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【31話】下らない事で連絡するな

 その日の体育の授業は障害物の練習で終わった。

一緒に練習をしていたEクラスの生徒は「すげー」としか言っていなかった。

それほど大それた事はしないのになぜだろう。

「いやぁ、アニキに勝ったのもすごいと思ったけど、こう一緒にやると、あんたの凄さが分かる」

 一緒に練習をしていたEクラスの生徒が私に声をかける。

昨日記憶したデータと話しかけてきた生徒の顔を照らし合わせる。確か灰島(はいじま)と言う生徒だ。

「でも、障害物の最大の難関はあんたでも無理かな」

「あ~、確かに。いくら練習しても、あれは当日になんなきゃわからねーから、何も対策できないからなぁ」

「あれ?」

 『あれ』とは何なのだろうか?

「あぁ、あんたって、最近、転校してきたんだっけ?」

「そうだ」

「じゃあ、知らないか。

 体育祭は生徒の父兄や他校の生徒が来る大々的なイベントだけど、

 交流祭は一部の生徒の知り合いしか来ないから、やりたい放題なんだよ」

「やりたい放題?」

「交流祭ではネタものといわれんのがあんだよ。

 借り物競争で好きな奴をお姫様抱っこで運んでこいとか」

「障害物だと、競争妨害みたいなのがある。

 去年はデブが乗ったタイヤを引っ張るだったな」

「誰も制限時間内にゴールしなかったからなぁ。

 さすがに今年も同じことはやらねぇだろ」

 障害物の練習をしていたEクラスの生徒が口々に去年の交流祭で起こった事を話してくれる。

誰もゴールできないとか、それは競技が成立しないではないか。

今から交流祭当日を考えると、色々と気が滅入るな。


 授業が終わる頃に海山がこちらに来て「大丈夫の様にしたから」と言った。


 一体、何をしたかは分からないが、騎馬戦になったSクラスとEクラスの生徒の視線が痛い。

神矢と百衣に話しかけたが、二人はブツブツと呟きながら、私など眼中にないようだった。

海山、お前は何をやった。

これはこれで扱いづらい。

百衣は昼には元に戻ったが、神矢の方はどうだろう。

明日の授業の時には元に戻ってもらいたい。

揺らすのだけ直してもらえればいい。



 その日の夜、日常となった夕食作りをし、黒屋と共に食事をしている時に私の携帯が鳴った。

学校に行っている時はマナーモードにしているが、寮ではマナーモードを解除している

普段、私に連絡してくる人間などいないので、私の携帯が鳴る事はない。

連絡が来る時は大抵緊急を要する事か、下らない事である。

今回の場合は後者である事が予想できる。

私がいないからと言って、羽目を外す輩など、私の会社にはいないからな。

「出なくていいのか?」

 向かいに座っている黒屋は私の携帯が気になるようだ。

まぁ、今まで鳴った事がないのだから、当たり前か。

「大丈夫だ。急な用事じゃないはずだ」

「そうなのか?

 あまり連絡していないのが突然してくるのは親が危篤状態とかそういうんじゃないのか?」

「私の親は私が幼い頃に事故で亡くなっている。

 育て親である祖父はまだ現役だから、そうそう危篤状態には陥らない」

 あのくそ爺なら、後、数十年は生きるだろう。

それに死に急ぐ馬鹿でもない。部下も優秀な者が多い。

「……すまん」

 黒屋の表情が曇る。あぁ、食事時にするべき話ではなかったな。

「いや、私も私情をあまり話さなかったからな。

 電話の相手は久し振りに連絡したいと思った奴からだから、かけ直せばいいことだ」

「そうか」

 それで私と黒屋の会話は終わった。


 食事が終わり、片付けをしようと、立ち上がり、食器を持とうとしたら、黒屋が「俺がやっておく」と言い出した。

今までも何回かは手伝ったりしてくれているが、食器を割りそうで怖いという自分の思いがあり、ほとんど私がやっていた。

「しかし……」

「さっきの電話の相手に早くかけろ。

 相手も待っているはずだ。

 片付けぐらい俺でもできる」

 黒屋は真っ直ぐ私を見る。その瞳は真剣だった。こういう奴は何を言っても、己の信念を貫く。

ここは黒屋の言葉を信じよう。

「分かった。

 食器は割らないようにな」

「あぁ」

 私は携帯を持ち、自室に入る。

携帯の着信履歴を見てみると、先程の相手はどうやら朱熹の様だ。

あいつが私に連絡してくる時は本当にどうでもいいことが多いんだよな……。

そんな事を思っていると、携帯が鳴り始める。

表示されている名前は【篠良木 朱熹】

「……はい」

『やっと出てくれたね、レイちゃん!』

「朱熹、五月蝿い」

『あぁ、ごめんね』

「で、何に用だ」

『交流祭の招待状、頂戴』

 やはり下らない事であった。

体育の授業の時に一緒に話していたEクラスの生徒が「交流祭は一部の生徒の知り合いしか来ない」と言っていたな。

つまり、招待状がないと、交流祭を見に行くことが出来ないのか。

「なんで必要なんだ?」

『決まっているでしょ。

 スカウトだよ、スカウト』

 あぁ、そうだった。こいつはこれでも芸能事務所の社長だった。

『紫原学園って、ボクの母校に比べて、レベル高いし、マナーもあるし……』

「母校に行きたくないだけだろ」

『それもあるね。

 てことで、招待状の手配、お願い!』

 面倒である。招待状の申請などを聞かなくてはいけないのは時間の無駄である。

ここはケルヴィンにでも押し付けよう。

「面倒だ」

『そう言うと思っていたけど、実際に言われると、グサッてくるね。

 そこを何とかしてくれないかな』

「私じゃなくて、ケルヴィンに頼め」

『ケルヴィンって、毬さんと結婚した建築デザイナーの?』

「あぁ、今、毬と一緒にここの寮監している」

『……それ、聞いてない』

 朱熹の声色が変わった。この声色は不機嫌な時のものだな。

毬達がいることを知らないんじゃ、織原がいることも知らないだろうな。

「私だって、ここに来て初めて知った。

 多分、くそ爺あたりの差し金だろう」

『だろうね……招待状に関してはボクから毬さんに聞いてみる。

 時間とらせちゃって、ごめんね』

「いや、大丈夫だ。

 あぁ、朱熹」

『なに?』

「和輝に『今度来る時は私でないと駄目な書類を全てもってこい』と言っておいてくれ」

 そろそろ溜まり始めているだろう。交流祭が終わったら、数日でテスト期間に入るから、やる時間がなくなる。

『そんな書類はそうそうないと思うけど……和輝には伝えておくよ』

「あぁ、頼む」

『じゃあね、レイちゃん』

 そう言うと、朱熹は電話を切った。私は朱熹が電話を切ったことを確認してから、携帯の電源ボタンを押し、通話を切る。


 予想より長かった通話であった為、台所に戻ると、全ての食器が片付いており、シンクも綺麗になっていた。

ここまで綺麗になるとは思っていなかった私は驚いた。

「どうした?」

 ここを片付けたであろう黒屋が私に声をかけてきた。

「これ、黒屋がやったのか?」

「あぁ、家で手伝わされていたからな。

 これぐらいの掃除は出来る」

「そうだったのか……」

 どうやら私は黒屋を見くびっていたようだ。

しかし、ここまで綺麗だと、潔癖症かと思われるのではないか?

「これからは俺が片付けをやる。

 零には俺の分の食事まで作ってもらっているからな。

 これぐらいしないと、零の負担が大きいだろう」

 そう思っているなら、早く言ってくれ。

あぁ、でも、少し前の私は黒屋を普通の男子高校生と思い、食器を割るのではないかと心配していたからな。

どうも何かしらの条件がない限り、私は一度思ったことは思い込むようだ。

「あぁ、ありがとう」

「他にも俺が出来る事があれば、何でも言ってくれ。

 零は自分で何でもやろうとする。

 もう少し周りを頼れ。お前は一人じゃないんだ」

 黒屋にそう思われているとは思わなかった。

 確かに私は問題を自分一人で抱え込むことが多い。

周りに迷惑をかけたくないと言うのもある。その問題が命を脅かしたりすることもあるからだ。

 それは学園に来ても変わらない。それが『神前零』(わたし)だからだ。

和輝達にも「周りを頼れ」とは言われてきたが、目の前にいる黒屋に言われた同じ言葉の方が私の心に響く。

なぜだろう。

 目を伏せている私の右頬に温かいものが触れる。

視線をそちらに向けると、黒屋の左手であった。

「零?

 大丈夫か?」

「あぁ、すまない。

 大丈夫だ。心配かけたな」

「いや……」

 黒屋は私の右頬に触れていた左手をスッと離した。

「体調が悪いのなら、すぐに休め。

 明日も授業があるからな」

「あぁ、気遣いありがとう。

 今日はゆっくり休む」

 そう言って、私は自室に戻った。

黒屋にはゆっくり休むといったが、時間が惜しい私は和輝からもらった学園に在学している生徒のデータに目を通す事にした。

外からは光が漏れないようにベッド隣にあるスタンドの照明をつけ、部屋の照明を落とした。

それから数時間、私は黙々とデータに目を通し、頭に叩き込んみ、区切りのいいところで布団に入り、就寝した。



 翌日、黒屋に「寝ていないだろ」と言われた。

ちゃんと寝たぞ。何時間寝たかは覚えていないが。

「目の下に隈が出来ている」

 そうなのか。私が鏡で見た時は隈のようなものはなかったが、黒屋がそう言うのなら、そうだろう。

学校に行く前に隈が見えないように少し化粧をした方がいいかもな。


 その日の体育の授業はスムーズだった。

何も問題も起こらず、練習に打ち込めた。

昨日の今日でここまで変貌するとは……まぁ、いい方向に進んだから、いいか。

「そういえば、大将を決めていなかったね」

「大将?」

 海山が言うには騎馬戦では大将と呼ばれるものがいて、その大将から鉢巻を奪うと、通常の三倍の得点となるらしい。

三倍は大きいな。

「今回の大将は神前君でいいよね?」

「……私でいいのか?」

 私よりも大将に見合う人物がいると思うのだが。

「いや、神前君以外いないでしょ」

 私は周囲を見ると、皆、海山の意見に同意していた。

これほどの人数が同意しているのなら、断るのも悪いな。

「分かった。

 出来る限り、頑張る」

「宜しくね。

 まぁ、神前君が鉢巻を奪われるなんてことは絶対ないから」

 自分も奪われないようにはするが、『絶対奪われない』とはどういう意味なのだろうか?

気になるが、あまり海山には問いかけない方がいいことだろう。




 そうして、様々な事があった一週間が終わり、交流祭当日を迎えた。


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