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上東の秘宝は恋を知らない  作者: 三原煉
プロローグ
3/32

【03話】とある男のとある日の出来事

※別の人視点になります。

 会合の為に来た本家は静寂に包まれていた。

久方ぶりとは言え、ここまで静寂に包まれていたのだろうかと、私は自分の記憶を遡る。

 最後に本家に来たのは昨年末に行なわれた会合だ。

『忘年会』と『新年会』も合わせて行なわれた会合は騒々しいものであった。

それでも、総長とその側近達の集う場所は静かであった覚えがある。

今、私がいる本家が本来の本家の姿だと、悟った。

 会合会場となる部屋は本家の中央にある大広間で行なわれる。

昨年末に行なわれた会合の時に部屋までの道のりを覚えていたので、私はそちらに足を向け、歩を進める。


 しばらく歩くと、女性がこちらに向かって歩いてくる姿が見えた。

腰まであると思われる黒髪を靡かせながら、歩くその姿は堂々としており、彼女から発せられていると思われる雰囲気は頂点に立つべき者であると感じられた。

 彼女を今まで見た事がなかった私は彼女が『本家』の者か『分家』の者か分からなかったが、その場で頭を下げた。

彼女がどちらにしても、『分家』の中でも下の方にいる私には礼儀を示すことが優先事項であった。

 歩いていた彼女が私の近くまで来ると、歩みを止めたようだ。元々足音が聞こえなかったので、通り過ぎたのか分からなかったが、すぐ近くで気配を感じ取ったので、立ち止まったんだと私は理解した。

「顔を上げろ」

「はい」

 彼女の言葉に従い、私は顔を上げる。

その時、彼女の顔を初めて見て、驚いた。

 私は彼女の声から貫禄を感じ、三十代であると思っていたが、彼女の顔は私が思っていたよりも若く、二十代前半に見える。

だが、彼女の瞳には強い意志を感じられた。

「名前は何と言うんだ?」

「垣原組頭首、黒屋秀三です」

 彼女の問いかけに私は答える。名を名乗ると、彼女は自分の名に覚えがある用で少しの思案した後、表情を和らげた。

「貴方が黒屋でしたか。

 貴方の活躍はよく耳にしています」

「あ、ありがとうございます」

 思いもよらない言葉に私は感謝の言葉を噛みそうになる。

 元々敵対していたのに関わらず、参加にはいる事が出来たのは本家の方々の人情によるものだと思っている私は本家に頼まれた仕事を忠実に行なうのが礼儀だと思っている。

その事に対し、褒められるとは思っていなかった。

「……神埼組にはあなたの様な女性がいるのですね」

 私は無意識の内に思っていた事を彼女に言っていた。

 彼女は少しだけ驚いた表情になったようであったが、すぐに無表情となる。

「私を基準に考えない方が宜しいですよ。

 私は普通と違いますので」

「普通とは違う……?」

 彼女の言う『普通』はどこまでの事を指すのか、私には分からなかった。

 この業界に世間で言う『普通』と思えるほどの人物など、手で数えられるぐらいではないか。

「あまり、私と関わらない方がいいと言う事です。

 話は変わりますが、貴方にお願いがあるのです」

 彼女は表情を和らげているが、周囲の雰囲気は先程と変わらず、緊迫感がある。

「なんですか?」

「松本と言う黒縁眼鏡をかけた白髪の男性に

 『庭の手入れがなっていないと、零が言っていた』

 と伝えて下さい」

「松本とは本家参謀長の松本啓治さんの事ですか?」

 彼女の言う『松本』という人物は本家の人間であろう。私が知っている本家の人間で『松本』と言う名の者は参謀長と言う肩書きを持つ松本啓治さんだけであった為、彼女に確認をする。

「はい。そのまま伝えてもらえれば大丈夫です。

 彼なら、すぐに理解できる事なので」

 彼女の返事を聞き、自分の知る人物であった事の安堵と松本参謀と関係のある彼女の素性が気になる。

 彼女は一体何者だろう――好奇心が自分の中で生まれたが、聞いてはいけない事だと言うのは先程から彼女から出されていると思われる雰囲気で感じ取っている。

この状況下で聞いたら、殺されているかもしれない――私が身を置いているのはそういう業界だ。迂闊な言葉を吐くことはできない。

「では、言伝、よろしくお願いします」

「分かりました。必ずお伝えします」

 彼女の言葉に私は了解の言葉を言い、頭を軽く下げる。彼女は私の様子を見た後、玄関の方へと歩いていく。その足音は聞こえてこないが、気配が遠ざかるのは感じ取れた。

彼女の気配が完全になくなってから、私は頭を上げる。玄関へと続く廊下に彼女の姿が見えず、外へ行った事が分かった。

 私は小さく息を吐き、呼吸を整える。その仕種で自分が初めて緊張していた事に気付く。

 こう緊張したのは神崎組の総長と始めて対面した時以来だ――。

「何をやっとるんだ、黒屋」

 不意に背後から声をかけられ、驚いたが、その様な素振りを見せないように、後ろに振り返る。

私の背後に立っていたのは神崎組総長である神前学、その人であった。

「総長、お久し振りです。

 先程まで本家の方とお話していまして、少し緊張していたのです」

 総長と会うのは数度目の為、初めて会った時の緊張感はなく、落ち着いて話すことが出来る。

「そうじゃったのか。

 まだ本家(ここ)に慣れておらんと言う事かの」

「そう、かもしれません」

 総長の言葉に素直に肯定しようと思ったが、人によってはよくしてもらっている為、微妙な返答となってしまった。

「静かで驚いたろう」

 私が話題を変えたいような雰囲気を出していたのか、総長が違う話題を私に振る。

私が本家に来る時は何かしらの会合がある為、様々な組の幹部が集まり、騒々しいが、今日はその騒々しさがなかった。

「はい」

「まぁ、会合まで時間があるからの。

 お前を早めに呼んだのは言う事があるんじゃ」

「私に、ですか?」

「ここで立ち話もなんじゃ。部屋で座って話そう」

「はい」

 総長自ら私に話があると言うのはこれが初めてであった。

 襖が開けられている部屋に総長が入っていく。すぐに戻る為に、開けたままにしていたのだろうかと思いながら私は総長の後に続き、開けてあった襖を閉じる。

総長はいつも座っていると思われる座布団が敷かれている上座に座る。私は総長と向かい合わせとなる下座に敷かれている座布団の上に座る。

「先程の続きじゃが、

 今日の会合で垣原組を本家にすることを宣言する」

「え」

 総長の口から出た言葉に私は驚いたことを表情に出していた。私の表情を見て、総長はにやっと口角を上げる。

「他の組も頑張っているが、お前さんの組はわしらの意図をきちんと理解し、やってくれておる。

 それを評価しなくては神崎組ではなくなるからの」

「……しかし、周囲はその決定に賛同するのでしょうか?」

 総長が自分の事を賛美してくれる事は嬉しいことではあるが、【分家】として入ったのは片手で数えるぐらいの年月だ。

今まで【分家】から【本家】に昇格したのは神崎組に組して、二桁の年月が経っている組ばかりだ。

【本家】の人達が私の組が【本家】への昇格に不満がなくとも、長年【分家】に属している組には不満の声が出るはずだ。

「賛同させる為の道具は用意しておる。

 心配するな。何も武力で押さえつけるわけじゃないからの」

「はぁ……」

 笑いながら、そういう総長に冷や汗をかきながら、返答をする。

 総長はこういう業界にいながら、『人を傷つけない』を信条に動く人で、それを部下達にも徹底している。

力を振るう前に言葉で抑えつける――今回の会合でもその様になるであろう。

もし、暴力沙汰になったとしても、【本家】の人間は全員柔道の黒帯である。その為、殴るしか攻撃手段のない下っ端はすぐに捻じ伏せられる。

今回の会合が大変な事にならないことを願いながら、私は総長の何気ない話に耳を傾けた。


 数時間後に行なわれた会合で私の組の昇格が発表され、【分家】の何人かが反発したが、その人達が反発することが初めから分かっていたかのように彼らの実績に関しての資料を出し、言及した。

それにより、全員一致で私の組の昇格が承認された。総長が各幹部に配った資料は事細かく調べ上げられており、あそこまで詳細な資料を集める【本家】の人間には脱帽した。

会合の大きな議題であった私の組の昇格が決まると、定期的な連絡をし、会合は終了した。

 その後は【本家】と【分家】の交流として、宴会が行なわれた。私は【本家】側の席につき、【本家】の人々からの歓迎を受けながら、会合前に会った女性の言伝を伝える為に松本参謀を探した。

松本参謀は上座に近い席におり、一人で晩酌をしている様だったので、私は私の周囲にいた【本家】の人々に断りをいれ、松本参謀の下に行った。

「松本参謀」

「ん?

 垣原の黒屋か。昇格おめでとう」

「ありがとうございます。

 お注ぎしましょうか?」

 松本参謀の左手に持っているお猪口が空に気付いた私は近くにある

「すまんな。

 で、わしに何か用か?」

 私が目的を有して話しかけてきたのに松本参謀は気付いていたようだ。

「言伝を頼まれました。

 『庭の手入れがなっていない』

 と、零さんが言っておりました」

「ほう、お嬢からか。

 これはすぐにやっておかんとだな」

 松本参謀は伸ばしている髭を触りながら、何か考えているようだ。

彼から発せられた『お嬢』という人物の事であろうか。

私が会った女性が『お嬢』ということは分かるが、松本参謀がそう呼ぶ理由が分からなかった。

「すみません、お嬢とは……?」

「お前さんに言伝を頼んだ者の事だ。

 お前さんも『本家』になった事だし、教えておくか。

 お前さんの会った女性は組長だ」

「はぁ……え、あの女性がですか?」

 私は松本参謀の口から出た言葉を理解するのに少し時間がかかった。

私が会った女性が神崎組の組長だとは予想もしていなかったからだ。

「ああいう容姿だが、頭は回るし、体力もある。

 最近、米国のマフィアを潰したのだって、お嬢とお嬢の部下数人でやったからな」

「あれ、本当の事だったんですね」

 噂として聞いた海外マフィアとの衝突――私が聞いたのは海外マフィアを一夜にして壊滅に追い込んだと言う事だけで詳細は知らない――その対処をしていたのが彼女だとは関係者以外は分からないだろう。

「そうだ。まぁ、国内勢は噂と思っているが、国外では事実として、裏業界では有名な話になっているらしい。

 それでなくても、国外では色々とあるからの」

「色々、ですか……」

 確かに『神崎組』には様々な噂や伝説がある。

 『神崎組』の総長は組長時代に様々ないざこざを仲裁し、業界の中では『人情の神崎』と呼ばれている。

仲裁の方法は主に話し合いだったそうだが、時折、武力行使する場合もあったらしい。その時の話は業界内でも有名で、逆らうべきではない人物とされている。

現組長は総長の意思を引き継ぎ、他の組との衝突はないに等しい。ただし、それはこちらから手を出すことに関してだけであり、相手から手を出してきた場合は容赦しない。

業界内では冷酷だと言われているが、先程会った女性からはその様に思うような事柄は無かった。

ただ、他人行儀であるような雰囲気ではあった。まるで本心を隠すような――。

「……今度の会合の時にでも顔を出すのも分からんから、会っておきたかったのぅ」

「会合に出ない……?」

 松本参謀の独り言を聞き、私はつい聞き返してしまった。

 『神崎組』ではまだ総長が現役である為か、組長が全体の会合に出ることはほとんどない。上層部のみの会合には出ていると言う噂は聞いていたが、それにも出ないと言う事だろうか。

「ちょっと、本業の方に専念することになっての」

「本業?」

「お嬢は学生なんじゃよ。確か、高校二年に編入するという話じゃ」

「……は?」

 二十代前半だと予想つけていた私にとっては衝撃的だった。

 女性は外見と雰囲気で年齢を判断しづらいものであるが、彼女からは十代らしい雰囲気が感じ取れなかったのも一因だろう。

 高校二年であれば、自分の息子と同い年と言う事である。息子も十代にしては大人の雰囲気を出しているが、二十代と感じられない。それがまだ息子が十代である事を示している。そんな息子と彼女が同い年とは考えられない。いや、考えたくない――。


 私は彼女が編入する学校が息子の通う学校ではない事をそっと祈った。



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