【19話(番外編・2)】見てはいけないものを見た気がする
「や、やばかった……」
オレは人気のない屋上の隅でそう呟いた。
オレの突然の行動に彼は驚いただろう。
驚いたとしても、彼の表情は変わる事はないだろう。
オレは隠し持っている煙草を出し、火をつけた。
オレが神前に近付いたのは好奇心からだった。
この時期に転校してくること自体、珍しいが、彼の容姿も珍しいものだった。
金持ち学校である紫原学園には黒髪の生徒は多い。だが、神前の髪は他の生徒とは違う黒であった。
漆黒と言った方があっているだろう。肩にかかる程の長さで揃えられている黒髪は彼のやや白い肌を際立たせていた。
初対面時、彼が見せた笑顔は好感を持てた。そして、彼はオレに好意を抱いているのではないかとも思った。
だから、オレは彼をオレのものにしようと画策した。
今までオレが目をつけた奴は全てオレのものになった。だから、今回もそうなるだろうと思った。
しかし、彼、神前は曖昧な返事ばかりでまるでオレと距離をとりたいようだった。
先程のはオレの勘違いだったのだろうか――。
話していると、水之貴弌が来た。オレはあまり貴弌の事が好きではない。
学年二位と三位だからと言う訳ではない。多分、あいつがオレと同類だからだろう。
どういう意味で同類なのかはまだオレは理解していない。
同じクラス、寮の部屋も同室であるが、互いにあまり関わろうとしなかった。
どうやら貴弌は神前を迎えに来たようだ。
貴弌と神前の話なんて、聞かない。どうせ欲しい情報等ないだろう。
そのおかげでクラスに彼がいた時、驚く事になった。
身長や体格からして、一年だろうと思っていたが、二年だったのか。
貴弌と言う邪魔者もいるが、あいつは男に興味がない事は知っている。
今まで何人もの男に告白されているが、全て完全拒否していた。
神前との関係も親友止まりであろう。
それにしても、さっきのは何だったんだ。
今まで無表情であった顔があんな可愛らしい笑顔を見せるとは……。
あの場では彼でもあんな事をするのだと驚いた事よりも、自分に向けられたその笑顔に心が動かされていた。
すぐに表情はいつもの無表情に変わり、本人の態度は普段と変わらないので、あれは無意識に出たものだと分かった。
計画的であれば、もう少し反応が違うだろう。
「はぁ……」
オレは銜えていた煙草を左手に持ち、上を見上げた。
快晴である空は深い青の中に白い雲がくっきりとオレの目に映し出される。
遠くからホームルームの予鈴がなる。
まだ気持ちが穏やかではないオレはサボることを即決した。
「一限は……げ、オリちゃんの現国だわ……。
確実に怒られるな……一限もサボるか」
オリちゃんは飄々とした雰囲気のくせにサボる事をかなり怒る。ついでに煙草の臭いにも敏感でよくバレて、怒られている。
生徒指導や風紀に出されないだけましだが、色々と心にグサッと来る言葉を言われるので、最近は五分五分だと思い始めている。
……それにしても、かんざきちゃんは無意識であんな笑顔を出すなんて、犯罪ものだ。その後の首を傾げる仕草も可愛らしいものであった。
……はっ! 無意識の内にさっきの出来事を思い出していた。
これは重症だな……。
オレって、こんなに一人の事を想う様になるなんて、思いもしなかったなぁ……。
これが『恋』ってやつなのかな。
そうなると、オレが今までしてきた『恋』は『恋』ではないと言う事になるな。
『恋』ってわけが分からないな……。
そんな事を思いながら、オレは煙草を吸う。
無音であった屋上にガチャという扉を開ける音がした。
屋上は不良どもの溜まり場の一つである。
オレのいる場所は扉からは死角になる場所で屋上に来た相手には見えていないだろう。
朝のホームルームの終鈴はなったが、まだ一限目の予鈴が鳴らないので、一限目からサボるのであろう。
(全く、馬鹿な頭の癖に勉強しないんじゃ、余計馬鹿になるだろ)
一体、誰だと思い、オレはそっと扉の方を見てみた。
そこにいたのは黒屋であった。
(チッ……なんであいつなんだよ……)
オレは黒屋が嫌いであった。
オレの様に不良でありながら、容姿は端麗で頭もいい。
こんな奴がいるから、オレはただのチンピラみたいになるんだとよく思う。
黒屋はオレに気付いておらず、左ポケットから携帯電話を取り出し、電話をし始めた。
(こんな時間から、誰かを呼び出すのか?)
「私です……何の用ですか?」
どうやら着信がきていた相手に連絡をとっているようだ。
普段の黒屋からは考えられないような丁寧な口調でオレは驚いた。
「そうですか。昇進、おめでとうございます。
……帰りません。貴方が何を言おうと、卒業するまでは帰らないです」
そういえば、去年の夏休みの間も黒屋は寮にいたな。
家は居心地が悪いのだろうか?
まぁ、オレもそうだけど。
「……なんで総長が俺を見たいんです?
は? 分からない?
……もういい。断ればいいだろ、そんなの。
もう連絡してくるな」
途中からオレの知る黒屋の口調になり、電話を切った。雰囲気からしても、かなり不機嫌の様だ。
(黒屋がいなくなるまでここにいるか……)
今、出て行ったりしたら、黒屋の怒りを買うこと間違いなしだ。
サボりは一限目だけにしようと思ったが、これは一限目だけではすまないような気がする。
一体、何限までサボることになるんだろうな……。
そんな事を考えながら、オレは煙草を吸う。
この時、黒屋が煙草の煙に気付いていたなんて、オレは知らなかった。
その後、オレは黒屋に見つかることなく、屋上から自分の教室に戻ったのは昼休みであった。




