【20話】想定通りの騒動
四限目の終鈴が鳴り、昼休みとなった。
朝のホームルーム前に教室を飛び出した百衣はまだ帰ってこない。
一体何があったのだろう。
私は探しに行った方がいいんじゃないかと思い、一限目終了後に貴弌に話してみた。
「その内、戻ってくる。あいつも色々あるんだ……」
と返答され、百衣にも人に言えない悩みがあるのかと私はそう理解した。
他には一限目の休み時間に昨日来た紫原が来て「今回は偶然に決まっている!」と言う悪役が言いそうな捨て台詞を吐いて、去っていったな。
容姿は問題ないのに性格は問題がありすぎるな。彼がこの学園の学園長にならない事を祈ろう。
二限目の休み時間からは他のクラスメイトも話しかけてきた。
百衣がいなかったこともあるが、今朝の宮内兄弟の事でより話しやすくなったのだろう。
これで私がクラス内で孤立することはなくなったな。
「神前、今日もいるか?」
四限目の科目であった日本史の教師がいなくなると、貴弌が声をかけてきた。
どうやら貴弌は今日も購買に行くようだ。
「いや、今日は持ってきた」
「……持ってきたって、もしかして、それか?」
貴弌が指差したのは重箱が入っている紙袋。
これ以外該当するものがないからな。
「あぁ」
「大食いだな……」
「いや、これは……」
「二人で何話しているの~?」
私と貴弌の会話に百衣が割り込んできた。
この時間に戻ってくるなんて、それほど悩みが大きいのだろうか。
「百衣、もう大丈夫なのか?」
「ん? あぁ、大丈夫だよ~
かんざきちゃん、心配してくれるなんて、オレ、感激しちゃう」
いつも通りの百衣であるな。
立ち直りには時間がかかるようだが、普段どおりに接してくれるのはありがたい。こちらが気を使わなくて済むからな。
「そういえば、かんざきちゃん、ご飯どうするの~?」
「持ってきた」
百衣が貴弌と同じ様な質問してきたので、貴弌と同じ返答をする。
「え、持って来たって、朝、買ってたの?」
「いや、作ってきた」
「……もしかして、その紙袋って……」
「弁当だ」
「すげー! かんざきちゃんって、料理できるんだー! なぁなぁ、俺の分もある?」
「ない」
あるわけないだろ。昨日会ったばかりでそんな話をしていないだろ。
「でも、量多そうじゃん」
まぁ、重箱だからな。
一人分ではないことはすぐに分かるだろう。だが、もう一人食べる奴がいる。
「先客がいる」
「先客?」
「おい」
朝はいたが、授業には出ていなかった黒屋が私の元に来た。
理由は分かっている。私の弁当を食べに来たのだ。
黒屋が突然私に話しかけたのを見た教室にいたクラスメイトはその光景に驚愕しているようだ。
「ここで食べるのか」
「まだ決めていない」
「……ここだと、目立つ」
「黒屋の席の方でもいいぞ。
あちらの方が静かそうだな」
「そういう意味で言ったんじゃない」
私の席が廊下側に近いから、目立つと言ったのではないのか?
だったら、なんで目立つのだろうか。
「……かんざきちゃん、先客って、黒屋なの?」
私と黒屋のやりとりを見ていた百衣が私に声をかけてきた。
百衣の表情はまだ驚いているような表情である。どうやったら、その表情を続けられるか、知りたいな。
「そうだ」
「……二人はどういう関係なんだ?」
沈黙を貫いていた貴弌も私に問いかける。
どうやら私が黒谷と同室と言う事は知らないようだ。
まぁ、当たり前か。
今まで寮生活みたいなものをした時は友人達が自分達の情報網を駆使して、私の事を調べ上げていたからな。
同室となった相手の名前以外に好みのタイプや弱みまで調べ上げていた彼らは異常であったな。
「寮で同室なんだ」
「……マジで?」
「あぁ」
「おい、昼どうすんだよ」
黒屋の機嫌が悪いようだ。話の途中で割り込まれて、無視されたら、誰でも機嫌が悪くなるか。
「ここで食べればいい」
「てめーらと馴れ合う気はねぇ」
「オレらだって、馴れ合う気はないよ~。
黒屋こそ、どっかで食べればいいじゃん~」
この会話は平行線を辿るだけだな。
今までの経験上、どちらかが折れることはなかったな。
巻き込まれるのも面倒なので、早々退散する様にするか。
「黒屋、これはお前が食え。
百衣と貴弌は食堂にでも行って食べればいい。
私はどこかで暇を潰してくる」
「「「は?」」」
私の発言に三者三様の表情を出すが、返ってきた言葉は同じで見事にはもっていた。
「いやいや、なんでそうなるの?」
面倒と言うのが一番の理由だが、さすがに言葉に出してはいけないだろう。
「喧嘩するのであれば、他でやって欲しい。
私を巻き込まないでくれ」
「俺達は喧嘩をしていない」
「こいつの言う通りだ。
それに食事を抜いても大丈夫なのか?」
黒屋の問いは多分私が神前道場の関係者と分かっているから、言う者であろう。
道場では規則正しい生活をしてこそ、身も心も鍛えられると教えこまれる。
破った際の罰は子供にとってはかなりの苦痛だと聞いた。
丈夫な体作りの一環であったが、今ではそちらがメインになりつつあると道場関係者が言っていたな。
「一食ぐらい抜いても、平気だ。
これぐらいで弱音を吐くほど、柔な鍛え方はしていない」
「そうだとしても、オレらのせいでかんざきちゃんがお昼を食べないのはおかしいよ」
「なら、何も言わずに食べろ」
あまりに私に構うのはやめてほしい。
正直、うっとおしいとしか思えない。
「……」
黒屋は無言で私の前の席に座る。
「……俺は買ってくる」
「オレも~。あ、先に食べないでね。かんざきちゃんのお弁当見たいから」
そう言って貴弌と百衣は購買に向かった。
他のクラスメイトは関与しない方がいいと思ったのか、自分達の食事をする。
私と黒屋の間に沈黙が流れる。
昨夜もそうだったので、私は気にしていないが、黒屋はどうだろうな。
「……あの結果」
「結果?」
「今朝張り出されていたテストの結果だ」
「あぁ、あれか」
そういえば、朝の掲示を見た時は一緒にいたが、その後は別行動であった。
「あれがお前の本気なのか?」
黒屋の『本気』は自分の全ての力を出していると言う事だろうか。
そういう意味であれば。
「いや、あれは私の本気ではない」
あの程度であれば、満点を難しくない。私の友人達もそうであろう。
ただ本来の高校生に比べると、異常ではあるか。
「……お前は一体何者なんだ?」
「私は神前零。この学校に通う事になったただの高校生だ」
黒屋は直感的に私が危険人物だと思っているのかもしれない。
私の直感は当てにならないものであるが、他の人にとっては当てになるものだろう。
確かに私は普通の高校生よりも秘密が多い。その秘密を知った者は必ず私の関係者となる。それを否定した者がどうなるかは知らない。
今まで否定した者がいなかったからであるが。
それ以降、黒屋は何も聞いてこなかった。
多分、私が何も言わないだろうと分かったからであろう。
購買に行った貴弌と百衣が戻ってきたのは私と黒屋の会話が終わってから、数分後であった。
「かんざきちゃんにお土産~」
そう言いながら、百衣が私に渡してきたのは果物ゼリーであった。
これも私のグループ会社のブランド商品で昨日のプリンの倍以上の試食回数があった物で昨日のプリン以上にいい思い出がない。
こちらも味はいいのだが、それに至るまでの道のりを知っている私にとって、味がよくても食べようとは思わない商品だ。
しかし、もらってしまったのだから、食べるしかないな。
「ねぇねぇ、お弁当開けてもいい?」
食べない百衣が開けるのはどうかと思うが、どうせ黒屋から開けるようなことはないし、本人が開けたいといっているから、別にいいだろう。
「あぁ、いいぞ」
「じゃ、オープン!
……なにこれ」
なんだその言葉は。
私は普通の弁当を作っただけだぞ。至って普通の弁当を。
弁当の中身はナポリタン、ポテトサラダ、ハンバーグ、出し巻き卵等、一般的なものだ。
百衣の反応にそう思い、貴弌の反応を見てみたら、百衣と同じ様に弁当を凝視していた。
黒屋は昨日の夕食や下ごしらえを見ているからか、あまり反応がない。
私は変な弁当を作ってしまったか?
「神前、これ、本当にお前の手作りなのか?」
「あぁ、そうだが」
「……これ、一流の料理人が作るのと変わらなくない?」
そうなのか?
私はまた自分の地位を脅かすことをしてしまったか?
「味は分からないが、盛り付けから見れば、料理人が作ったように見えるほど、完璧で綺麗だ」
「これで味が不味かったら、オレだったら、げんなりしちゃうな」
「不味かったら、俺は食っていない」
黒屋は渡してあった箸を使い、おかずを頬張る。
確かに不味かったら、二口目は誰も口にしないな。
「い~な~。ねぇねぇ、かんざきちゃん。オレの分も作ってよ」
「なんでだ」
「かんざきちゃんの手料理を食べたいから」
そんな理由で作れといわれても、作る気は起きない。
好きな奴とかだったら、作る気になれるかもしれないが、そんな相手が私にはいなかったので、分からない。
「神前の迷惑でなければ、俺の分も作ってくれ」
まさか貴弌までそう言ってくるとは予想していなかった。
「なんでだ?」
「購買や食堂だと、栄養に偏りが出てしまうからな。
その分、神前の弁当は考えられている」
確かに栄養が偏らないように弁当を作ったが、それを見破るとはさすが貴弌だな。
百衣より最もな理由だ。これを断れないな。
「分かった。明日からは貴弌の分も作ろう」
「オレの分は~?」
「作らない」
「え~、三人も四人も変わらないじゃん」
昨日、黒屋が言ったような言葉だな。
一人分多くなるだけで材料が増えて、その分、料理する時に体力がいることを知らないのだろうか。
黒屋は何を言っても、無駄だが、百衣は言えば、引き下がることもあるから、私の意見をはっきり言っておこう。
「変わる。
材料も多くなるし、時間もかかるし、体力も消耗しやすい。
私にとって、全てデメリットに過ぎない」
「じゃあ、なんで貴弌はいいんだよ」
「それなりに正当な理由を提示した。
百衣も貴弌と同じ様に正当な理由を出せば、私は断らない」
「……じゃあ」
「先程、貴弌が言った言葉を言っても、私は断る。
別の言葉を考えろ」
「……かんざきちゃん、厳しくない?」
「これがいつもの私だ」
百衣にだけ厳しいというわけではない。
誰にだって厳しくしているつもりだ。
放課後、百衣は正当な理由を見つけ、私に弁当をせがんで来た。
私は仕方なく百衣の分も作ることにした。
昼休みの時にケルヴィンに重箱をもう一つ用意してくれと連絡したから、弁当箱の心配はないであろう。
こうして私の学園生活二日目は幕を閉じた。
次話は少し時間がたちます。




