最終話 デュアルフェイス・ゼロ 君が居たから…… 7
季節は巡る。
「啓造さん! 僕に娘さんをください!」
「どのツラを下げてそんなことが言える小僧!」
史明の胸ぐらを掴み啓造が罵声を浴びせる。
「沙遊には夢があったんだ! 大きな夢を! それをお前が避妊を怠ったせいで棒に振っちまった! どう責任取るつもりだ!?」
「待っておと――」
沙遊が啓造を止めようとしところでヘーリアントがそれを静止する。
「啓蔵と史明を信じてあげて」
「……リアン」
このような絶対的な危機。普通の人なら恐れおののき無かったことにするであろう状況。
知らなかったと通せば酷い目にあうものの、二度と会わない約束を取り付け忌まわしい過去として処理ができる。
そうすれば別の土地に行き新たな生活とともに新たな恋愛をし、最も望む形で結婚とこを貰い受けることができるだろう。
しかし、史明はそうは言わなかった。むしろ結婚したいと申し出た。
その言葉に嘘偽りはないことをヘーリアントは知っている。
一年という鞍馬家と比べると短い時間、知ることや信頼するにあたって史明と彼らを比べると圧倒的軍配が鞍馬家の方にある。
けれどその一年で史明を知るのには十分だった。十分すぎるほどだった。
また付き合いが長いゆえに啓造の性格も良く知っていた。いくら愛娘が可愛いからといって盲目になる人間じゃないことを。故に彼女は静観を決める。
「まさか手前、子供を堕せって言うんじゃないだろうなぁ?」
その言葉を聞いた瞬間沙遊はお腹を庇う。それはもう彼女が自らのお腹に存在する小さな命を愛していることの表れ。その隣に立つヘーリアントも思わず耳を塞ぎたいと感じてしまう。
「そこまで僕を見くびらないでください!」
静かに啓造の怒声を受け続けていた史明が初めて大きな声を上げた。突然の剣幕に啓造は手を離す。
「僕も僕自身の夢を今は諦めます。沙遊さんと僕らの子供のために。
学校も辞めます。すぐにでも就職してお金を稼いで沙遊さんと生まれ来る子供に不自由がないように一生懸命働きます!」
震える声。目元には涙が溜まっている。でも、それは偽りのない言葉だった。
彼自身も恐ろしいと思っているのだろう。逃げたくて仕方ないのだろう。だがそれでも引く訳には行かなかった。
彼の後ろには妻となる少女と親友である少女。それにいつか生まれくる我が子が居た。それらを背に退けるはずがなかった。
「ですが、必ず! 必ず二人の夢を叶えます! どれだけ時間が経ったとしても!」
啓造の目を見据えて史明は誓う。啓造はずいっと彼の眼前に立ちその目をしばし睨む。
重苦しい空気。対峙する両者。
「……そうか」
次の瞬間、啓造の顔がほころんだ。
「お前ならそう言ってくれると信じていた」
「……啓造さん」
「すまんな。試すようなことをして。沙遊が学校に通えなくなったことは悲しい知らせだが金のことは安心しろ。俺がどうにかしてやる。
それでお前はしっかりと学校を卒業しろ。そちらの親御さんにも迷惑がかかっているんだ。卒業くらいはして安心させてやれ。おっと、あと一つ」
啓造は史明の体を強く抱きしめポンポンと背中を叩く。
「俺のことは啓造さんではなくお父さんと呼んでくれ」
「けい……お父さん」
顔をくしゃくしゃにして立ったまま泣き出す史明。その様子を見守り続けてきた二人はようやく安堵する。
「……お父さん。ありがとう……ございます」
史明は両の目から沢山の幸せの涙をこぼし、沙遊とヘーリアントは彼の隣に寄り添った。
季節は巡る。
「もう、沙遊死んじゃうんじゃないかと思った」
「大丈夫大丈夫。子供産んだくらいじゃ人は死なないよ」
「でも出産で希に死ぬってことがあるってテレビでは……」
「テレビの見すぎだよ。そうそう死なない死なない。特に今の医療技術は結構発達しているからね」
真っ白な病室であははと笑う沙遊。その隣で心配げな表情で椅子に座るヘーリアント。
「でも良かった。何事もなく出産できて」
白い少女が白いベッドの上に横たわる愛しい少女の手を握る。
「うん。そうだね」
互いに視線を外し、横にあるベビーベットに視線を送る。そこにはすやすやと寝息を立てる赤ん坊が居た。
「憧れちゃう? 子供が産めるっていうのは」
「うん。私もいつか誰かを好きになって生むことができればいいと思う。だけど、センチュリオンは未だかつて結婚をすることはあっても子を成すことはない」
モノ悲しい顔をするヘーリアント。それに対して沙遊はニコリと微笑む。
「いっぱい、たくさん生きてきたんだから。きっと貴方も子を成す日が来る。別に血が繋がっていなければ自分の子供じゃないって訳じゃない。養子をとることだって選べるんだよ」
「そうだね。いつか本当に子供が欲しい時が来たら考えてみる」
「そうそう。『少年よ、大志を抱け』って立派な言葉があるんだから」
「意味が違うと思うよ。それに、私は少年じゃない」
「そうだね。女の子だもんね」
とても微笑ましいガールズトーク。そんな中赤ん坊がぐずり出す。
沙遊はゆっくりと体を起こすとその子を抱き上げ、あやす。
「あ、お腹がすいているんだね」
「分かるの?」
「なんとなく」
自身の服の右側を開けると乳房をさらし、それを赤ん坊に吸わせる。
「この子の名前。《教慈》って言うの」
「きょうじ?」
「うん。史君と前もって決めていたんだ。誰かに大事なことを教え、慈しむ心を与えられる優しい子に育って欲しいって願いを込めてあるの」
「そうなんだ」
すっと右手を差し出すヘーリアント。つんつんとその頬を触る。しかし手には何も感じられない。
「やっぱり、触れないな。沙遊と違って」
「仕方ないよ。私がきっと変なんだよ」
クスクスと困ったような笑いをする沙遊。それに対してヘーリアントは首を振った。
「いつの日か、人とセンチュリオンの垣根がなくなればいいのに」
「そうだね」
穏やかな空気流れる室内。生まれたばかりの我が子を抱く沙遊が静かに口を開く。
「君と出会えてよかった。本当に」
「私もだよ沙遊。貴方が居たからここまで来れた。こんなに幸せを感じることができたんだよ」
「それは私も。君が居たから。君が居たから私達家族は救われたんだよ」
真っ直ぐな黒い目が赤と金の目を見つめた。そして沙遊の左手が伸びる。
ヘーリアントもその手に右手を伸ばし互いに握り合う。
「ありがとうねリアン。そして! 私はお母さんに対抗してサッカーチームが作れるくらい子供を産んでやる!」
「んふふふふ。沙遊張り切りすぎ」
衝撃の発言にヘーリアントは困りながら苦い笑いをする。
「大丈夫! これだけ幸せなら成し遂げれるはずだよ!」
そう、幼子を抱きとめた若い母親は宣言した。
あまりにも幸福すぎる光景。その光景がいつまでも続くものだとその時の白い少女は信じていた。
仮に辛いことが襲ってきたとしても自分が彼女と彼とこの子を守る。
だって、自分は救世主なのだから。
そうその時の彼女は自らの力に疑いを持つことなく幸せな明日を夢見た。
季節は巡る。
「教慈の一歳の誕生日!」
季節は巡る。
「教くんの二歳の誕生日!」
季節は巡る。
「今日で教くんは三歳だ! 少し立派になったね!」
季節は巡る。
「ハッピーバースデー教くん! これで君も四歳だ!」
季節は巡る。
「おめでとう♪ おめでとう♪ 今日で君は五歳だよ教くん~。絶対におバカな五歳児の真似はしちゃダメだかね~」
季節は巡り続け、そしてその日がやってきた。




