【27話】一時の休息?
翌日の授業には体育がなかった為、平穏であった。
特にクラスの空気は昨日とは一変して、穏やかな空気が流れる。
それほど嫌だったのだろうか?
「かんざきちゃん、何しているの~?」
そんな事を考えていたら、後ろに座っている百衣が話しかけてきた。
「ノートを作っている」
「……今日は誰も休んでいないよ?」
「Eクラスの生徒用だ」
私は百衣の質問に答えながらも、手を休めない。
このノートを次回のテスト教科分をEクラス人数分作らなくてはならない。
「……昨日の言った事を本当に実現するの?」
実現するではなく、実現させるのだ。
自分のいる地位からか、自分の言葉は影響が大きい。だから、私は言った言葉に責任を持つようにしている。
だから、やると言ったら、やる。
そのおかげか、一部の友人達から『有言実行者』と言う二つ名なるものをつけられるぐらいである。
「実現するではなく、させるんだ。
まぁ、今回は荒業だがな」
「なんか得策でもあるのか?」
貴弌が私と百衣の会話に入ってくる。
あの勉強の出来ないEクラスの生徒をAクラス以上のテスト結果にするのにかなり興味があるのだろう。
「これを見れば分かる」
私は先程まで書いていたノートを貴弌に渡す。
貴弌はノートを受け取ると、ペラペラと内容を見る。その顔がどんどん驚きの顔へと変わっていく。
「……神前、これって」
「今回出るであろう問題とその回答」
次回のテスト範囲はまだ決まっていないが、前回の中間テストの範囲はクラスメイトに聞いて、把握している。
次回のテストは期末テストだろうから、中間テストの範囲はあまり出ない。
そうなると、現在やっている部分などが出ることが確定だ。その範囲で出るであろう問題はおおよそ予想できる。
その問題と回答を暗記させる。
勉強が苦手な奴でも暗記ぐらいは出来るだろう。
数学に関しては暗記では補えないので、個別指導するしかないな。
「……もうかんざきちゃんに関しては驚かない方がいいと思ってきたよ……」
「俺もその意見には同意だ」
貴弌と百衣が何やら話しているが、私には関係のないことのようなので、気にせず、別のノートを書き始めた。
その日の授業が終わって、すぐに私は寮に戻った。ノート作りの為だ。
思うように進まないので、早めに帰り、一人でやった方がいいと思ったからだ。
想定では四日あれば、できると思っていたが、これだと、一週間はかかりそうだな。
「まだやっているのか?」
いつの間にか帰ってきた黒屋に声をかけられる。
壁にかけられている時計を見ると、夜の六時を示していた。
私が帰ってきたのが四時過ぎだったので、作業時間は二時間も経っていないか。
「帰ったのか。
今から夕飯の支度をする」
帰ってきてから、ノート作りに集中した為、お弁当箱を水につけただけなので、それの片付けもしなくてはならない。
私は立ち上がろうとしたが、黒屋が私の肩に手を置き、立ち上がるのを阻止する。
なんでだ? と思い、私は黒屋の方を見た。
「今日は俺が作る」
「黒屋がか?
料理できるのか?」
出来るようには全然見えないぞ。
出来たとしても、インスタントラーメンを作るとか、卵焼きを焼くとかぐらいであろう。
「インスタントなら……」
「却下だ」
肥えた舌にインスタントなんか与えたら、まずいとしか思えなくなる。
現に私がそうだったのだ。インスタントでも一部の商品に関しては美味であるが、大半はまずく思えた。
私が油が濃すぎると、当たり易いと言うのもあるだろうが。
「やはり私が作る」
「それはいいのか?」
黒屋が指差すのは机に広げられているノートの山であった。
最近は教室にいることの多い黒屋は昼間の私と貴弌と百衣の会話でも聞いたのだろう。
「テストまで時間はまだある。
それに交流祭が終わるまでには出来上がるペースでやっているから、大丈夫だ」
「……俺に手伝えることはあるか?」
黒屋の突然の申し出に私は驚いた。
今までの黒屋の行動パターンからは考えられない言葉だった。
この申し出に対し、私はどう返答しようかと考える。
今、私がやっているノート作りを手伝ってもらえるのは嬉しい。
だが、この後の個別指導で黒屋には頑張ってもらいたい。
いや、積極的にEクラスに教えて欲しい。学年二位である実力を発揮するいい機会である。
そうなれば、今、手伝ってもらうことはない。
「今はない。その内、黒屋の手が必要となるから、その時は頼む」
「……分かった」
黒屋は少し不満そうであるが、私が「大丈夫」と言うと、何も言わなかった。
夕食後、私はノート作りを再開した。
さすがに黒屋がいるので、共同スペースではなく、自室に移動した。
そういえば、Eクラスの生徒の名前と顔を覚えていないことを思い出す。
次回会う時までに全員の名前と顔を一致するようにしないといけないと思った私は携帯を取り出し、ある所に電話をかけた。
『もしも~し』
「……朱熹か?」
電話に出たのは朱熹である。だが、私がかけた相手は朱熹ではない。
『あ、レイちゃんじゃん。どうしたの~?』
「和輝に換われ。どうせ隣にいるだろう」
『いるけど、少しボクとお喋りしようよ』
「時間が惜しい」
『もぅ分かったよ~。
はい、和輝。レイちゃん』
『もしもし』
朱熹から携帯を受け取ったと思われる和輝の声が受話器から聞こえる。
「和輝、紫原学園の全生徒のデータをくれ。
今すぐだ」
『……何かあったのか?』
私から電話をすることはあまりないから、受話器の向こう側にいる和輝が心配するような声を出す。
特に何もない。しいて言えば、転入する時から渡せといっているデータが来ないから、催促しているまでだ。
「何もない」
『……分かった。
いつものサーバーにデータを入れておけばいいか?』
「あぁ。それで頼む」
『今日、全部を頭に詰めようとはするなよ』
「あぁ」
用件が終わり、私はすぐに電話を切る。
無駄話をする時間があるぐらいなら、ノート作りに時間をあてたい。
ノート作りを再開する前に私は持ってある荷物から一台のノートパソコンを出す。
現在販売されているノートパソコンより少し分厚いこのノートパソコンは私の仕事専用になっており、他人には見せられないデータが入っている。
その為、普通のノートパソコンとは違う挙動をする様になっている。
その挙動に関しては説明すると、長くなるので、割愛する。
目的物のあるサーバーに接続し、該当するものがあるか探すと、すぐに見つかった。
和輝が電話があった時にすぐに入れてくれたのだろう。
私はそのデータをサーバーからパソコンのデスクトップに移し、データを開く。
顔写真と共に名前が表示され、その下には家族構成や経歴まで書かれている。
ここまでの個人情報をどうやって手に入れたんだと思いながら、Eクラスの生徒を探し出し、その情報を頭に叩き込む。
Eクラス全員の個人情報を頭に入れた私は時計に目を向けた。
時計は深夜十二時を少し過ぎた時間を指している。
予想していた時間よりも長く情報を頭に入れ込むのに時間がかかってしまったようだ。
明日の授業があるので、私は今日のノート作りを諦め、就寝する。
ベッドにつき、そういえば、明日は体育の授業があったことを思い出す。
明日は騎馬戦の組み合わせを決めないとだな……。
特に何もなければいいが……。




