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【30話(番外編・5)】馬鹿な奴らに言う言葉がない



 最初は面白そうだなと思った。


 季節外れの転校生には興味を持っていた。

ほとんどの生徒がそうだろう。

興味を持たなかったのなんて、啓治ぐらいであろう。

Sクラスに編入が決定していたから、最下クラスであるEクラスとは関わりなどないだろうと思ったからだろう。

 転校生は転校翌日から嵐を呼んだ。

一年間の内に行われる七回の試験の内、難問が多く出題される模擬テストで学年一位となったのだ。

学年一位でさえも凄いのに、全科目満点と言うのもあり、かなり注目された。

注目しなかったのはEクラスの連中だけだろう。

学年一位を獲った神前よりも学年一位であった黒屋が二位になった事の方が彼らには重要だったから。

 僕は試験結果発表翌日の昼休み、食堂に行く為、Sクラスの前の廊下を歩いた。

普段は別ルートだが、転校生の事が気になり、遠目でも見ておいた方がいいと思い、いつもは通らないSクラスの前の廊下を歩いた。

いつもなら人が多い廊下であるが、なぜかその日は人が少なかった。

頭に疑問符を抱きながら、チラッとSクラスの教室を見た。

そこに広がる光景を見て、廊下に人がいないことの理由が分かった。

 Sクラスの廊下側に近い席に四人の男子生徒が一つの弁当を囲んで食べていた。

その四人がただの男子生徒であれば、誰も気にとめないだろう。

だが、そこにいる四人の内、三人は豪華すぎた。

『暗黒王子』の別名を持つ学年一位の黒屋忍。

生徒会副会長で学年二位の水之貴弌。

Eクラスの一部の生徒に『道化師』と呼ばれている学年三位の百衣龍彦。

学年成績上位の三人が一緒におり、同じ弁当を囲むことなんて、絶対に有り得ない光景である。

その輪の中に一緒にいる男子生徒を僕は今まで見た事なかった。

彼が、転校生か――。

 彼の色白い肌が学園内では珍しい混じり気のない黒髪と切れ長の黒い瞳の存在感をより際立たせている。

その整った容姿は全ての人を魅了するだろう。

だけど、彼の場合、そんなものがなくても、己の道を切り開くことができるだろう。

 彼を見て、僕は直感的に思った。

彼は上に立つ者だと――。

 啓治も上に立つ資格があると僕は確信している。生まれながら、跡継ぎだったからではない。

啓治が持つものが上に立つ資格があるからだ。

しかし、転校生の彼は啓治よりも上に立つ者であると僕は感じた。

啓治の父や啓治の祖父に会った時も感じた事のない感覚に僕は戸惑った。

 彼はもしかして、危険人物かもしれない――。


「かんざきちゃんが作った卵焼き、おいし~」

「そうか」

「……もっと喜んでよ」

「喜ぶ理由が理解できない。

 黒屋、ブロッコリーぐらい食べろ」

「……誰が食べるか」

「……」

「神前が『あーん』をすれば食べるんじゃないか?」

「……水之」

「貴弌、『あーん』とは、どういうことをすればいいんだ?」

「「「え?」」」

「かんざきちゃん、『あーん』を知らないの?」

「知らないから、聞いているんだ」

「……『あーん』は一般的に好きな相手に食べさせる行為の事だが、看病などで相手に食べさせる時にも使われる言葉だ」

「ふむ……じゃあ、『あーん』は恋愛対象でもない、体調も良好の黒屋にするべきことではないんじゃないか?」

「一種の愛情表現だよ。

 かんざきちゃんだって、お母さんから食べさせてもらっていたでしょ?」

「私の記憶にある幼少時代には食べさせてもらったことはない」

「……病気の時も?」

「幼少時代は病には一度もなったことない。

 事故に遭い、入院していた時は点滴が食事であった」

「……」

「どうした?」

「神前、そっとしておいてやれ」

「なぜだ?」

「……百衣にも色々あるんだ」

「そうか」


 ……彼らの会話を聞いていると、転校生が危険人物だとは思えなくなる。

あの水之が疲労の顔色で溜息が出る理由も分かる。

 しかし、かんざき、か――。

『かんざき』と言う名は啓治の幼馴染であり、未来の部下である僕には聞き覚えのある名前であった。

 幾つも存在する中で日本最強と言われる、『神埼組』。

『神埼組』に攻撃した者は例え、海外のマフィアであっても、容赦のない報復を行う。

彼の組に喧嘩を売った組はほとんどが壊滅した。

啓治の父の組は『神埼組』には所属していないが、中立の姿勢をとっている。

『神埼組』は中立を表明している組に手を出すことはない。

無差別に攻撃を行う組とは違い、彼の組は自分達に牙を向けた組にのみ報復を行うので、一部の関係者に『義の組』とも呼ばれている。

 漢字が違うけど、もしかしたら、関係者かもしれないと思った僕は彼の事を警戒することにした。

SクラスとEクラスではあまり関わりがないから、啓治には伝えなくていいだろう。

そう思っていたのに交流祭で同じチームとなるクラスがSクラスと知らされた時、僕は頭を抱えた。

 なんで関わりたく相手と関わりを持たなきゃいけないんだ――。



 顔合わせである体育の授業で神前は台風の目となった。

二百メートル走で学年一位の啓治を抜かし、堂々の一位となったのだ。

体力だけが唯一成績で評価される啓治がまさかの二位に僕は愕然とした。

まさか、神前が文武両道だとは思わなかったのだ。

スラッとした白い足は適度に筋肉がついているだけであの速さを出せるような筋肉質ではない。

だからこそ、啓治も敗北感がいつも以上であろう。

その後の啓治と神前のやりとりは神前のペースであった。

数週間前に見た時に感じていた通りであった。

しかし、啓治をやる気にさせるだなんて、凄い手腕だな。

いや、ただ単に負けず嫌いな性質が出ただけか。


 二日後である今日の体育は予想していた通り、交流祭の練習となった。

僕は騎馬戦に参加する。

Eクラスのほとんどが障害物や借り物を選ぶ中、僕だけ騎馬戦に名前を書き込んだのは面倒な話し合いに参加したくないからであった。

まぁ、Sクラスが全員騎馬戦だったから、話し合いもEクラスのみで啓治の独断で決めた時は書いておけばよかったと思ったけど。

Sクラスが全員参加となると、四人一組で組む騎馬戦では二人余る。

そうなれば、こちらも二人余ることになる。

それが僕と啓治になる事は想定済みだったから、今の状況に僕は文句を言わない。

むしろ、Sクラスの余りが誰なのかが気になる。

黒屋はきそうだな。あのクラスで一番孤立しているから。後は誰だろ……副会長だったりするのかな?

 そんな事を考えていたら、Sクラスの余りと思われる二人組みがこちらに来た。

来た二人組が意外な組み合わせだったので、僕は心の中で驚いた。

「君達と組むことになる神前だ。

 こっちは百衣」

「ど~も」

「啓治は知っているよね?

 僕は海山靖彦って言うんだ。よろしくね」

 僕らの所に来たのは神前と百衣であった。

僕は啓治が言葉を発する前に自己紹介を終わらせる。

神前は今回まとめ役もやっているから、率先して、こちらに来たのかな?

しかし、同伴が百衣とは……確か、百衣ともお昼を食べていたが、どちらかというと、無視していた気がするけど……。

そういえば、黒屋は……副会長と一緒か。副会長が黒屋の世話係と言う事か。

さすがに啓治と一緒にするのは駄目だと分かっていたんだろうな。

「で、誰が乗るんだ?」

 うわっ、イライラしてるよ。

啓治って、百衣の事嫌っていた事ないのになぁ。

「それは私がやる」

 お、そう来るなら、僕は傍観側に行こう。

「じゃあ、僕は先頭役やりたいな」

 僕の言葉に百衣が固まった。あ、こいつ、神前に興味があるんだ。

一応、学年四位だから、頭の回転速いだろうなぁ。

「そうか。なら、それでいくか」

「えっ! それでもう決まりなの!?」

 神前はとんとん拍子で決まったから、それでいこうとしているね。

まぁ、こういうの決めるのって、面倒だもんなぁ。

百衣は五月蝿いな。ここで反論すると、嫌われるんじゃない?

あ、それ以上にこの後起こる事の方が嫌われるかもしれないのかな?

面倒だけど、僕が潰すか。

「百衣君、騎手役と騎馬の先頭が決まれば、残りの人は騎馬の後ろになるぐらい分かるでしょ?」

「それぐらい、分かっている!」

 まぁ、当たり前だよね。本番はここからだけど。

「……君、神前君のおしりとか触りたいとか思わないの?」

 固まった。まぁ、予想していたけど。ここまで反応がいいと、啓治みたいに苛め甲斐があるよなぁ。

「いや、でも、う~ん……」

「百衣君、諦めて、騎馬の後ろで頑張りな……いい思いできるんだから」

「海山の言う通りだぞ、百衣」

 最後の一押しと神崎の言葉で百衣は諦めた。

いやぁ、諦めてくれてよかった。

これでゆっくり傍観できるな。


「……ちょっと、この二人に説教するから、別の事をやっていて」

 数分後、神前を下ろした僕はちゃんと笑顔で言えていたかな?

まさかここまで酷いものだとは思わなかった……。

神前は何も聞かずに障害物を練習している方に向かった。

さて、僕はこの二人をどうにか使える人にしましょうか。

「僕の言いたい事分かっているよね、お二人さん」

 この時、周囲の温度が一度下がったと思える程、空気が凍りついていたとSクラスの生徒から聞いた。

一応、これから仲良くする相手だからね、話ぐらい僕もするんだよ。

「……俺は悪くない。こいつが最初に揺らした」

 まず言い訳を言い始めたのは啓治。

「はぁ!? お前だって、途中から顔真っ赤にして、揺らしていただろ!」

 啓治の言葉に反論する百衣。

「てめぇだって、顔真っ赤だったじゃねーか!!」

まぁ、両方とも言ったことは正しいと思うよ。

啓治も百衣も顔真っ赤にしているのは見てないから、分からないけど。

いまだに頬が少しだけ赤く染まっていることからして、そうだっただろうなと言うのは見当がつく。

今話しているのはそういうことじゃないんだけど。

「二人とも顔が真っ赤になるほど、神前君の尻や太ももに興味を持ったんだ」

 あの時の海山は般若のお面を被っていたと、その様子を見ていたEクラスの生徒が言っていたとSクラスの生徒から聞いた。

あの時はさすがに冷静でいられなかった。馬鹿二人の説教で。

「え! いや、その、えっと」

「ば、ばっか! そんなん、これっぽっちも思ってねーよ!!」

 うわ~、発している言葉は違うけど、反応が同じだよ、二人とも。

そんなに神前の尻や太ももは良かったのかな?

それなら、一回だけでも触ればよかったかも。

まぁ、これから触ろうと思えば、触れる地位にいるから、今はいっか。

「はいはい、分かったよ。

 そんなにいい神前君を誰かにとられていいの?

 黒屋とか水之とか」

 あえて、黒屋と副会長の名前を出したのは二人が敵視していると思われるからだ。

啓治は黒屋の事を嫌っている。そのせいでEクラスの全員が黒屋を嫌っている。

百衣は副会長と一緒にいることが多いが、それは二年になってからだ。

一年の時は百衣が副会長を嫌っていた。二年になってからは良きライバルとして、話す場面も見るようになったけど、百衣はいまだに副会長を敵視しているだろう。

 僕の言葉で先程まで耳まで赤くなって照れていた二人が普通の顔色になり、僕の方を睨む。

「あいつには触れさせねぇ」

「かんざきちゃんの太ももはオレのものだ」

 いやぁ、二人とも分かりやすい性格でちょ、じゃなくて、躾が楽だよ。

でも、百衣、太ももだけでいいの、太ももだけで。尻とかはどうでもいいの?

「それじゃ、二人とも、ちゃんと神前君を揺らさず、誰にも触らせないように守ってあげてね。

 それが出来なかったら、即交換してもらうから。

 僕が必要としているのは人バイブじゃなくて、しっかりとした馬だから」

 まぁ、ここまで言えば、大丈夫かな。

あ~あ、もうこんな役、嫌だなぁ。



 やはり海山靖彦と言う男は鬼畜でドSだ、と言うのがSクラスとEクラスの生徒の中で再認識された。


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