【23話】悪い企みをしてみる
私を含む走者である六人がスタートラインに立つ。
「妨害とかすんなよー」
大内が見学者であるEクラスの生徒に言う。
妨害とかあるのか、この状況で。そうなると、妨害を受ける前に走りきった方がいいな。
クラウチングスタートの為、両手の指を地面につく。
「おい」
突然、右隣の神矢が私に話しかけてきた。
「なんだ」
「これで俺に勝ったら、お前の言う事を聞いてやる。
代わりにお前が負けたら、俺の下僕になれ」
それは等価交換にはなってないぞ。
確実に私の方が悲惨な目に合うではないか。
まぁ、そうなる確立はかなり低いがな。
「いいぞ」
「おい」
今度は左隣の黒屋が話しかけてきた。
そろそろこの競技に集中させてくれ。
「なんだ」
「大丈夫なのか?」
多分、この競技で神矢に勝てるのか? と言う事を聞いているのだろう。
私をあまり甘く見ないで欲しい。
「大丈夫だ」
「位置について」
大内が合図を出す。私は二百メートル走に集中する。
「用意」
合図を聞き、腰を上げる。
そういえば、このような競争は久し振りだな。普段は追いかけっこだからな。
「スタート!」
全員が一斉にスタートする。
二百メートル走なので、すぐにカーブコースになる。
追いかけっこと違って、自分のペースで走れるのはいいな。
私がする追いかけっこは普通の追いかけっこと違って、捕まると命に関わるので、私が追いかけるものは皆、死に物狂いであったからな。
まぁ、本当に命に関わる事などなかったけどな。死ぬよりもきつい仕打ちを味わっただろうが。
そんな事を考えながら、私の二百メートル走は終わった。
そういえば、力加減とか考えずに走っていたな。
後ろを振り返ると、他の五人もゴールしていた。しかし、その姿は今の私とは正反対のものであった。
平気そうな顔をしているが、息が乱れている黒屋。
神矢と仙崎は呼吸が辛そうである。汗もかいているようだ。
神矢以外のEクラスの二人に至っては地面に寝そべっている。
黒屋は声をかけなくても大丈夫だろうと思い、私は仙崎に声をかけた。
「大丈夫か、仙崎」
「か、んさぎくん、は、はやい、ね……び、びっくり、したよ……」
ふむ、まだ本調子には戻らないようだな。そんなに私は早く走ってしまったか。
「神前君、凄いね。
二十二秒台だよ!」
二十二秒か……女子では早いが、男子では遅いかと思ったが、この学校内では早いほうの様だ。
まぁ、勉学中心であるから、部活動などはそれほど活発的ではないのかもしれないな。
「へぇ、凄いな、神前。
SとEの中じゃ、一位じゃないか。
まぁ、学年一位である神矢に勝った時点で学年一位でもあるがな」
ほう、神矢は運動が得意とは聞いていたが、学年一位であったか。
だから、あのような賭けを仕掛けたのか。残念だったな。
「くそっ……なんでだよ……」
「だから、言っただろ。
お前なんか、惨敗するに決まっていると」
黒屋と神矢の間で何か揉め事のような雰囲気が流れる。
会話を聞いた限りでは走る前に言った黒屋の台詞の事だろう。
そういえば、走る前に交わされたあれは有効であろうか。
「なぁ、神矢」
「なんで俺の名前を知っているんだよ」
「他のEクラスの生徒が名前呼んでいたからな」
これは嘘ではない。Eクラスの生徒の会話は他のSクラスの生徒ならあまり聞こえなかっただろうが、地獄耳であった私には聞こえていた。
その会話と貴弌の説明で神矢がどの生徒か、そんな人物であるかが分かった。
「で、先程のあれは有効か?」
「あれ?」
「私が勝ったら、言う事を聞くと言うものだ」
Eクラスの生徒がざわめいた。まぁ、それを話したのは走る直前ですぐ近くにいる生徒にしか聞こえない程の小声だったので、こうなる事は分かっていた。
「……嫌だ、と拒否したいところだが、交わした約束は必ず守れと、親父に言われているからな。
いいぜ、お前の言う事を聞いてやる。ただし、1つだけだ」
一回か……まぁ、拒否されるよりはいいだろう。神矢の父親は仁義を重んじる人物なのだろうな。
さて、どうしようか。
予想ではあるが、この一回の命令でEクラスがSクラスと結束できるかが決まる。これは重大だな。
こちらにもメリットがあり、Eクラスにもメリットがあることは……。
あぁ、なんだ、簡単なことじゃないか。
「なぁ、神矢」
「なんだ」
「お前、紫原の事どう思う?」
私の唐突の質問に神矢が眉を顰める。
「学園長か?」
「いや、孫の方だ」
「あいつか。気に食わないな。
俺はああいう奴が嫌いなんだ」
「私も彼の事が嫌いだ。
彼をここから追い出したいとも考えているが、さすがにそんなことは出来ないからな。
そこでだ。
彼をどん底に突き落とそうと思う」
「突き落とす?」
「今回の交流祭で紫原のいるAクラスはBクラスと組む。
多分、交流祭では優勝する気だろう。
それを私達が阻止するんだ」
「つまり、俺達が交流祭で優勝するってことか?」
「あぁ。
後、次回のテストで君達Eクラスを紫原以上の成績にする。
今まで見下していた相手に見下されるのはとても苦痛であろう?」
「確かにそれは面白そうだが、そんな事が出来るのか?
俺達、自慢じゃないけど、勉強できないぞ」
「できないじゃなく、するんだ。
それに君達と組むのは学年上位がいるSクラスだ。
君達がやる気になれば、私達はいくらだって手を貸すぞ」
『私達』と言っているが、了承している生徒は誰もいない。まずそんな話もしていない。しかし、この状況で一人でも否定すれば、ここまでのやりとりが水の泡となる事はSクラスの人間なら分かるだろう。
私の思惑を理解したのか、Sクラスの生徒は私と神矢の会話を静かに聞いている。
「……それがお前の命令か?」
「命令と言うよりかは協力してほしいと言う願いだな。
私は命令が好きではないんだ。本来の力が発揮されないと思っているからな」
命令だと、嫌々ながらやる為、時間がかかり、効率が悪い。
逆に願いだと、それは自分に期待されていると思い、本来以上の力が発揮される時もある。
私の友人達がいい例である。
「……よし、いいだろう。
その案、のってやろうじゃないか。
お前らもいいよな?」
神矢が視線を向けたEクラスの生徒達は「アニキがそう言うなら……」等言いながら、頷く。
一部の生徒は不満を持っているようだ。
「不満があるなら、勝負するか?」
不満を発散するには力を示すのが手っ取り早いと考えた私は不満を表情に出している生徒に挑発とも思える言葉を言った。
数十分後、私との勝負に負けたEクラスの生徒が何人も落胆している。
勝負を傍観していたEクラスの生徒は青白い顔色をしている。
Sクラスの生徒はいつもの事と言うような表情で見ていた。
「おい、あいつ、何者なんだ……」
「普通の男子高校生だ」
神矢は冷や汗をかきながら、黒屋に問いかけ、黒屋は平然と私が以前黒屋に言った言葉を返していた。
多分、黒屋は毬とケルヴィンの勝負を見たことがあるんだろうな。
今の状況が毬がケルヴィンとの勝負で勝った時と同じ感じである。
これがSクラスとEクラスの共同作業の始まりであった。




