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上東の秘宝は恋を知らない  作者: 三原煉
プロローグ
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【02話】名前とは面倒なものだ

 くそ爺の部屋を出て、玄関に向かって歩く。

先程、庭で見つけた事に関して、誰かに伝えたいのだが、自分が歩いている廊下や隣接する部屋には人の気配がない。

 神埼組の本部であり、本家であるこの家にはいつ何時でも人がおり、何かしら喋り声が聞こえてくるのに、今日は静寂に包まれている。

会合でもあるのだろうか――そう思考を巡らせていると、向かっている方向から人影がこちらに近付いてきた。

人影がこちらに気付き、廊下の端に移動し、その場で頭を下げる。

その様子を見て、私は相手が分家の者だと理解した。


 神埼組では『本家』と呼ばれる者達と『分家』と呼ばれる者達がいる。

『本家』は祖父である神前学を筆頭とした純粋な神埼組直属の者と長年、神埼組の傘下に入っていた組の者を指し、『分家』は近年、神埼組の傘下に入った組の者達を指す。

ただ、例外もある。

 神埼組に反旗を翻した者は容赦のない処罰が待っている。それはその者が所属していた組にまで及ぶ。

それが『本家』と呼ばれる組であっても、『分家』に格下げされ、『分家』の中でも一番下の扱いとなる。

 逆に神埼組に有益な働きをした組にはその働きに値する待遇を行う。

それが『分家』の下の組であっても、一気に『本家』の仲間入りをする事もある。

しかし、組に有益な働きであったかを判断するのは総長である祖父と組長である私が判断する為、早々その様な事は起こらない。

それに値する働きをする者がいないのも原因ではあるが。

 その為か、『分家』の者は『本家』の者を敬うと言うのが神埼組では当たり前の事であった。

 この様な仕来りも警察との繋がりがあるからと、くそ爺が言っていた覚えがある。

 私自身はこの仕来りに関して、何の感情も抱かない。

ただ、同じ人でありながら、上位と下位を分けないと、組織の中で生きられない人間なんて、世の中にとって、価値ある人間とは言い難い。

これは私個人の思うことであり、誰しもがそうであるとは思っていない。


 私が組長と知る者は『本家』でも上層部のみで一部の『本家』の者は私の事を『本家』に所属している自分達と同等の者と思っている。

その為、普通に接する者が多い。

 しかし、『分家』の者は『本家』に所属する者に対して、最大の礼儀を示すのが当たり前である。

目の前で頭を下げている者が『分家』である事はその様子で容易に理解できる。

 近付くにつれ、その者の概要が分かってくる。

性別は男性。年齢は四十後半から五十代。身長は一七五あたりであろう。ムースで固めたであろう黒髪オールバックは黒いスーツに似合い、世間一般では部長クラスの人間と思うであろう。

しかし、ここは裏の世界。どんなに年齢がいっていたとしても、実力によって、地位が決まる。

 私は頭を下げている者の一歩手前で立ち止まった。

庭の事を言伝する為である。このまま玄関に向かって、人がいなかったら、誰にも言えないままになるからだ。

「顔を上げろ」

「はい」

 頭をあげたその人物は私の予想通りの年齢である事が伺えた。

ハーフであるのか、その瞳は灰色で顔立ちも普通の日本人よりは外国人寄りで世間では格好良いと言われるだろう。

組の者の顔と名前の八割を当てる事ができる私の記憶力には彼のデータがないと私に言う。

それは彼が部外者であることを指している。

もしかしたら、自分を狙う刺客かもしれないと――。

「名前は何と言うんだ?」

垣原(かきはら)組頭首、黒屋秀三(くろや しゅうぞう)です」

 垣原組――その組名には覚えがあった。

数年前に神埼組の傘下に入った組で現在、最も有益な働きをしており、次回の会合時に『分家』から『本家』への昇格が確定している。

『分家』から『本家』への昇格を薦めたのはあのくそ爺である。くそ爺が認めただけあり、彼らの実績は神埼組にとって、とても良いものであった。

それを纏める頭首である黒屋の評判はかなり上々のものである。

最近、上東グループの方ばかり見ていた為、神埼組の方をくそ爺に任せて、書類確認だけしていたのがここで裏目に出てしまった。

書類に顔写真がなかった事も一因だろう。次回からは資料の中に顔写真も入れる様にしよう。

「貴方が黒屋でしたか。

 貴方の活躍はよく耳にしています」

「ありがとうございます。

 神埼組にはあなたの様な女性がいるのですね」

 裏の世界での女性は一般人が知る様な極道の女と言う雰囲気の人や不良と呼ばれた女性が多い。

そんな中にいる私は異色の存在であろう。私には彼女達の様な雰囲気を持っていない。

 漆黒の闇と例えられる腰まである黒髪に黒真珠のような瞳。スラリとした体型には黒のパンツスーツがとても似合うとよく朱熹が言っていた。

一見すれば、仕事のできる一般女性で裏の世界に身を置いているとは思われない。

「私を基準に考えない方が宜しいですよ。

 私は普通と違いますので」

「普通とは違う……?」

「あまり、私と関わらない方がいいと言う事です。

 話は変わりますが、貴方にお願いがあるのです」

 このまま話を続ける事は良くないと察し、私は彼に言伝を頼む事にした。

「なんですか?」

「松本と言う黒縁眼鏡をかけた白髪の男性に

 『庭の手入れがなっていないと、零が言っていた』

 と伝えて下さい」

「松本とは本家参謀長の松本啓治(まつもと けいじ)さんの事ですか?」

「はい。そのまま伝えてもらえれば大丈夫です。

 彼なら、すぐに理解できる事なので」

 神埼組の中で参謀長と呼ばれている松本は庭の手入れが趣味であり、特技である。

将来は庭師になりたいと言っていたそうだが、もうすぐ喜寿になる今は生涯この組にいると思われる。

切れ者として有名な彼には意外な事実であろう。『本家』でも彼の趣味を知るのは上層部の一部と彼の部下だけである。

「では、言伝、よろしくお願いします」

「分かりました。必ずお伝えします」

 黒屋秀三は話す前と同じ様に頭を下げた。

彼であれば、必ず伝えてくれるだろう。彼は義を重んじている様だ。神崎組が『義の組』と呼ばれているからであろう。

 そう呼ばれるようになったのは何時からだが分からないが、攻撃してくる組以外には手を出さないからだろう。

私もくそ爺も面倒な事が嫌いだから、他の組に手を出さないだけだが、それを他の組には普通の組とは違うと印象付けているのだろう。

 私は黒屋の姿を背にし、玄関に向かった。



 家から出ると、門の前に黒のクラウンが止まっていた。

黒のクラウンは上東グループ内では社用車と使われている車種であるが、使われている事はあまりない。

以前は二十台ほどあったが、管理費だけでもかなりの経費がかかっていたので、ほとんどを売却し、現在あるのは三台。

その内の一台は上東グループ会長である母方の祖父専用となっている。

社用車を私用車として使うのはどうかと思っているが、無理矢理社長の座から下ろし、名ばかり会長にした手前、これぐらいは目を瞑る事にしている。

残り二台を使うのは様々な人物であるが、ほとんどは上層部の者である。

その中には私や私の婚約者候補も含まれる。

 此処に来た時は和輝に黒のクラウンで送ってもらった。

その為、私は和輝が迎えに来てくれたのだろうと思った。

 玄関から出てきた私が見えたのか、運転席に座っていた人物が車のドアを開け、車から降りてきた。

門の所に外灯照明があり、降りてきた人物の顔が分かりやすかった。その容姿で私は誰だがすぐに分かった。

光の当たり位で茶髪にも見える焦げ茶色の髪にノンフレームの眼鏡をしている男性が私を見て、爽やかな笑顔を向ける。

「お疲れ様、零ちゃん」

「遥」

 彼が婚約者候補の一人、科野遥(しなの はるかである。

彼は曽祖父の代から経営している科野病院の若き院長である。

本人は「まだ普通の医者でいたかった」と嘆いていたが、院長であった彼の父が倒れ、急遽、跡取りである遥が院長になる事になったのだから仕方がないだろう。

 元々、実力もかなりのもので数年すれば、院長となるだろうと言われていた。

周囲に遥を嫉む者もいたが、使えない奴だったので、他の病院に移っていった。

使えないと言っても、医師としての腕は確かであった。しかし、それ以上に自分の利己に走った。

他人に嫉妬する者ほど、仕事ができない者だと、私は思っている。今までの経験上でそういう者が多かった。

 人の命を預かる者でありながら、その様な行為をする者を私は嫌悪感を抱いた。

 私が力で排除する前に遥が地道に集めた証拠を突きつけ、大手病院に手を回して、移ってもらっていた。

その時、「零ちゃんは手を汚さなくてもいい様にするのが僕の仕事だよ」と言われた。長年の付き合いだけあって、私の考えがお見通しの様だ。

遥だけでなく、和輝たちは私の手を汚さないように先回りをして、対処する。私に甘いなと思いながらも、それに甘えてしまう自分がいた。

「仕事はいいのか?」

「大丈夫だよ。今夜はオフにしてもらったんだ。

 その分、さっきまで机に縛りつけられていたけどね」

 遥は苦笑しながら、助手席のドアを開いた。私はドアを開けてもらった助手席に座る。

通常ならば、後部座席に座るが、現在はプライベートな時間であり、父方の祖父の家から出るので、ライバル会社等の妨害行為や暗殺行為に晒される事があまりない。

その様な行為をしてくるの者には即行動し、処罰などを行っているからこそであるが。

しかし、プライベートであっても、『婚約者候補』と言う言葉が付き纏う。

仕事が忙しくても、彼らと会っていないと、彼らの周囲が色々と言ってくる。それが嫌で仕方がない。

 今の私にとって、『神埼組組長』や『上東グループ代表取締役』よりも『婚約者候補』と言う言葉が一番面倒である。

「全く、いつまで『婚約者候補』(こんなこと)やらないといけないんだろうな」

「解消するまでじゃない?

 でも、解消したら、大変なのは零ちゃんだよ。

 僕ら四人に来るお見合いと同じぐらいのお見合いが来ると思うよ」

「……それは面倒だな」

 私の婚約者候補達は全員、大企業の御曹司である。その上、容姿もイケメンと呼ばれる程、整っている。

その為、彼らを狙う令嬢は多い。しかし、彼女達の親よりも上にいる私の婚約者候補となっている今は彼らに近付く令嬢はいない。

また、私を狙っている輩も多い。様々な事情であまりパーティーなどには参加していない為か、『体の弱い可憐な令嬢』と言う噂が流れていると、朱熹が言っていた。

実態は正反対であるが、その噂を信じる者が多いそうだ。しかし、四人もの婚約者候補がいるのと表舞台に出て来ない事で私に近付こうとする者はいない。

私も彼らも『婚約者候補』と言う言葉のおかげで面倒な事が一つなくなっているのは事実であった。


「そういえば、紫原学園には行く事になったの?」

「あぁ」

 私が肯定の返事をすると、遥は少し驚いた表情になった。どうやら、無理矢理にでも断るだろうと考えていたようだ。

確かに普段の私であれば、確実に断っていただろう。

「了承したんだね」

「外堀を埋められていたからな。

 ちょうどいい機会だ。私がいなくなった時の我が社の動きを見る事ができる。

 想定で用意した書類が役立つかが分かる」

「そう考えれば、今回はメリットがある方だね。

 しかし、よく男子校に行く気になったね」

「……は?」

 男子校だと……?



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