【22話】嫌な予感がするんだが
午前中の授業が終わり、昼休みとなった。
午前中何事もなく、平穏であった。人によっては嵐の前の静けさと言えるかもしれない。
私はいつも通りに昼食を食べる用意をする。
あれから平日は毎日四人分の弁当を作っている。元々五人分の料理を作る事もあったので、苦痛ではなかった。
問題があるとすれば、弁当を毎回私が運ばなければいけない事だろうか。
三人分ともなると、量が多い。だが、他の三人は「俺が持つよ」と言う言葉を発した事は一度もない。
少しぐらいは私を労わると言う気持ちを持って欲しいものだ。
昼食を食べる時は私の席の前に黒屋、右隣に貴弌、左隣に百衣が座るのが定着していた。
「かんざきちゃんもオリちゃんに反論すればよかったのに~」
「そうだ。まだ来て二週間しかたっていないのに、神前に頼む先生はおかしい」
百衣が朝の出来事の話をする。それに同調する貴弌。
まぁ、織原は学園に来る前の私を知っているからな。これぐらいの事、簡単にやってのける事が分かっているだろう。
「私がいなければ、他の者に頼んでいただろう。
頼む相手に相応しいと思えたのが私だった。それだけだろ」
「そうやって簡単に片付けられるかんざきちゃんが凄いよ……」
「……殴り合いになりそうだったら、俺に言え」
私と貴弌と百衣の会話を黙って聞いていた黒屋も会話に加わる。
いや、自分の意見を言っただけで会話には加わっていないか。
殴り合いとは物騒な話だな。
そうなる可能性があると言う事はやはりEクラスは不良が多いのであろう。
まぁ、そうであっても、私には何でもない事である。
「……神前、暴力に発展しないようにやってくれ」
そう言った貴弌の表情は強張っていた。
私だって、暴力沙汰は避けたい。私の圧勝は目に見えているが、そんな事をすれば、私の立場が危うくなる。
なるべく話し合いで解決したい。
「あぁ、私もそうしたいと考えている」
「けど、あいつらって、言葉で伝わるんかねぇ」
「さすがに人だから、言葉の意味ぐらい分かるだろう」
いや、人じゃなかったら、まず学校に入ることが出来ないだろう。
そんな他愛のない話をしながら、昼休みを過ごした。
五限目が終了し、六限目が体育の為、クラスメイト達が更衣室へと移動する。
私も貴弌や百衣達と一緒に向かう。
「あ~、なんで今日の六限が体育なんだよぉ~……」
「百衣、言わないでくれ。せっかく忘れようと思ったことを思い出すだろ」
「何を思い出すんだ?」
私は貴弌の言葉に疑問が浮かんだ。
貴弌が今、不機嫌そうになる事柄といえば、交流祭でチームを組むEクラス組の事である。
体育の授業はクラス毎に行われるので、交流祭でチームを組むEクラスとは一緒にならないはずである。
それなのに、なぜ、そんな表情をしているのだろう?
「あぁ、神前には説明していなかったな。
交流祭のチーム分けが決まってから、交流祭までは合同授業になるんだ。
合同授業の時は成績の上のクラスの時間割に合わせて、行われる」
「そうなると、今日の体育からEクラスと一緒に授業を受けるということか?」
「そうだよ~。もう、まじ面倒~」
それなら、貴弌や百衣の反応に納得がいく。
他のクラスメイトは表に出さないようにしているようだが、心は貴弌達と同じであろう。
更衣室はもう一室あり、そちらをE組が使う為、更衣室ではトラブルはなかった。
授業が始まる前からトラブルが起きていたら、授業どころではなくなっているからな。
六限目の予鈴が鳴る頃にはクラスの全員が体操着に着替え、校庭に集まっていた。
あぁ、着替えの時は何も起こっていないぞ。さらしを巻いているからな。
巻いている一番の理由は胸を隠す為だが、表向きの理由は事故の傷を他人に見られたくない為だ。
肩から腰にかけてある背中の傷は手術した医師から「一生残る傷」と手術後から言われていた。
女性としては痛手だが、手術した医師が一生残ってしまう傷になるのなら、美しい傷にしようと縫合してくれた。
その為か、背中の傷は生々しくもあったが、美術品のような美しさがあると傷を見た者は言っていた。
転校三日目にあった転校初めての体育で更衣室に着替えた時に私がさらしを巻いている事に疑問を持った百衣に問われ、背中の傷の事を言った。
元々プールを見学にする為、肌が弱いと言う設定もあるので、それも仄めかした。
それを聞いた百衣や他のクラスメイトも納得してくれた。
矛盾を感じる者もいただろうが、これ以上聞いても、私から回答を得られないと思い、聞いてこなかった。
校庭には数人のEクラスと思われる男子生徒がいたが、私達Sクラスの存在を無視するかのように離れたところでたむろっていた。
黒髪もいたが、ほとんどは染めているであろう様々な色の髪であった。一部は痛んでいるな。ちゃんとケアしないと、禿げるぞ。
「かんざきちゃん、あまり見ない方がいいよ」
「あぁ、どうせこの後、一悶着あるのだから、今から喧嘩を売るような行為は控えた方がいい」
一悶着があるのが確定済みなのか。
全く、面倒だな。
六限目の本鈴が鳴ってから、校舎の方からぞろぞろと、体操着姿の男子生徒がこちらに来る。Eクラスの生徒の様だ。
少しは制服のまま来る奴がいるのではないかと思っていたが、そのような奴がいないので、安心した。
Eクラス少しは真面目な部分があるのだな。
「あー、今日から授業は交流祭の練習だ。
今年は障害物競走と借り物競争と騎馬戦と千メートルリレーだ。
リレーは二百メートル走の成績順で決めるから、他のやつはお前達で決めてくれー」
生徒主体と言う言葉はいいが、その発言は生徒に丸投げしているぞ。体育教師の言葉に私は厭きれてしまう。
合同授業の為か、体育教師は二人いる。先程発言したのはEクラス担当の体育教師だ。
私達のクラスを受け持っている体育教師は彼の隣に立っているだけである。
「あ、神前君は二百メートル走のタイム計ってから、話し合いに加わってね」
リレーの選手を決める為であろう。他のクラスメイトは四月にでも計っていたが、転校したばかりの私は記録がないから、計るしかない。
しかし、それでは私は彼らの間に何かあった時、何もできないな。
「せんせ~、一人で走るのが可哀想なんで、オレも走ります~」
話し合いに参加したくないからか、百衣が手を上げて、二百メートル走に参加すると言い出した。
「おいおい、そいつだけ走るだなんて、ずりーぞ」
Eクラスの方からも不満の声が上がる。
どちらも話し合いをしたくないようである。これで結束とか出来るのだろうか?
「ん~、仕方ねぇな。
神前以外に走るのはこっちで選ぶからなー。
他の奴らは見学してろ」
「ちょっと、大内先生」
「いいじゃないっすか。
どうせやる気ないんなら、やる気をおこさせればいいんすよ」
そのやる気を起こさせるのが私なのか?
この大内と言う体育教師は本当に生徒任せであるな。
「神前以外は……
黒屋、仙崎、神矢、樋目野、園崎だ」
黒屋と仙崎は私と同じSクラスだ。他の三人は知らないので、多分、Eクラスの生徒であろう。
「神前、神矢には気をつけろ」
走者の名前が発表されて、すぐに貴弌が小声で話しかけてきた。
「なんでだ?」
「あいつ、ヤクザの跡継ぎでEクラスのリーダー的存在だ。
容姿もいいが、運動神経もいい。後、すぐに自分のモノにしたがる。
ただ頭の方は馬鹿だ」
まぁ、Eクラスにいるのだから、頭は単純思考で馬鹿なのだろう。
Eクラスで走者として選ばれた三人の中で一番目立つのが神矢であろう。
他の二人とは違い、黒髪で整った顔立ちをしている彼はその場にいるだけなら、様々な女性が寄ってくるだろうな。
「神前君、頑張って。
多分、走る全員がリレーの走者候補だろうから」
一緒に走ることになった仙崎が私に声をかける。
彼の言う事は合っているだろう。普通であれば、Sクラスの生徒でまとめればいいのにEクラスの生徒が三人もいる所からして、確率が高い。
しかし、黒屋は勉強だけでなく、運動も出来るのだな。あぁ、うちの道場に通っていたのだから、それぐらい当たり前か。
私がスタートラインに立つと、右隣に神矢が来た。
「あんた、転校生だって?」
「あぁ」
「はっ、そんなほせー身体じゃ、すぐバテそうだな」
初めから喧嘩腰か。ヤクザの跡継ぎだから、仕方ないかもな。
確かに普通の男性に比べると、私は細いが、筋肉はついているぞ。
腹筋もわれている、と言いたい所だが、和輝や友人達に「腹筋だけはわらないで!」と念押しされた為、われていない。
「……お前なんか、惨敗に決まっている」
私の左隣を陣取った黒屋が神矢に向かって、嫌味を言い放つ。
黒屋、今から喧嘩しないでくれ。喧嘩はこれが終わった後にしてくれ。
「けっ、王子かよ。
後でてめーも一緒に遊んでやるよ」
そう言って神矢はスタートの準備をする。
どうやら喧嘩はこの二百メートル走が終わってからの様だ。良かった。
さて、今回はどれぐらいの力をだそうか。
力を見せ付けた方がいいのであれば、ここで一位をとった方がいいかもしれないな……。
力を見せ付けない方がいいなら、神矢と同じペースにするのが妥当か。確実に黒屋や貴弌達に「手加減したな」と言われそうだが。
どちらにしても、この後に待ち受けているものに嫌な予感しかしないな……。




