アフターエピローグ 1
十年後、
「さすが七峰君! また学年一位だって」
「やっぱりかぁ~。本当に勝てねえよなあいつには」
「勉強もできてスポーツも万能だなんて素敵!」
学校の廊下、七峰 教慈は優雅に歩く。
向けられる視線のほとんどが憧れであり、誰もが彼の才能に嫉妬した。
その才能は語学、数学、化学等様々な分野において才覚は遺憾なく発揮され、また運動面でも好成績を残し各方面のスポーツ関連の学校からスカウトされるほど。
それだけ素晴らしいモノを持っているというのにかかわらずその容姿も秀でており、優美さと華やかさと凛々しさを兼ね備えた美男子という面で女生徒達からも人気が高かった。
「は、お前らなんかが努力したって到底無理無理」
周りに聞こえない小さな声で教慈は言う。されど嫌味なニュアンスを含んだ言葉。
「どいつもこいつも努力の足りないカスばっか。そんなのだから万年落ちこぼれなんだよ」
歩きながら目だけで周囲を見回す教慈。彼の視界に入る生徒はどれもこれも個性のない顔をしていた。
それらを前に教慈は一人自分は違うと胸の中で呟く。
「おっや~、学年一位の七峰君。ちょっと調子に乗りすぎじゃね?」
横切る生徒の一人がわざと聞こえるようにそう言ってきた。
ちらりと横目で生徒の顔を見たものの何故か無視をする教慈。
「ちょっと待てよ」
それが癇に障ったのか、生徒は教慈の方を掴もうと手を伸ばす。が、避けられた。
「なに? なんか用?」
仕方なしに反転して生徒の顔を見てやる彼。そこにはあまり子供っぽくない老けた顔の男子の顔があった。
「お前すかしてんじゃねえぞこら」
「なんだよ。何もしてねーじゃん」
「ざけんな! こっちはお前の――」
言いがかりをつけてきている男子の耳元へすっと近寄り彼は耳打ちする。「今から裏行こうぜ」と。
彼の言葉を聞き意味を理解した男子は下卑た笑いを浮かべると、ニヤニヤと謎の笑みを浮かべたあとすぐに離れて何処かへと向かっていく。
その様子を見て教慈はため息混じりに「やれやれ」と意味ありげな言葉を漏らした。
「さて、買っちまったからにはやるしかないな。頼んだぜリアン」
それは誰に言った言葉なのか? 彼は何事もなかったかのように外へ歩きだすのだった。
* *
校舎裏、数人の頭の悪そうな生徒が何故かそこに集まり談笑していた。
「うわ~、時代錯誤じゃね?」
思わず教慈は言ってしまう。行った本人も口を開くに値しないと思っていたもののどうしてか口にしてしまった。
「今は平成の二桁だぜ? 今時あんな昭和臭いのは化石と同レベルだぞ?」
彼の言うとおり今の世代には不釣合いな昭和のヤンキー姿の生徒達が校則違反のオンパレードを携え暇を潰していた。
「やぁ、七峰君。待っていたよ」
先に待っていた男子が手を開いて招く。それは過剰な動きで。
「ほら、みんなも待っているからさ、こっちに……」
「――寄るな気持ちわりぃ」
近づく男子相手に教慈は即答した。いきなりの暴言に眉がヒクつく男子たち。
「なに? 気に入らないからって複数で寄ってたかってタコにしようと思っていた訳?」
「いやいや、まだそんなことは……」
「お前らと同じ時間を共有している暇はないんだよ。オレはさっさとこのクソつまらん状況終わらして家に帰りたいんのさ」
あ~だりぃと言わんばかりに首を回す教慈。その動きを見た瞬間彼らの中の何かが音を立てて崩れた。
「調子に乗ってんじゃねえよ! このヤロー!」
「そうだ! そうだ!」
ぼやく男子達。それは当然といえば当然のセリフ。有り体な姿の彼らが鬱陶しいと思っている相手にそう言われ引き下がる訳がない。
「お前絶対泣かしてやるからな!」
一人がありがちな言葉を口にした。その言葉に教慈は面倒だなと思いつつも口を開くことにする。
「仮に泣かしてどうするつもりだよアンタ?」
「そんなもん決まってんだろ?」
くふふと臭い笑みを見せる男子。必要のない間を空けて彼は言葉を続けようとする。
「お前の次言う言葉はこう。『お前の情けない姿をニコ動にアップしてコメ見て爆笑してやる』ってな」
「お前の情けない姿をニコ動にアップしてコメ見て笑いまくってやる……ん!?」
言い終わった直後、男子は顔をしかめた。それに対して教慈は「少し違ったか」と謎のセリフを口にする。
「今、言ってることがかぶらなかったか?」
「いや、たまたまだよ」
「そうそう。さっさとやっちまおうぜ?」
男子達は生まれた疑問に対して特になにも考える様子もなく、教慈を襲うことを決めた。
ところが、
「オレのために集まってくれてお疲れさん。本日はこれにてサイナラ~」
勝手に挨拶をして勝手にその場を去る教慈。突飛な行動に思わず彼らは絶句した。
「ま、待てよ!」
「まだ話は終わってねぇぞ!?」
「話す価値ないから帰る。今日はさっさと家に帰ってネトゲしたいんだよ」
背中越しにひらひらと手を振る教慈。
慌てふためく男子達。彼らは教慈を捕まえるべく手を伸ばすも、彼はひょいひょいと簡単に避けてしまう。
「くそ、ちょこまかと!」
「動くんじゃねえよバカ!」
「逃げんなクソヤロー!」
程度の低い暴言を吐かれても教慈は気にせず帰る。男子達はどうすれば引き止めれるか瞬時に考え、手当たり次第何かを言う。
「この短小!」
「お前の靴隠すぞこら!」
「お前の母ちゃんメタボ!」
そこでぴたりと教慈の足が止まった。そしてゆっくりと彼は振り返った。
その顔つきは先程まで見せていた相手を小馬鹿にする表情ではなく、虫けらを見るような顔をしていた。
しかし、人の顔の表情を見ることに乏しい男子達は現れている表情の理由に気づかず、母親のことを馬鹿にされて怒っている程度にしか捉えられなかった。
「お? お前の母ちゃんメタボなのか?」
「そう言えば早く家に帰りたいって言っていたよなぁ? それはあれか? 本当はネトゲじゃなくてママのおっぱい見てセンズリコキたかったんじゃないのか?」
「ギャハハハハ! だらしね~!」
各々が程度の低い話題で盛り上がり、いっぱい食わせてやったと思ってゲラゲラと下卑た笑い声を上げる。
「…………おい」
だが、突如不快な声で教慈がそれを遮った。
「なんだ?」
「今の言葉は誰に対しての言葉だ? オレにか? それとも母さんに対しての言葉か?」
ドスの効いた声。その態度に臆することなく男子達は見当違いの確信を得て笑い転げてしまう。
「え? マジなの? マジでママンをオカズにしているの?」
「あれか? もしかしてお前の母ちゃん出べそとか?」
「マジうけるぅぅ!」
教慈の反応からいたぶる標的を見出した男子達は母親のことを馬鹿にし始めた。――それは教慈達相手に最もやってはいけない挑発だった。




