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【26話(番外編・3)】Sクラスのあいつ



「アニキ、どうしたんすか?」

「大丈夫っすか?」

 俺の部下でもあるクラスメイトが口々に俺を心配する言葉を吐く。

原因は分かっている。

先程までいたSクラスの奴だ。


 身長は黒屋より少し低いぐらいのひょろっとした黒髪の男。

今まで見た事がない顔だったから、転校生だと言うのはすぐに分かった。

 黒髪は一応名門であるこの学園には多い。

だが、透き通るような白い肌に切れ長でありながら存在感のある黒真珠の様な黒い瞳。顔立ちも整っており、そこら辺にいる女性よりも綺麗だ。

女装させたら、女にしか見えないだろう……って、そんな事を考えている場合じゃないだろ、俺!

そんな女みたいな奴に俺が負けるとは……。

 勉強はからっきしであった俺だが、運動神経はいい方でスポーツテストでは去年に引き続き、今年も学年一位になった。

しかし、その記録も一時間前までであった。

あの女みたいな男が俺より速かったのだ。しかも、ゴールした時のあいつの顔は汗一つかかず、息も乱れていなかった。

その事からして、全力でなかったことが分かる。途中から全力疾走したにも関わらず、俺は二位であった。

ゴールした時はなんで走る前にあんな約束をしちまったんだと自分を責めていた。

 下僕にしたいと言うのは本心ではあった。あれだけ綺麗な奴を連れていれば、それだけで俺のステータスが上がる。

それにあの顔を歪めたいとも思った。

しかし、それはただの夢で終わった。

賭けは俺の負け、だが、あいつが何も言ってこなければ、俺の願いが叶わないだけでプラスマイナスゼロだと思っていた。

だが、あいつは俺が言っていた言葉を覚えていた。

覚えていたとしても、俺のような奴に内容を確認する事はないだろう。

俺が嘘をつくとは思わないのか? そう思いながらも、俺は素直に肯定した。


 昔からじーちゃんに「嘘をつくな」と言われ、嘘をつく度にきつい仕置きを受ける事になった。

じーちゃんの躾けの賜物で俺は不良でありながら、嘘をつくことがなかった。

そのおかげか、俺の部下でもあるクラスメイトは皆、俺を信用してくれる。

じーちゃんがあんだけ厳しく躾けた理由を知る事も出来た。

 俺はヤクザの跡継ぎだ。昔の俺は跡継ぎとして必要なのは力と思っていた。

親父はその意見に肯定してくれたけど、じーちゃんはそれを否定した。

当時の俺は俺の考えを否定したじーちゃんが嫌いになった。

俺は力で相手をねじ伏せ、沢山の部下を増やした。

だが、ある日、部下の裏切りにあい、酷い失態を曝した。

その日より、俺の部下だった奴は俺をあざ笑うようになった。

俺はなぜ、俺の思い通りにならないのだと心の中の怒りを物を壊すなどで鬱憤していた。

それを見ていた親父が俺に鉄拳を与えた。

「力で押さえつけるからだ。

 お前も相手も心を持っている。

 お前は相手の心を見ないから、そうなるんだ。

 相手の心を見るようにしろ。己の心を相手に見せろ。

 そうすれば、自ずと人が集まる」

 今まで俺に手を上げることのなかった親父に初めて殴られた俺はその言葉を呆然と聞いていた。

 俺は不良であることをやめなかったが、今までの様に力で相手を抑えることはやらなくなった。

親父の言った言葉は今でも俺の心で生き続けている。


 俺が素直に答えたことにあいつは少し驚いたような表情をした。

しかし、すぐにいつもの表情となった。

走る前から表情を動かさないのに対し、こいつは表情という概念がないのかと思っていたが、人並みの表情があるようだ。

それでも、表情は薄い。まるでマンガなどに出てくる暗殺者の様だ。

だからか、あいつが俺に何を命令するのか、気になった。

しかし、あいつの命令は命令ではなかった。

 来週行われる交流祭で協力し合って優勝することと次回のテストを好成績にすること。

命令ではなくお願いという形であった。

 確かに学園長の孫である紫原はかなりうざい奴であった。

俺達を虫を見るような目で見下す。

学園長の孫だから、何をしたって、何も言われないと思っているだろう。

俺はあいつの『お願い』にのることにした。

どうせ交流祭はSクラスと一緒にやらなきゃいけない。

あいつも頭がいいのだから、こちらの意思も分かるだろう。

 その後、俺の部下の一部があいつに勝負を挑んだが、あいつの圧勝であった。

どんな競技でも僅差ではなく圧勝するあいつに俺は恐怖を覚えた。

Sクラスで唯一、話した事のある黒屋にあいつのことを聞いたが、「普通の男子高校生だ」と言う回答しかえられなかった。

あいつのどこが普通の男子高校生なんだ!

 その後、俺のクラスで競技別の選手を決めた。

俺達よりも到着の遅かったSクラスに対し、不満を言ったら、あいつが即座に謝った。

普段、涙目で何度も謝る奴か逃げ出す奴が多く、普通に謝れる事がない為、俺は驚いてしまった。

あいつが誰にでも普通に接するのは分かっていたはずなのに……駄目だな、俺。

あいつに進行役を押し付けたら、あいつは何も言わず、進行役を勤めた。

あいつは簡単な説明をし、黒板に競技名を書き、希望する競技に名前を書いていくという方式をとった。

挙手方式でもいいじゃないかと俺は思ったが、あいつは転校生であることを思い出した。

自分のクラスメイトの名前は覚えていても、他クラスの生徒の名前まで覚えていないのは当たり前か。

俺は借り物競争に名前を書いた。

 この学園の借り物競争はネタのような内容が多い。

その為、二年以上の生徒はあまり借り物競争に出ようとしない。

一年で借り物競走に出た俺も洗礼を受けたが、今年も借り物競走に出ることにした。

理由は面白いからである。それ以外、借り物競走に出る奴なんていないだろう。

全員が書き終わって、あいつが障害物と借り物から騎馬戦に移る話し合いを俺がやれといってきた。

なんで俺なんだと思ったら、障害物と借り物を希望しているのがEクラスだからと言ってきた。

俺は黒板を見て、名前を確認する。確かに全員Eクラスであった。

あいつはやってもらう代わりに俺は借り物と騎馬戦は決定すると言った。

借り物は希望していたが、騎馬戦までやりたくねーよ。

ただでさえ、千メートルリレーの選手が確定しているんだから。

後、障害物と借り物の枠五人の内一人はSクラスから出すといってきた。

さすがの俺もキレそうになったが、交流祭を優勝する為に確実に得点を稼げる人を配置するという事になった。

そんな人物がいるのかと俺は思った。Sクラスは俺達より体力がない奴が多いだろう。

しかし、いたのだ。

あいつと黒屋だ。

あいつは俺より速かったので、確実に一位を獲れる。

黒屋は俺より遅いが、学園二位だったから、こちらも確実に一位を獲れる。

俺は否定することの出来ない人物だったので、意見するのを諦めた。

その代わり、早めに決めて、あいつを驚かそうと思った。

これでも、俺は全員の体力は大体把握している。

俺が考えた面子でいいかとクラスメイトに聞けば、肯定の言葉。

よし、決まりだ。あいつは驚くであろうと思って、俺はあいつに声をかけた。

しかし、あいつはあまり驚かなかった。

あいつに従い、俺は移動する面子を言う。

あいつは何も言わず、俺の指を眼で追う。

 ふと、下を向いているあいつの横髪があいつの視界を邪魔するように流れ落ちたが、あいつは気にすることもなく、俺の指を追い続ける。

なんだか犬みたいだな。

俺が言い終わると、あいつは少し考えて、顔を上げ、俺に礼を言った。

その時、あいつの無表情の顔が優しく微笑んでいた。

俺を見上げる瞳は優しい黒の色をし、うっすらとピンクに色づいている口元は少しだけ口角を上げている。

俺はその表情を見て、しばらく呆然としてしまった。

あいつはすぐにいつもの表情になったが、俺は意識を戻しても、あいつの微笑みが頭から離れない。

あいつは今の俺に疑問を抱いているようだ。

こんな俺を見られたくない。恥ずかしい。羞恥心から、俺の顔が赤くなるのが分かった。


 タイミングよく終鈴のチャイムが鳴り、あいつをクラスから追い出すことは出来たが、俺の顔はまだ赤いままだ。

海山(みやま)さん、アニキどうしたんでしょう……」

「しばらく放置すれば、いつもの啓治(けいじ)に戻るよ」

 このクラス内の成績トップで俺の幼馴染である海山靖彦(みやま はるひこ)が俺の部下が心配しているのに対し、いつもの様に軽くあしらう。

本来、靖彦はEクラスに属するような頭の持ち主ではない。勉強好きな靖彦が本来の力を出せば、Sクラスには入れるぐらいである。

そんな靖彦がEクラスにいるのは未来の上司である俺の学力ではEクラスであったからだ。

靖彦は現在、成績をコントロールして、Eクラスになるようにしている。

 そういえば、前回の全国模試では学年一位が入れ替わると言う大事があったな。

今まで学年一位であった黒屋が二位に落ちた事に俺や俺の部下達は喜んだものだ。

 黒屋は俺達の様に不良でありながら、学年一位の成績である為、教師達はあまり注意しない。

唯一注意するのが黒屋の担任の織原という教師だけであった。

だから、俺達は奴を毛嫌いしていた。

今回はSクラスとチームを組むことになったので、Sクラスの中で話した事のある黒屋を頼る場面もあるだろうが、そうならないように他のSクラスの奴と話せるようにならないとだな。

出来れば、黒屋を蹴り落とした学年一位の奴がいい。

「靖彦」

「調子が戻ったみたいだね。

 で、なに?」

「全国模試の学年一位って誰だ?」

「それ、二週間も前の話なんだけど……

 結果には神前(こうさき)って、書いてあったよ」

「こうさきか……あいつはかんざきだから、違うのか……」

「何、あの子の事気にいったの?」

「ち、違う!

 ただ、あいつだったら、話したから、近付きやすいなと思っただけだ」

 俺はそう言って、教室を飛び出した。

靖彦は幼い頃から一緒だった為、俺の思考を知り尽くしている。ついでに頭がいいから、面倒である。

このまま、同じ部屋にいれば、俺が色々吐く事になる。それだけは避けたい。

幼い頃、色々靖彦に言って、酷い目にあった。

酷い目にあう度に靖彦には言わないようにしようとしたが、靖彦と一緒だと、いずれ言ってしまうので、逃げたほうがいいと言う風になったのは中学三年からだった。

逃げれば、靖彦は追及してこない。それだけが救いであった。

 その時の俺は靖彦が寮の同室者だと言う事を忘れていた。



 神矢が去った後の教室――。

「あそこまで否定すると言う事は彼の事を意識しているということじゃないか。

 全く、啓治は分かりやすいなぁ~。

 ……そういえば、神前(こうさき)って、神前(かんざき)とも読むんだったな。

 この事を啓治に言ったら……」

 フフフッと何かを企んでいる様な笑みを浮かべる海山の姿を見て、教室に残っていたEクラスの生徒は祈った。

この後、自分達が慕う彼に何かが起こる事に対し、無事で明日来ますようにと――。



神矢視点でした。


神矢は自分の中で百衣と黒屋を足して2で割った感じなので、

百衣の次に扱いやすいです。



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