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上東の秘宝は恋を知らない  作者: 三原煉
プロローグ
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【01話】祖父の話はいつも突然である

「明日から紫原学園に行きなさい」


 老人の言葉を片耳で聞き、日々の喧騒から離れた高級和風料亭の様な庭に目をくれる。

……松の葉が伸びている。手入れを怠っているな。後できつく言っておかないといけないな。

「聞いているのか、(れい)

「……聞いていますよ。くそ爺の子供が考える様な突拍子もない話を」

 私は庭から向かいに座っている老人に顔を向けた。

老人の表情は先程と変わらず、企みをしている様な笑みを浮かべる。

「実の祖父にそんな言葉を吐くのはお前ぐらいだろうな」

 に肘をおき、頬杖している格好はまるで江戸時代に出てくる将軍の様である。

着用しているのが袴なのも一因だろう。

 老人はこの世に二人しかいない私と直系である内の一人、父方の祖父である。

 一見した所で私と祖父が血縁だとは思わないであろう。

 それだけ私達は不一致のものであった。

 だが、それは外見のみでの話である。

「そうでしょうね。誰もやりあいたくないでしょうから。日本随一の暴力団『神埼(かんざき)組』の総長の貴方と」

「それを言ったら、お前もわしと同じ部類であろう。『神埼組』組長にして、日本屈指の大企業『上東(じょうとう)グループ』代表取締役」


 私の祖父である神前学(かんざき まなぶ)は神前道場という道場の師範で気さくなお爺さん、と言うのが、近所の人々の知っている祖父の姿である。

しかし、それは表向きであり、裏では関東を中心に活動する暴力団『神埼組』の総長である。

他の暴力団からは日本最強等と揶揄される事も多いが、その言葉に等しい程の人材が神埼組には揃っていた。

 その総長の次位に当たる組長が私、神前零である。

数多の暴力団を潰し、海外のマフィアとのやり合った化け物と、噂されている。

 確かに幾つかの暴力団は潰したが、それは薬物取引等の違法行為が行われてたからである。

 元々、警察が暴力団に対抗する為に作られた組織であった『神埼組』は今でも警察との繋がりがある。

警察では動きにくい事件や事柄は警察の代わりに動くのが『神埼組』のメインの仕事と言ってもいい。

 海外のマフィアとやりあったのは、突然、求婚してきた変態男を病院送りにしたら、報復攻撃をしてきたから、返り討ちにしただけである。

その後、病院送りにした男がマフィアのボスだった事を知ったが、あの時の彼の行動はどう見ても、マフィアのボスではなく、変態男としか言いようがないものであったので、謝罪はしなかった。

 そんな私にはもう一つの名前がある。

 それが上東グループ代表取締役、上東零――。

 元々大企業であった上東グループをさらに発展させ、今では世界の大企業の一つに名を挙げられる程にまで成長させた人物であり、同業者や政治家以外に王家までもが会いたいと懇願している。

そんな有名人の正体を知るのは目の前にいる父方の祖父と母方の祖父、一部の親族と信頼している部下だけである。

 戸籍上、神前零はただの十八歳の女性。頭がよく、十五歳で海外の有名大学を卒業している。

どこにも『神埼組』や『上東グループ』の名は出てこない。

例え、凄腕の探偵を雇って調べ上げたとしても、コレだけの情報しか得ることは出来ないだろう。



「貴方の様な化け物と一緒にしないで下さい」

「お前も怪物であろう、零。

 手続きは当に済ませてあるのじゃ」

「そう来ましたか」

 私は目の前に置かれていた湯飲みを手に取り、湯飲みに入っている緑茶で喉を潤す。

喉を潤しながら、どうやったら、この問題に関して、解決できるのだろうかと思考を巡らせる。

 なぜ、くそ爺は私にこの話を持ちかけたのだろうか?

戸籍上でも大学卒業は記してある。だとすると、学問ではないだろう。

もしかしたら、紫原学園が大学かもしれない。大学であれば、自分の学力にも見合う。

ただし、十八になったばかりの私は日本で言えば、高校三年生に当たる年齢だ。飛び級の出来る大学も存在しているが、極少数であり、紫原学園がその中に入っている可能性は低い。

入学理由に関しては、くそ爺の事だ、ただの自分の娯楽の為かもしれない。

ここは確認した方が無難であろう。

「その紫原学園へ行けと言うのは高校へ行け、と言う事でしょうか?」

「そうじゃ」

「貴方も知っての通り、私は大学を卒業しております。

 飛び級と言う形ではありますが、社会に出る程の教養は身につけています」

 三年前、私は海外の有名大学を主席で卒業を果たした。

周囲は自分と五歳も離れていた為、子供扱いされる事もしばしばであったが、友と呼べる者達は私を対等に接してくれた。

そのおかげもあり、今の私がいる。

「知っておる。そこら辺にいる院卒の奴らより使えることもな」

「なら、なぜ、私を高校に行かせるのですか?」

 その様な無価値に等しい事は時間と労力の無駄である事は理解しているはずだ。

「確かに年上に対する礼儀などは完璧。じゃが、お前さんはもうちょっと年の近い者と接した方が良い。

 これからの為にもな」

 予想していた返答と違った為、私は眉を顰める。

この人は何を考えているのだろう?

「……貴方の狙いが分かりません」

「青春を謳歌してくれればいいのじゃよ。

 行ってもらう学校はお前さんの両親も通っていた学校じゃ。何かしらきっかけがあるかもしれんぞ」

 両親が通っていた学校とは初めて聞いた。両親が亡くなってからは誰も両親の事を話そうとしない。

私を気遣ってだろうが、私はあまり気にしていない。むしろ、話してもらって、両親を理解したいと思う方である。

 しかし、青春を謳歌とは……十八になった私に青春とは縁のないものと思ったが、意外な所で出くわすものだな。

やはり最初に導き出した結論であったか。

「……やはり貴方の道楽ですか」

「わしはお前の事を思ってじゃよ、零。

 このままでは一生孤独かもしれんからの」

 くそ爺の口から出た孤独と言う言葉に私は苦笑する。

そんなモノ、私の隣にいつも座っている。

 どんなに私の元に人が集まろうと、私は孤独だ。私の事を理解してくれる者等、どうせいないのだから。

だが、それをくそ爺に悟られるのは是としない。

今の環境は居心地がいいのだ。これを壊されたくはない。

「貴方がそう思うほど、私は枯れていると言うことですか」

「お前の場合、枯れている花ではなく、棘の檻に入った一輪の花と言った方が合っておるな。

 で、行くんじゃな?」

 やはり悟られていたようだ。

 くそ爺の比喩には感服だ。的確すぎて、何も感想が生まれない。

 初めに言った言葉の肯定を再度確認する祖父は余程、私を紫原学園に行かせたいようである。

ここで反論すれば、また違うアプローチをしてくるだろう。ここは祖父の意向を尊重しよう。

「……分かりました。貴方の言う通りにしましょう。

 ですが、一年です。

 私は貴方と違い、暇な身分ではないのです。

 それに私はもう十八です。この年に転入となりますと、高校三年が妥当でしょう」

「すでに高校二年に転入が決まっておる。

 何、一年留年している事になっているから、問題ないじゃろ。

 仕事の方は和輝(かずき)君達が何とかしてくれるはずじゃ」

 いや、全て問題があるだろう。

仕事は長年私の下でやってくれていた者がやってくれるとしても、留年と言うのは反論したい。

 くそ爺の仕事上、周囲に留年したという人物は多いだろう。

しかし、世間一般では留年という言葉にマイナスな考えしかしない。

特に高校の留年は何かしら不良的な行為をしたのではないかと、推測されがちだ。

 留年という言葉と長年傍にいた者達が一枚噛んでいたことに私は不機嫌な表情になる。

そんな私を見て、くそ爺は苦笑した。

「そんな顔をするもんじゃない。

 彼らとて、零の事を思ってじゃよ」

「分かっていますよ。

 どうせ貴方が私にばれないように内緒でやってくれとでも言ったのでしょう。

 和輝の苦労が目に見えています」

「遥君達が抜けておるぞ」

 祖父が私の言葉に訂正を示すが、それは彼らの実体を知らないからだろう。

彼らのほとんどは手が抜けるところで手を抜く。自分がやらなくてもいい仕事は他人にやらせる。

まぁ、一人は頭のねじが一本抜けているようで頼むにも頼みにくいのが現状であるが。

(はるか)は私の主治医として、診断書を書くだけ。

 朱熹(しゅき)は仕事が忙しいと押し付け、(りょう)は話を聞いていなかった。

 残るのは和輝だけです」

「ほほ、よく分かっておるのう」

「何年一緒にいると思っているんですか……」

 話に出てきた和輝、遥、朱熹、梁は私の婚約者候補である。

大企業である上東グループの一人娘が生んだ私と双子の妹を誰にもとられないようにと、当時の代表取締役であった母方の祖父が独断で決めた婚約者候補が彼らである。

彼らが婚約者候補となったと同時に彼らの親が経営している会社等は上東グループの傘下に入った。

傘下と言っても、立場は同等の扱いである。しかし、周囲には傘下であると思われているようだ。ただ投資をしただけと言うのに困った話である。


 祖父と他愛もない話をしながら、時計に目をやる。

 時計は十時過ぎを指していた。

 転入の手続きが終えているのであれば、即学園に行ける。そうなると、明日から行く事になるかもしれない。

目の前にいるくそ爺のことだ。その可能性が高い。そうなると、明日の為に早々に家に帰るべきだろう。

「……私はそろそろ失礼させていただきます」

「そうか。気をつけて、行って来なさい」

「はい。お気遣いありがとうございます」

 私は祖父にそう言うと、立ち上がり、出入り口である襖を開けた。

「そういえば、忘れておった」

「?」

「お前さん、その口調を学校では出すな」

「……意味が分かりません」

「お前さんのその口調は目上の者か『上東零』の時の口調じゃ。

 今回、『上東零』ではなく、『神前零』で書類を出しておる。

 お前さんはかの有名な上東家ではなく、表向き一般人の神前家の者。

 だから、口調は年相応のものにしなさい」

 私の事をよく知る祖父だからこそ、指摘できる些細な口調の違い。それに気付けるのは私が知る者では両手で数えられるぐらいである。

しかし、『上東零』ではなく、『神前零』として、学園生活を送れる事には感謝である。

苗字によって、周囲の見る目ががらりと変わってしまう。『神前』も裏の事情通でなければ、ほとんどの人は『神埼組』とは結び付けない。

「……書類に関してはとても感謝します。口調は、努力する」

「ほっほ。幸運を祈っとるぞ」

「別に祈らなくていい」

 どうせ変な方向への祈りであるのだから――。

 そう思いながら、私は部屋の襖を開け、くそ爺のいる部屋から出て行った。




「ほっほっほ、零は変わらんなぁ。

 そうは思わないか、織原」

 零の祖父、学が声をかけた襖が少しだけ開き、男性が顔を出す。

外見から三十代と思われる男性は黒髪のぼさぼさ頭に新品と思われる真新しいスーツは矛盾した格好であるように見受けられる。

「あれが嬢ちゃんの長所ですから」

「あれを長所と言うのはお前ぐらいだの」

「松本さん達もそう言うと思いますよ」

「あいつらにとっては零は孫みたいなもんだからな。

 何を言っても、いい方向にしか捉えん」

「それは統領も含まれてますよね?」

 学は織原と呼んだ男性の言葉に返事をせず、にやっとした表情をする。

表情を見た織原は追求をせず、口を閉じる。その雰囲気から長年の付き合いであった事が分かる。

「零の事、頼んだぞ」

「御衣。

 ま、嬢ちゃんは自分で何とかしそうですけどね」

 そう言い残し、織原は襖を閉め、去っていった。



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