりする事がたまにある。

「そろそろ明日の話をした方がいいんじゃない?」

 そう言ったのは朱熹であった。

「明日、何かあるのか?」

「レイちゃんの紫原学園への編入」

「明日か。急だな」

 まぁ、あのくそ爺の事だから、事を急いだのかもしれない。

「……当事者なのに他人事みたいに言ってる」

「それが零の長所だ」

「長所と言っていいのかな……」

「でも、男の子と一緒の部屋に寝る事について、何も思わないとかは無頓着だよね」

「? 俺達だって、一緒の家で寝てるじゃん。それとどう違うんだ?」

 梁の言葉に同意する。和輝達と一緒に暮らしているから、男性に対しては免疫ついているし、女だとばれない様にする事にも慣れている。

「「はぁ……」」

 梁の顔を見た後、私の顔を見て、和輝と朱熹が同時に溜息を吐いた。二人は何か言いたそうであるが、決して口に出さない。言いたい事があれば、素直に言えばいいだろう。

「話を戻して、零ちゃんが明日から通う紫原学園について、話そうか」

「あぁ。

 紫原学園は小等部から大学部まである私立の学園で零が転入する高等部が都心から片道三時間かかる田舎にある。

 ほとんどの学生は小等部からエスカレーター式で進級している。数人は外部の中学から進学している者もいる。

 高等部は全校生徒三百六十人。一学年百二十人で。S・A・B・C・D・Eクラスの六クラス編成。

 Sクラスは十人でD・Eクラスは二十五人。他のクラスは二十人編成となっている。

 クラスは成績順になっていて、零はSクラスに転入が決まっている」

「私の学力だと、Sでも飛びぬけるだろうな」

 海外の有名大学を飛び級で卒業している私の学力と通常の高校生の学力では差がありすぎる。

「その辺は周りを見て、手加減してくれ。

 学園側に出してある『神前零』の資料は小学生の頃、事故に遭い、入院。

 一年程、病院暮らしをして、退院してからはリハビリの一環で道場に通いながら、家庭教師に勉強を教えてもらった。

 中学時代は親の仕事の関係で海外の学校に通っていたが、高校は国内の学校に進学。

 高校二年の時に世話になっている叔父が倒れ、面倒をみる為に前の高校を休学。

 その後、祖父の薦めで復学と同時に紫原学園に転入。となっている」

 素晴らしいシナリオ。と言うべきなのか。まぁ、今の私の背中にある傷と護身術の理由は出来ている。

背中の傷は和輝が言った事よりももっと古い傷だ。事故でついた傷ではあるが、詳細の時期を言うと、私の正体がばれる可能性がある。

あの時の事故は当時、様々なマスコミに取り上げられ、知らない人はいない事故となった。そうでなくても、この傷については『上東』でも『神前』でも色々と噂が流れている。そのほとんどがデマであるが。

聞いた設定なら、性格は素のままで大丈夫か。

「零の身体に関しては遥さんが説明して下さい」

「いいよ。

 学校に提出した診断書では健康体ではあるが、背中の傷がトラウマになっており、肌を晒す事を嫌う。

 また、幼少時の事故の影響か、胴体部分の皮膚が人よりも薄く、炎症を起こしやすい為、プール等の肌をさらす必要がある授業に関しては参加を認められない」

「……少し無理があるんじゃないか」

 いや、少しでもないな。フィクションな内容と思われても仕方のないものである。しかし、それで了承する学園側も学園側だな。

もしかして、金を注ぎこんだか。もったいない。そんな金は他の事で使ってくれ。

「あ、お金は注ぎ込んでないよ。

 代わりに健康診断や医師の派遣を全て僕の病院で行うと言ったら、とんとん拍子で話が進んだよ」

 私の心を読めるのか、遥は。

 遥の病院は日本でも屈指の病院である。特に様々な難病の早期発見に長けていたり、困難な手術も成功させる医師が多く、様々な病院からスカウトされるらしい。

しかし、どんなに優遇された条件でも蹴るらしい。一度知り合いの外科医に聞いたら、「ここにいることが必然なんだ」と言っていた。意味が分からないが、本人がそう言うので、そうだろうと思う事にした。

まぁ、遥の病院にいる医師達は個性的だからな。

他の病院に行ったら、変人扱いされそうな人もいる。それを上手く操作している遥は医者よりも社長の方が合っている気がする。

「僕からは以上だよ」

「さすがハルカさん。ボクらがやらない事を普通にやってのける」

「気持ちは分かりますが……やり過ぎないようにして下さい」

 朱熹と和輝の言葉についていけない。どうやら梁もついていけないようだ。

よかった。私だけでなくて。

「そうだな……制服や必要な物は揃えてあるから、後は零の髪か。

 確か、肩にかかるぐらいまでは大丈夫のはずだ」

「じゃあ、レイちゃんの髪はボクが切るね!」

 そう言った朱熹はかなり張り切っている。私の髪をそんなに切りたいのだろうか。

 朱熹はスタイリストの資格を持っている。「自分でやった方が人件費削減できるじゃん」と言っていたが、それが本心なのかは知らない。

「レイちゃんは女の子だから、女の子っぽくしたいけど、男子校に行くから、男の子っぽくするね。

 だけど、ここまで伸ばしたのにもったいないね」

「切る時間がなかっただけで、伸ばす気は一切なかった」

 これは私の本心である。長い髪は邪魔なだけである。だが、それを切る為の時間が出来ないほどの忙しさを味わっていたので、この髪の長さは私の多忙な日々を思い出でもある。

「ボク、レイちゃんはもっと女の子のようにお洒落した方がいいと思うんだ」

「金の無駄だ」

 朱熹の最後の一言に私が返した言葉にそこにいた一同は溜息をついた。


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